上 下
5 / 55
第一話

白い世界

しおりを挟む
 
 
 女子生徒に腕を引かれて白い板に歩み寄る。近づくと、白い板が流動する物質で出来ているのがわかった。表面が波立ちうねっていて気持ち悪い。

「こ、この中に入るのか?」
「この中に入るのどーん」

 突然、女子生徒に背中を突き飛ばされた。「うわっ⁉」と前のめりによろめきながら白い板を通過した直後、真っ白な空間が目に飛び込んでくる。

 一瞬呆気に取られたが、すぐ我に返り、慌てて体に異常がないか確認する。
 良かった。特に問題はなさそうだ。いや、まだわからないか。

 白い板を抜けるのは扉のない出入口を通った感覚に似ていた。見た目は液体なのに触感が気体。何も感じないとは思っていなかったので違和感がすごい。
 この空間の大気組成、ウイルスや細菌が不明なことも加えて呼吸を続けて大丈夫なのか不安になる。念の為、病院で検査を受けておこうと心に決める。

「どう?」
「どうじゃねーよ!」

 女子生徒の声が聞こえ、思わず振り返りながら叫ぶ。だがそこに女子生徒の姿はなく、黒い板があった。すうっと、その黒い板から女子生徒が現れる。

「へぇ、こんな感じなのね」
「なっ⁉ お前、まさか⁉」
「ええ、私も入るのは初めてよ」

 俺を使って安全を確認したってことか。こいつ、どうしてやろうか。

「冗談よ」
「冗談なのかよ! なんなんだよもう!」

 どっちにしても腹が立つ。こいつはどこまで俺を振り回せば気が済むのか。
 俺の苛立ちに構う様子も見せず、女子生徒が遠くを指差す。

「今度はなんだよ⁉」
「ほら、あそこに黒い点が見えるでしょう?」

 示された方を見ると、地平線上にぽつりと何かが見えた。背景に溶け込んでいるので見づらいが、オープンテラスカフェで見るようなテーブルセットだ。
 多分、一人だけ席に着いている。女子生徒の言う黒い点はそれだ。

「点というか、あれはテーブル席に着いている人じゃないか?」
「呆れた視力ね。マサイ族のお父さんに感謝なさい」
「誰の父親がマサイ族だ! そんな優秀な身体能力持ってないわ!」
「あら失礼、お母さんだったわね」
「残念ながら母親も日本人だよ!」
「お隣が政井マサイさん?」
花田ハナダさんと石黒イシクロさんだ! もはや視力もマサイ族の血縁も関係ねぇじゃねぇかよ! うろ覚えな感じ出して隣家まで巻き込むな!」
「失念していたわ。お母さんが正恵マサエさんだったわね」
「しつこいし違うわ! 誰だよそれ! 俺の母親の名前をマサイに寄せて一体お前になんのメリットがあるのか知りたくなるわ!」

 女子生徒が口元に手を遣ってクスクス笑う。

「そうね。少なくとも笑えるし、生きているのが楽しくなるかしら」

 突然の真面目な返答に俺は何も言えなくなる。喉の奥で「え?」と呟きはしたが、それがやっとで、気の利いた返しが浮かばなかった。

 女子生徒は諦めを感じさせる笑顔を浮かべていた。目が離せないでいる俺に気づいたのか、彼女は不意に失言だったと悔いるような顔をして背を向ける。

「さ、そろそろ行くわよ」
「あ、うん」

 触れてはいけない部分を見た気がして、当たり前のように従ってしまった。ただ妙に気まずかったので、どこへ? と訊く必要がないのは有り難かった。向かう先は地平線上に見えるあのテーブル席だろう。

「でもかなり遠いな」

 独り言のつもりだったが、ふっと笑われる。

「距離は関係ないわ」

 女子生徒が指を鳴らすと、真っ白なテーブル席が目の前に現れた。そこでは十歳くらいの中世的な金髪の子供が一人、鼻歌まじりに茶を楽しんでいた。

 黒い山高帽と蝶ネクタイ。格子縞の入ったグレーのスーツを着ている。着こなしがラフだからか、そこはかとなくやんちゃそうに見える。
 その子供は洗練された動きでティーカップを口につけ、一口すすって目を開き、俺たちの存在に気づいた瞬間、茶を噴き出して椅子から転げ落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

気づいたら隠しルートのバッドエンドだった

かぜかおる
ファンタジー
前世でハマった乙女ゲームのヒロインに転生したので、 お気に入りのサポートキャラを攻略します! ザマァされないように気をつけて気をつけて、両思いっぽくなったし ライバル令嬢かつ悪役である異母姉を断罪しようとしたけれど・・・ 本編完結済順次投稿します。 1話ごとは短め あと、番外編も投稿予定なのでまだ連載中のままにします。 ざまあはあるけど好き嫌いある結末だと思います。 タグなどもしオススメあったら教えて欲しいです_|\○_オネガイシヤァァァァァス!! 感想もくれるとうれしいな・・・|ョ・ω・`)チロッ・・・ R15保険(ちょっと汚い言葉遣い有りです)

カラスに襲われているトカゲを助けたらドラゴンだった。

克全
ファンタジー
爬虫類は嫌いだったが、カラスに襲われているのを見かけたら助けずにはいられなかった。

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...