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アルネスの街編

28.忘れてしまうことと思い出したくないこと(8)

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 訊かなくても分かる。その女性は動物や家畜のように解体されたということだろう。俺は気づかないうちに眉間に力が入っていた。

「印があるってのは、厄介なことだよ。あらためるから服を脱げと言われたら、もう抵抗する他ないからね。ユーゴも十分に気をつけないといけないよ。フィルと一緒ってことは、危険がより大きくなるってことでもあるんだからね」

 俺はヨナさんの心配そうな顔に向かい「はい」と軽く頷いて答えた。誘導尋問に気づかず浅はかな返答をした自分を省みて、身が引き締まる思いだった。

「予行演習できてよかったね」

「いや、まったく」

 返す言葉もないと思いつつ、苦笑して頭を掻く。その様子がやはり可笑しかったのか、ヨナさんは穏やかに笑った。

「それで、今日は顔見せかい?」

「まぁ、そんなところ。あ、それと、何かユーゴに助言とかあったらしてほしいかな。僕じゃ言えないようなこととか」

「そうさねぇ、助言と言われても、この歳になると忘れてしまうことの方が多いからねぇ、今思いつくのは魔力切れくらいなもんかね」

「あ、そうだね! ユーゴ、魔力回復薬はいくつか買っておいた方がいいよ!」

 フィルがぐんと顔を近づけて興奮気味に言った。一気に距離が縮んだので、商品を見ようと腰を屈めていた俺は少しった。

「あ、うん。それはいいけど、魔力切れ?」

「そう、僕は随分前にならなくなっちゃったから忘れちゃってたけど、保有している魔力が底をつくと、自然回復するまで物凄い倦怠感に襲われるんだよ。ほんの数秒程度だけどね」

「いや数秒はまずいって。すいませんヨナさん、魔力回復薬をもらえますか?」

「はいはい、ちょっとお待ちよ。いくつだね?」

「これで買えるだけください」

 俺は【異空収納】から巾着袋を取り出し、金貨を一枚カウンターに置く。

 どれだけ買えるか知らないが、あって困るものではないだろう。術の鍛練もするつもりなので所持している金貨三枚のうちの一枚を使っても構わないと思った。

 ヨナさんは飴玉ほどの大きさの丸薬を十個トングで摘んで小さな封筒状の紙袋に入れて俺に手渡した。俺はそれを【異空収納】に収める。

「ありがとうございます」

「ホッホ、こちらこそ。薬屋の私が言うことじゃないんだけどね、回復術は早めに身につけるようにしなよ。フィルとパーティーを組むのなら当分は問題ないだろうけども、傷薬を買いに来る冒険者は延々足踏みする羽目になるからね」

きもに銘じます」

 頭を下げて言うと、フィルが「じゃあ、僕ら帰るね。またねヨナ婆ちゃん」と別れの挨拶を笑顔で済ませ、扉を開いた。呼び鈴の音を後ろに外へ出る。

「次は武具店だよ。ちょっとゆっくりしすぎちゃったね。これじゃお昼に間に合わなくなるから、急ごう」

 薬屋を出るなりそう歩き出すフィルに並ぶ。

「素朴な疑問なんだけどさ、ヨナさんて何歳なの?」

「んー、確か二百四十歳くらいだったはず」

「にっ――! そ、それって人だとどのくらい?」

「五十代後半から六十代前半ってとこかな」

 ああ、やっぱりその辺りね。俺の感覚だとヨナおばさんって呼んでもおかしくない感じだったもんな。美人だし、むしろお姉さん呼びでもいいくらいなんだが。

「どうしたの?」

「いや、別に……」

 俺たちは武具店に向かい足を早めた。

 
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