上 下
140 / 409
海辺の開拓村編

10.スパイキークラブ物語(10)

しおりを挟む
 
 
 他人が美味そうに食っているのを見ると、そうなるんだよなぁ。

 昆虫や甲虫ならそうはならないかもしれないが、これは蟹。外殻を外せばぷっくりとした艶めく肉がある。

 それも、ふんわりと優しい良い香りを漂わせているのだから、美味そうに見えない訳がない。よし、今度はカニミソだ。

 俺はビルさんから目を離し、黙って次の準備に移る。茹で上がったスパイキークラブの甲羅をベリベリ剥がし、カニミソを確認。

 ところがそこにカニミソはなく、本来それがあるはずの甲羅の内側には、一つの魔石があるだけだった。

「マジか」

 カニミソがないという事実に愕然とする。あの風味が得られないとは。

 まぁ、無いものは仕方ない。

 仮にあったとしても、それなりに癖があるものなので、この世界で受け入れられる可能性は低いように思えた。それを救いとして早々に気持ちを切り替えた。

 甲羅の内側中心にくっついている魔石を引っ剥がす。力がいるかと思ったが、コンセントを抜くような感覚でカコッと簡単に外せた。

「そうなると、脚肉だけだな。焼きと、剥き身でスープもいけるか。出汁も取れるし、外殻を粉砕できれば他にも用途が見えてくるな」

 独り言を呟きつつ、ビルさんへと目を遣る。と、ビルさんが意を決したようにギュッと目を閉じ、思い切り脚肉にかぶりつくところだった。

「美味い……」

 信じられないといったような顔で、食べかけの脚肉と俺を交互に見る。

「どうです? 俺、依頼達成できそうですかね?」

 笑って訊くと、ビルさんは嬉しそうに「ああ、ああ」と何度も頷いた。

 俺はホッとしたが、脚肉を頬張りながらポロポロと涙を溢し始めたビルさんを見てすぐにギョッとした。心臓も少し動悸が起きる。ビルさん情緒不安定過ぎだろう。

「美味いなぁ、うん。美味い」

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 ビルさんは袖で涙を拭って笑った。

「すいません。ちょっと、昔のことを思い出して」

「それって、この厨房が使われてた頃のことですか?」

 ビルさんが頷いて、説明してくれた。

 元々、ここは宿と食堂を兼ねていたという。奥さんが作った料理は、村人だけでなく宿泊客からも人気だったらしい。ところが、移住して最初の夏期に事件は起きた。

 スパイキークラブが奥さんを襲ったのだ。

「私たちは、移住してきたばかりでした。こんなものが出るなんてまるで知らず、村長に言っても、対策も取ってもらえませんでした」

「それは、奥さんが襲われてからの話ですか?」

 ビルさんが頷くのを見て俺は頭に血が上るのを感じた。この世界に来て腹が立った回数は少ない。大抵怒ってないよで済ませる俺を怒らせたら大したもんだ。

「それで、奥さんは?」

「療養所にいます」

「療養所って、そんなに酷いんですか?」

「左脚の膝から下と、右手を切り落とされてしまって、心を病んだんです」

 俺は言葉が出なかった。頭でプツリと何かが切れた。

 そんな状態になった被害者が出ているのに、害虫駆除依頼だと?

 俺は一度大きく息を吐いて燃え上がる憤怒ふんぬしずめる。ここで怒り狂っても何も変わらない。努めて冷静に話を聞いて、諸悪の根源にぶつけなければ。

 もう気が済まん。村長許すまじ。

「ビルさん、スパイキークラブの被害者は奥さんの他にもいますか?」

「はい、この村ができてからまだ四年程度ですが、年に二、三人は大怪我をしています。命を落とす場合も」

「冒険者ギルドへの依頼は?」

「何人かの村民で集まって、村長に掛け合いました。そしたら『依頼に出せるほど村に金はない、各々が気をつけていれば済む話だ』って」

「それじゃあ、依頼は?」

「被害者の家族が呼び掛けて、身銭を切って、その金で依頼を出すように村長にお願いしたんです。それで、皆さんが来てくれて」

 俺は【異空収納】から害虫駆除の依頼受注書を取り出し、無言でビルさんに渡す。怪訝そうな顔で受け取ったビルさんだったが、それを読み始めた途端に体が震えだす。

「なっ、何ですかっ、このっふざけた依頼はっ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶビルさん。俺は破かれる前に素早く依頼受注書を取り返し【異空収納】に戻しながら村に集会所がないかを訊ねた。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界八険伝

AW
ファンタジー
これは単なる異世界転移小説ではない!感涙を求める人へ贈るファンタジーだ! 突然、異世界召喚された僕は、12歳銀髪碧眼の美少女勇者に。13歳のお姫様、14歳の美少女メイド、11歳のエルフっ娘……可愛い仲間たち【挿絵あり】と一緒に世界を救う旅に出る!笑いあり、感動ありの王道冒険物語をどうぞお楽しみあれ!

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...