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カナン大平原編
16.カナン大平原を越えよう(16)
しおりを挟む「それで、俺が予言の英雄というのはどういうことですかね?」
「それについては族長が。族長、もうおかしなことは言いませんね? 言わないと約束できますね?」
アープがコクコクと頷くのを確認したデネブさんが拘束を解く。
「ぷはっ、ちょっとお待ちをー。何だかお家が傾いている気がするのでー。デネブ兄様、ちゃんと壁は真っ直ぐに整えてくれたんですかー?」
「はぁー、それがおかしなことだと……」
額に手を当て、盛大に溜め息を吐くデネブさん。その様子を見たサクちゃんが苦笑して立ち上がり「俺が見よう」と言って部屋の壁に手を当てる。
「サクちゃん、何するの?」
「昔取った杵柄……ってほど昔でもないが、壁の補修をやってたときにちょっとな。均整が取れてない建物が多かったから。よし、分かった。少し揺れるぞ」
直後、地響きが鳴って家が揺れた。アープとデネブさんが目を丸くする。いや、俺もヤス君もフィルもだ。サクちゃんそんなことまでできたのか。
「僅かだが傾きがあった。軽くだが補強もしておいた」
そう言ってサクちゃんは元の位置で胡座を掻く。少し誇らしげに見えた。
その間、アープは「おおー」と前のめりで目を輝かせていた。あちこち飛び回り、部屋の壁を撫で回す。尻尾が喜びを表現するように激しく振られている。
「すごー。真っ直ぐー。やっぱ英雄様のお連れー」
「サクヤ殿、ありがとうございます。族長、もういいでしょう。お座り」
デネブさんが床を二度叩く。アープが「はーい」と返事をして、示された場所に行儀悪く座る。デネブさんと違いズボンを穿いていないので下着が丸見え。
俺はそっと目を逸らす。見ていられない。何なんだこの娘は。
「族長、はしたない」
「あ、ごめんなさーい」
デネブさんが膝掛けで覆ってくれたので視線を戻す。それにしても一体いつになったら話が始まるのか。段々うんざりしてくる。
「はーい、それじゃあさっきの話の続きなんですけどねー、初代様は、大勢の人から王になってくれと願われたんですねー。それでクリス王国が建国されてー、私達のご先祖様がー、このカナン大平原の支配を認められたんですよー」
「いや、訊いたのは俺が予言の英雄って呼ばれる理由なんですけども」
「わふー。英雄様はせっかちですねー。いいでしょー。ではー、色々すっ飛ばしてお話しますとねー、初代様は予言の力を持ってらしたんですー」
アープがふらふらと体を横に揺らしながら話す。
「未来が見えたってことっすか?」
「そうですー。そう伝わってますー。それで予言はですね――」
『カナンを血の憎悪が襲うとき、緑の鎧を纏いし男が現れる。
名はユーゴ・カガミ。森の向こうの海よりいでしその男は、白き衣を纏いし貴人、青き衣を纏いし賢人、黒き衣を纏いし武人と共に、カナンを襲う血の憎悪を打ち払う英雄となるだろう。
ただしユーゴは無邪気で警戒心がない。頭と心の病に罹らぬよう気をつけねばならない』。
「——というものですー」
「え、なんか……最後の方、ちょっと馬鹿にしてなかった?」
フィルは怪訝な顔でそう言ったが、俺はコーキのことを思い出して笑っていた。頭と心の病気、無邪気、警戒心がない。確かに昔そんな会話をした。
そうか、こっちに来てたのか……。
しかも国まで作って。なんて奴だよ、お前……。
忘れたい過去が溢れてくる。辛く、悲しい、悔しい思い出。
だがそこに、この世界で戦う成長したコーキの姿が混ざり込んできた。
雄叫びを上げ、剣を振るい、味方を鼓舞し、術を放ち、勝鬨を上げる英雄。
大勢の人を解放し、名を呼ばれ、感謝され、謳われ、讃えられる初代国王。
この想像力の逞しさよ。我ながら驚かされる。
最後はあの日の幼い笑顔を思い出し、気づけば鼻の奥が熱くなっていた。
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