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ドグマ組騒動編
19.ドグマ組長のお見舞いに行こう(14)
しおりを挟む「レイさん、ちょっといいすか?」
ヤス君が小さく挙手し、レイさんが振り向いたところで言葉を続ける。
「今の説明の中には含まれてなかったんで訊きますけど、解除すると命を落とすっていうのはどういうことっすかね?」
「命令式に、解除すると爆発するものが加えられているんですね」
「爆発って、そんな⁉ どうにかならないんですか⁉」
ミヅキさんがレイさんに縋って揺する。その必死な様子から救って欲しいという気持ちが伝わってくるが、レイさんは自分の無力を嘆くような、悔しげな表情でかぶりを振る。
「どうにもなりませんね。この不解爆呪はクリス王国では禁呪指定されているんですがね、かつての戦争で何人もの術者が解除に尽力しましたが、救う方も救われる方も命を落とすという結果しか残しませんでしたね」
ただ、当時は解除さえしなければ、組み合わせられている呪いの効果こそ受け続けるものの、天寿を全うすることは可能だったらしい。今回のように、解除しなければ魔物化、解除すれば爆発という究極の選択を迫られるようなものではなかったという。
「ですが、話を聞く限り、この方は過分に吸収されようとする魔素に抵抗しておられるようですね。一旦は活力がみなぎったそうですが、それが途絶えて発作を起こすようになったということは、ご自身の異変に気づいたのかもしれませんね」
「父さんが、自分から苦しむ方を選んでるってことですか……?」
レイさんがぼりぼりと頭を掻きながら首肯する。
「立派な人ですね。意識を失うほどの苦痛に堪えて、魔物化せずに寿命に見せ掛けて世を去ろうとなさっていたんでしょうね。塗り薬が毒だということにも、既にお気づきかもしれませんね」
絶句。
ミヅキさんが涙を溢して脱力し、嗚咽を部屋に響かせる。
無理もない。無関係な俺ですら心を揺さぶられている。こんな人がいるのかと驚かされている。
他人の為に生きる。それをこの人は貫いた。
折れなかった。命を懸けてまで。
それだけ元の家族に悔いがあったのだと思う。
不器用で真面目。誰かとよく似ている。
俺はヤス君と視線を交わし、サクちゃんの側に行く。そして、二人でその肩に手を置いた。なんとなく、そうしたくなった。ヤス君も同じだったのだと思う。何も言わなくても伝わった。
ふと俺たちの間から小さな手が伸びて、サクちゃんの背中に当てられた。フィルの手だ。不貞腐れたような顔で、僕だって仲間なんだからね、と言いたげに口を尖らせている。
俺はヤス君と顔を見合わせて苦笑した。
ごめんフィル、すっかり忘れてた。
俺もっす。マジすんません。
いいよ別に。勝手にやるから。
言葉を使わず、そういう会話がされたようだった。
サクちゃんは俺たちに視線を向けたあとで、ふっと軽く息を吐いて苦笑し、また前を向いた。
「父さん、俺はずっと、あなたが無責任な人だと思ってました。でも違ったんですね。それが知れて良かった……」
また来ます、と静かに言ってサクちゃんが立ち上がる。
斜陽が、夜の帳の狭間で揺れる。
今、その胸には様々な思いが去来しているだろう。
誤解が解けたとはいえ、余計な事情が多く、親子として向き合う時間がなかった。
だから少しでも長く、二人に時間が与えられれば良い。
そう思っていたが――。
突然、ドグマ組長が跳ね起き、サクちゃんに襲い掛かった。
一瞬のことで俺はまったく反応できなかった。ヤス君もフィルも、誰もが呆気に取られた。
だが、サクちゃんは機敏に反応した。攻撃を払うと同時にドグマ組長に体当りし、そのまま二人で庭に転がり出た。
転がった先で素早く立ち上がったドグマ組長は、即座に飛び掛かる姿勢を取った。が、突如、逡巡したかのように動きを止めた。
それはまるで、勝手に動こうとする体を抑え込んでいるように見えた。事実、そうなのだろう。苦悶の表情を浮かべ、血の涙を流しながら、自分の体を抱き締める。
「逃げ、ろ……!」
絞り出すような声。
最期の最期まで、他人のことを考えている。傷つけまいとしている。折れる程に歯を食いしばり、血を吐き出してまで、呪いに抗い、どれだけ苦痛に塗れようがそれでも信念を貫き通す。
その壮絶な生き様に俺は息を呑む。
だが――。
サクちゃんはドグマ組長の警告を聞かなかった。まるで警戒した様子を見せず、ただ静かに歩み寄っていく。そして目の前に立つと、躊躇うことなく抱き締めた。
「父さん、もういいです。後は、俺に任せてください……」
ドグマ組長は一瞬目を見開いたものの、すぐに細めた。
すべてを理解した。そう言いたげに見えた。その表情が、見る間に泣きそうな微笑みへと変わる。
「ああ、そう、か……。こん、な、に、お、おき、く、なった、んだ、な……。すま、なかった……。ゆるして、くれ……」
「会えて良かったです……。長い間、お疲れ様でした……」
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