上 下
280 / 409
もう一人の渡り人編

17.気分が優れない話の後は美味しい食事で誤魔化す(1)

しおりを挟む
 
 
 イワンコフさんは腕組みし、苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。

「むぅ、そうか。チエが関わっとるのか」

「やはり、チエを知っておられたんですか」

 イワンコフさんが「ああ」と言って数回頷く。

「もう気づいとるだろうが、あれは渡り人だ」

 チエ・ムラキ。二十八歳のクンルン。

 ウェズリーの街に入ったのは一年ほど前。イワンコフさんのところに衛兵から『ラグナス帝国から逃げてきた女がいて直接話したいと言っている』と連絡があり、保護を請われて引き受けたとのこと。

「冒険者になる気はないと言ってな、領主館で使用人をさせてくれと頼んできたが断った。流石にそんな不用心な真似はできんからな」

 チエはわがままだったらしい。好条件を提示しても首を縦に振らない。ようやく勤務先が見つかっても思い上がったような態度を取る。同僚を急かしたり文句を言ったりと、嫌われて当然の問題行動を起こし続けてきたとのこと。

「チエの側におるというだけで心を病んだ者が大勢出た。考えられんことだが暴力沙汰もあったぞ」

 チエは同僚に罵声をぶつけて物を投げたり自制が利かないタイプらしく、イワンコフさんは何度も厳重に注意はしたが『とろいのが悪い』だの『皆が迷惑する』などと言って一向に治まる気配がなかったのだとか。

「表向き謝ってはいるが、反省はまるでしとらん。裏では注意されたことに腹を立てて周りに当たり散らしとる。自分は悪くないの一点張りでな」

 元の世界でもそういう者はいたが、この世界はそういった者に寛容ではない。すぐにつまはじきにされ、簡単に社会から抹殺されてしまう。それも、物理的に。

 だが、チエは渡り人。イノリノミヤ神教の教えがあるので無碍むげにする訳にもいかず、どうしたものかと悩んでいたところ、たまたまウェズリーの街に足を運んでいたリンドウさんから冒険者ギルド職員になったミチルさんの話を訊いたらしい。

「ギルド職員もチエの提示したものの中にあったんだが、わしは冒険者たちの中に置くのは身の危険があると思って候補から外しとったんだ。気性にも問題があると知ってからは尚更な。だがリンドウ殿にチエのことを話すと『そんなことまで考えてやる必要はない』と言われてな。それもそうかと思い直して、勤めさせたんだ」

 

 その言葉を聞いて、俺はなんだか背筋が寒くなった。リンドウさんは多分、『死んだら死んだやろ、そんなクズ』と心で冷たく付け足していたような気がする。

 ギーの話のときに、リンドウさんとスズランさんが渡り人に警戒心を持っていることが判然とした訳だが、俺はそれが意味することに気づけていなかった。最近になってようやく、保護された初日に不審な点があることに気づきゾッとさせられた次第。

 手刀首落とし事件。スズランさんは『力の加減を誤った』と言ったが、彼女のような達人が、人を相手に加減を誤るとは思えない。拘束するだけなら首を狙う必要もないことから、最初から殺しにいったのだと考えられる。

 或いは、それそのものが嘘。いずれにせよ『前科持ち』の話は、あのタイミングで話すからこそ意味のある内容だ。来たばかりの渡り人に対して『馬鹿なことをすれば命を奪う』と釘を刺しているのだと思う。

 それと、祈りの森にある結界。あれは渡り人の選別に使える。

 上辺を取り繕っても、悪心があれば阻まれる。もし結界を通り抜けられていなかったら、俺たちも育つ前に摘まれていたのではないだろうか。スズランさんは『悪いようにはせん』と言っていたが、今となってはまったく信用できない言葉だ。

 殺すことに躊躇ためらいがなさそうなんだよな……。

 イワンコフさんはかなり過保護で辛抱強い人なのだと思う。もしチエがリンドウ一家に拾われていたら、おそらく早々に殺されていた気がした。

 邪推、だと思いたいが……。なくはないよなぁ……。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界を服従して征く俺の物語!!

ネコのうた
ファンタジー
日本のとある高校生たちが異世界に召喚されました。 高1で15歳の主人公は弱キャラだったものの、ある存在と融合して力を得ます。 様々なスキルや魔法を用いて、人族や魔族を時に服従させ時に殲滅していく、といったストーリーです。 なかには一筋縄ではいかない強敵たちもいて・・・・?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

カラスに襲われているトカゲを助けたらドラゴンだった。

克全
ファンタジー
爬虫類は嫌いだったが、カラスに襲われているのを見かけたら助けずにはいられなかった。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...