【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

カナン大平原編

２１．カナン大平原を越えよう（２１）

　
　
　デネブさんの両親はローガを守る為に集落を出たが、帰ってきたのは同胞に殺された父親の遺体だけだった。母親とローガはそれからずっと行方知れずだったが、昨年最悪な形で再会を果たすことになったという。

「会合の席で刃傷沙汰にんじょうざたがあったという報告が入り、慌ててワブ族の集落へ向かったのですが、凄惨な争いがあったと思われるその場所で、ワブ族の長コエイの遺体を腕に抱いた、自分と瓜二つの男がいるのを見つけたのです」

　デネブさんは直感でそれがローガだと分かり、危険を顧かえりみることなく近づいた。ローガもまたデネブさんに気づいた。だが、デネブさんを待っていたのは再会の喜びではなく、憎悪に染まった弟の姿と、その口から語られた残酷な真実だった。

　ローガはユオ族から逃げた六歳の頃、追手に殺されそうになったところを母親に救われ、九死に一生を得ていた。そして命懸けの反撃で追手を追い返すこともできたのだが、その際に負った怪我が原因で、母親は亡くなってしまったのだという。

　広大無辺なカナン大平原。季節は冬。母の遺体と過ごす日々。周囲には食えるものは何もなく、また獣や虫を獲とる力もなく、寒さに震え、飢えに苦しみ、魔物に怯え、もう駄目だと死を覚悟したが、気づけば母親の肉に食らいついていた。

「ローガは言いました。『俺は母親を食って生き延びた忌み子だ』と。そして怖ろしい形相で、狂ったように髪や体を掻きむしり始めました。側にいたワブ族の男たちが取り押さえましたが、喚き散らし、とてもまともではありませんでした」

　そのときに、ローガの幼馴染だというワブ族の男が、怒りに震えながらも事情を話してくれたらしい。

　幼いローガはユオ族のような風習のないワブ族に拾われ、長い年月を経て、憎悪で病んでしまった心と、母を食ったという狂気から救い出されていた。

　しかし、そうなるように取り計らっていた大恩あるコエイを殺され、やはり自身が忌み子であるのだと思い込んでしまった。

　のみならず、ワブ族の生き残りの中からもローガを罵ののしる者が現れた。

　お前さえいなければ家族が死ぬことはなかった。お前さえいなければ族長が死ぬことはなかった。お前が災いを呼んだんだ、と。

　そして、その惨劇をもたらしたのもまたセイオだった。

　セイオは、アープが成人するまでは族長を続けると言い張りその座に居座ったそうだ。そして昨年、アープが成人の儀を済ませた年のユオワブ両部族会合の席で、ワブ族長のコエイを斬り殺したのだという。

「なんだか無茶苦茶な奴だね」

「仰る通りです」

　ローガはコエイから息子のように可愛がられていたらしい。その愛情から、昨年ついに身の上を打ち明けたそうなのだが、それを知ったコエイがユオ族の蛮行に激怒したのだとか。

「会合の場にいたユオ族の民すべてを激しく糾弾したらしいのです。『貴様らのしたことは常軌を逸している！　ローガに詫びろ、恥を知れこの外道共が！』と」

　会合の席は騒然となった。セイオは名誉を傷つけられたと怒り、引き連れたユオ族と共にワブ族に襲い掛かった。

　ワブ族も対抗したが、ユオ族は武器を隠し持っていた。会合の席への武器の持ち込みは禁じられているにも拘かかわらず。

「調べたところ、すべてセイオの指示によるものでした。会合の席が設けられたのはワブ族の集落でしたから、最初から武力で押さえつけ、自分がワブ族の族長になる腹積もりだったのでしょう。アープも成人し、族長の座を譲らねばなりませんから、新たな住処を求めたようです」

「分からんな。セイオが族長を狙うというのは理解できるが、何故、ワブ族である必要があったんだ？　アープを殺せば地位を維持できたんじゃないのか？」

「ユオ族の目は既にアープの青毛に移っていました。ユオ族にはそれだけ風習にこだわる者が多いのです。セイオが族長であることを認めない者も増えていましたし、アープが成人を迎えたことを機に、もう従えることができぬと覚ってワブ族の屈服に賭けたのではないかと」