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第五話
案内人の話(1)
しおりを挟む「あのう、それで、俺が魔物だとなにか問題でも?」
「うん、あのね、ああ、何から話せばいいか……。話が長くなりそうだから、とりあえず体を洗ってしまおうか。新しい服と体を拭くタオルを置いておくよ」
「あ、はい」
がっくりと肩を落として焚き火の側へ戻って行くラフィの背を少しの間見送り、俺は静かに川に潜って体の泡を洗い落とした。
それから少し経ち──焼けた犬肉の香ばしい匂いが漂う中、俺は涎を垂らしながら体を拭き終え、ラフィが置いていった服を着始めていた。
ラフィはというと、どこから取り出したのか丸太のスツールに座り、あれからずっと、どこかで見たことのある思索にふける像のようになっている。
実際あの像は地獄の門の上から下を眺めているだけで何も考えていないという話を雑学好きの同僚から聞いたことがあるが、ラフィは明らかに考える人になっている。
いや、ラフィは人ではないか。案内人なのに。ややこしいな。もっと考えろやフェリルアトス。こういうとこだぞ。本当、詰めが甘いなあのクソガキは。
とにかくそういう状態のラフィを見ていると、段々と危機感が募ってくる。何一つ実感はないが、魔物であるということはとても怖ろしいことなのかもしれない。
今の俺にとっては、ラフィが串焼き肉の向きを反転させていることだけが救いだ。もしかするとただ上手に肉を焼きたいだけなのかもしれないから。
着替えを終えて身綺麗になった俺は、まだ湿っぽく濡れている髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながらラフィのいる焚き火の側へと向かった。
「来たね。はい、どうぞ」
ラフィが串焼き肉を差し出す。でもまだ受け取らない。
「ありがとうございます。あの、これはどうすればいいですか?」
俺は貫頭衣だったものをラフィに見せる。経年劣化と荒い洗濯の所為でズタボロになったそれは、もはや原型を留めていない。一言で表すならゴミだ。
「それは……ああ、前の服かな? もう着ないなら、火の中に入れちゃえば良いよ。言う必要はないかもしれないけど、よく絞って端に置いてね」
「わかりました」すげぇ。よく服だって気づいたな。
言われた通りにしてから串焼き肉を受け取り、その場で頬張る。火から離してくれていたのか、さほど熱くなく、塩気と香辛料の風味が感じられた。
少し獣臭いし噛み応えあるけど肉汁が甘いな。いくらでもいけるぞこれ。
あまりの美味さにがっついていると、ラフィに「座りなよ」と苦笑された。肉にばかり目が行って、ラフィの隣に置かれた丸太のスツールに気づかなかった。
俺は両手に持った串焼き肉を頬張りながら、何度も頷いてスツールに座る。一度肉を口に入れると、もう咀嚼と嚥下を止められなかった。
「今の君の状態。それが魔物の特徴の一つだよ」
ラフィが静かに話し始めた。
*
〈ラフィの話〉
人と魔物の差はね、欲求に対する抵抗力にあるんだよ。魔物はそれが著しく低いんだ。今の君が、食事の手を止めることができないのもそれが原因だね。
ただ、これは大した問題ではないんだ。思わせぶりに話したけど、人でも恣意的な振る舞いをする者はいるし、忍耐強い魔物もいるからね。結局は各々の堪え性の話になる。だからこれは頭の隅にでも置いてもらえればそれでいいよ。
さて、それじゃあ、デメリットの前に、まずはメリットを話しておこうかな。意外そうな顔をしてるけど、魔物にもメリットはあるよ。当然ね。
君はこれまで、ゴミを漁って暮らしていたと言ったね? 鼠や虫を火を通さずに食べていたとも。でも人がそんなことをすれば確実に体調を崩すし、悪ければ感染症を患って命を落とすことになる。
でも君は平気だった。それは君が魔物であるが故に、魔物が先天的に有している【野生】という固有技能を所持していたからなんだよ。
これは常時発動型の技能でね、効果は生命力の自然回復量と回復速度が上昇し、身体能力までもが上昇するというものなんだ。
他にも精神的苦痛、毒と病気に耐性が付与されるんだけど、君は過酷な生活の中で、それらの耐性技能も獲得していたんだ。
つまり君は【野生】の他に【毒耐性】と【病耐性】の二つの技能を後天的に取得して所持しているってことだよ。それらが【野生】に含まれる毒と病気の耐性と重複して無効化に強化されているんだ。
その上、君は寄生虫にも耐性を持っているんだ。これもまた魔物の固有技能でね、各種耐性と同様に、後天的に獲得できるものなんだ。【益虫化】という技能なんだけれど、体内に侵入した寄生虫の攻撃を反転してしまう効果がある。
毒を放出するものは解毒効果を発揮するようになるし、物理的な攻撃を行うものは宿主にダメージを与える前に自壊して栄養と魔力に変わってしまう。
腑に落ちないこともあるけど、おそらくフェリルアトス様は君の生存率を上げる為に君を魔物にしたのだろうね。ずいぶんと思い切ったことをしたものだよ。
ああ、質問は最後にまとめて聞くから、今は黙って聞いてもらえると助かるよ。
案内人としてはまずいんだけど、私は語るのがあまり得意ではないから、質問を挟まれると話の腰が折れてあらぬ方向へ飛んでいってしまうかもしれないからね。
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