上 下
25 / 55
第五話

生き延びれた理由

しおりを挟む
 
 
「まぁ、それは犬に限ったことではないけどね。魔素は水の中にもあるし、食べ物にも含まれているから、どうしたって影響は受けてしまうんだよ」

「この世界には動物が存在しないってことですか?」

「いや、例外もいるよ。魔素を取り込んではいるけど、魔物には分類されない動物が一種だけ存在する。なんだと思う?」

 俺は首を傾げて少し考える。

「人、ですか?」

「御名答。さて、と。これで解体は済んだね。串焼きの準備に移ろう。あ、でも、その前に一度身綺麗にしておこうか。私は火を起こしておくから、これを使って川で体を洗ってくるといいよ。そのままじゃ食事を楽しめないだろうしね」

 こ、これは──。

 ラフィが鞄から取り出したのは石鹸だった。俺はそれを震える手で恭しく受け取ると、小躍りするように川の縁に向かった。

 浅瀬に足をつけ、優しい冷たさを感じながら貫頭衣を脱ぐ。俺はもう汚れたボロ布にしか見えないそれに濡らした石鹸を擦り付けてゴシゴシと泡立てた。

 真っ黒に染まった泡を川の水で流し、また貫頭衣を洗う。何度か繰り返すと、泡の色が白いままになったので、今度は貫頭衣をタオル代わりに体を洗った。

 抵抗がないと言えば嘘になる。石鹸で洗ったとはいえまだ血生臭さは残っていたし、生地もゴワゴワしていて心地良くはない。何より折角洗った貫頭衣がまた汚れてしまう恐れがあった。とはいえそこは仕方ないと割り切る他ない。

 清拭と洗濯を同時進行していると思えば良いだけだしな。深く考えないでおこう。うわ、こんな垢の量、前世でも見たことねぇよ。石鹸なくなるなこりゃ。

 それにしても、ナイフを借りれたのは助かった。実際に犬を解体してわかったが、ナイフでも簡単には捌けなかった。石だと日が暮れても終わらなかっただろう。

 そのことを感謝の気持ちと共に大声でラフィに伝えると「ナイフくらいで大袈裟だね」と苦笑された。俺はその返しに少しむっとした。

 ラフィに悪気はないのだろうし、飽くまで謝意に対する定型的な返事であることもわかっているが、ずっと原始的な道具しかない中で過ごしてきたからか、その苦労を理解してもらえていないように感じられて腹が立ったのだ。

「そのナイフすらなかった状況でしたから。石でやるのは大変でしたよ」
「それはまた無謀な挑戦だね」
「俺からすると、生きること自体が無謀な挑戦でしたよ」

 身寄りがない、言葉も話せない、食べ物はゴミ漁りで取った残飯か捕まえた鼠や虫。その上、火を起こせないからそのまま食うしかなかった。
 原始的な道具しか使えなかった苦労をわかってほしかっただけだが、いつの間にか自分の辿った過酷な半生について愚痴をこぼしていた。

「す、すごいね君は。まさかそこまで酷い環境に置かれていたとは思いもしなかったよ。よくここまで生き延びてこれたものだね」

「ええ、本当に。自分でも不思議ですよ」

「そうだよね。どう考えても普通は死んでるよね。なにかあるのかな?」

 浅瀬で体を洗っている俺に、串焼き肉の準備を済ませたラフィが近づいてきた。そして生まれたままの姿の俺をじっと見つめて青褪める。
 そんなラフィの視線を受けて俺は血の気が引く。変なことされないだろうな。

「ラ、ラフィ?」

 平静を装い、なるべくにこやかに名前を呼ぶ。口角が痙攣しているのがわかる。前世も含めて、こんなに裸をじろじろ見られた経験なんてない。

 ラフィは俺の表情に気づいたのか、一瞬はっとした表情を見せたあとで焦ったように苦笑した。俺に両手のひらを向けて小刻みに振る。

「い、いや、ごめん。違うんだ。実は今、【分析アナリシス】という技能を使って、君の情報を確認していたんだよ。決して他意はないから」

「そ、そうですか」

 俺は胸に手を当て安堵の息を吐く。ラフィも同じようにしていたが、誤解が解けて気を取り直したのかすぐに神妙な顔つきになった。

「でね、君が生き延びれた理由がわかったよ」
「生き延びれた理由? な、なんです?」
「とても言いにくいことなんだけど、君は、人ではなく魔物だった」
「え?」

 驚いたように呟いてみたものの、内心、だからなんだと思っていた。魔物どころかこの世界について何も知らない俺にそんな深刻そうに言われても困る。
 そもそもあの劣悪な環境下で見た目十歳前後まで生き延びてる時点で人間離れしてると思ってたよ。驚きもなにもあったもんじゃない。

 ん? そういえばフェリルアトスが『そう簡単に死ぬことはない』とか『設定をいじくる』って言ってたな。そうか、あれはこのことを言ってたのか。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

復讐を果たした騎士は破滅の魔女の生まれ変わりと呼ばれる令嬢に出会う

紙條雪平
恋愛
一人の騎士は復讐を果たした。だが、彼がその時感じたのはこれからどうすればいいのだろうか、という感情であった。彼は逃走し、森の中をさまよう。ここに来なければならないというわけのわからない感情のために。彼はそして、一人の令嬢に出会う。破滅の魔女の生まれ変わりとされ、家族からは愛されずにこの森で過ごしていた彼女と。 彼女は家族への復讐を望んでいた。騎士はそれを引き留めようとする。復讐を果たしたもののとして、復讐ほどどうしようもないものはない、と。 主人公視点で一話主人公以外の視点で一話で基本的には構成されております。最後かなりご都合主義のハッピーエンドとなっております。 小説家になろう様のほうにて加筆修正を加えた改稿版を投稿し始めました。

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

結界都市 エトピリカのエコーズ

因幡雄介
ファンタジー
 吸収式神脈装置という機械を使い、神脈結界を張ることで、平穏で平和な世界を実現させた時代。  コスタリア大陸から排斥され、エトピリカ大陸に住むエコーズという種族から、一人の少女が送られてきた。  少女の名はアゲハといい、旅の途中で、マザコンの剣士、カンタロウと出会う。  種族の違う2人がおりなす冒険譚。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

処理中です...