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海辺の開拓村編

9.スパイキークラブ物語(9)

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 ビルさんに案内されて厨房に入る。掃除から始めなければいけないのではないかという不安を少なからず抱いていたが、そんなことはなかった。

 設備は十分で、こちらも食堂と同じく手入れが行き届いている。他の場所とは明らかな違いに、何かしらの思い入れがあるのだと察するが、依頼とは無関係なので俺は気にしないことにした。

 というか、気を回す余裕がなかった。俺は悪魔と呼ばれて害虫扱いされているスパイキークラブを食材にして調理するのだ。

 それをビルさんにどう説明したものかと苦悩していた。だが、考えるだけ無駄だと覚った。

 いいや、もう、怒られたら依頼失敗で。

 設備の説明を受けた俺は、食材がスパイキークラブであることを明かした。

 ビルさんは絶句して立ち尽くしていたが、俺はそれを放置して調理開始。勝手に大鍋で塩を加えた湯を沸かし、沸騰したところでスパイキークラブを投入。

 かなりでかくて重いので、三十分ほどしっかり塩茹で。時刻の確認の為にステボを開き、ついでにしばらくちゃんと見ていなかった能力値の確認。

 魂格は十九。魔力保有量は二千五百くらい。魅力以外の平均基礎能力値が百を超え、補正値込みだと百二十ほど。

 トレーニングで総合的に鍛えているから各能力値に大きな差はないが、体力と脚力が若干高い。

 これはサクちゃん以上に走り込んでいるからだろう。順調に上昇しているようで安心。

 ちなみに魅力は九十。上がってはいるが、いまだに何に影響するのかも、どうして上がるのかもさっぱり分からない。

 分からないことを考えたって仕方がないので置いておく。ゲームでもよく分からない能力値はあったものだ。

 スキルに関しては大量に増えていて驚いた。すべてが戦技で疾駆と砕波と剛砕波と剛力砕波の四つ。

 疾駆は短時間の瞬発力上昇。他は無手殴り一発の打撃威力が上がるという恐ろしいもの。

 砕波が二倍、剛砕波が五倍、剛力砕波が十倍と、とんでもないものを手に入れたと少し戸惑う。反動で腕が折れるんじゃないだろうか。

 仕様についてだが、術とは違い魔力の充填が必要な模様。戦技ゲージなるものに魔力が溜まり切るまでは使えず、それが溜まるのもかなり時間が掛かるようだった。消費される魔力量も大きいので、事前に充填しておいた一発を打てばそれで打ち止めになりそうだ。

 取得条件は分からないが、徒手格闘で格上の相手と戦って勝利するとかではないかと推測。思い当たることは結構あるので、どれが当て嵌まるのかは不明。

 何にせよ、攻撃手段が増えるのはいいことだ。と、俺は腕組みしてうんうん頷く。

 時間になったので、塩茹でしたスパイキークラブを皿に載せ、足をもぎ取り、殻を外して長時間硬直中のビルさんに渡す。

 ビルさんはハッと目を見開いて息を漏らした。

「こ、こんなに、肉厚な身が、詰まってるのか……」

「食べてみてください」

 言いつつ、俺は自分の手にあるスパイキークラブの脚肉にかぶりつく。

「うわ、うんまっ!」

 驚嘆に値する味だった。日本にいた頃に食べていた蟹よりも遥かに味が濃い。

 だが香りはそこまで強くない。これなら甲殻類特有の匂いが苦手な人でも大丈夫そうだ。リンドウ一家にもお土産にして振る舞おうと心に決める。

 ビルさんは逡巡しているようだったが、俺が脚肉を食べたときの反応を見ていたからか、口に溜まった唾液を集める素振りを見せた後にゴクリと喉を鳴らした。
 
 
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