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アルネスの街編
9.ミチル烈伝と入寮前のアレ騒ぎに複雑な同居人(1)
しおりを挟むミチルさんは小柄だ。とても力があるようには見えない。だが俺たちはリンドウさんとスズランさんがミチルさんに大変な思いをさせられたことを知っている。
リンドウさんの家で、渡り人の血肉が売買されているという話を聞いたとき、リンドウさんとスズランさんの両名共に青褪めていた瞬間があった。
そのときに出た名前が『ミチル』。俺は特に気にしていなかったのだが、ヤス君が何があったのかを聞いていた。そして俺とサクちゃんに話してくれた。
「冒険者としてやっていく以上、冒険者ギルドとは切っても切れない関係になりますからね。そこで勤めているミチルさんとは頻繁に顔を合わせることになるでしょうし、人となりについては知っておいた方がいいと思ったんすよ」
なるほど確かに。ヤス君、流石。
俺とサクちゃんはそんな風に称賛したが、当のヤス君は顔色が優れなかった。
「でも、聞かなきゃよかったっす」
うん、俺たちも聞いて後悔した。
結論から言うと、リンドウ邸は一度建て替えられている。
リンドウさんとスズランさんが、渡り人の血肉の売買について話した後、ミチルさんは突然奇声を上げ、泣き喚きながら大暴れしたという。
「やー! 怖いー! 売らないでー! 馬鹿ー!」
「ま、待てミチル! お、おい落ち着け! あっ、危なっ!」
「もういやー! 来ないでー! どっか行ってー! 食べないでー!」
「食うか阿呆! スズラン止めるぞ! 障へぐほぉあ!」
「リンドウ⁉ リーンドーウ⁉」
まさかそんな事態になると思っていなかったリンドウさんとスズランさんが慌てて止めようとしたが、既に半年以上の尋常ではなく厳しい鍛練を済ませていたミチルさんを加減して止めるのは難しかったらしく、リンドウさんが肋骨骨折の重傷、スズランさんは全身打撲の重症、リンドウ邸が半壊という被害が出るまで取り押さえられなかったという。
そしてミチルさんは生き物を殺すことに抵抗があり、冒険者になることを諦めたくらい心優しい人なのだが、黒光りするアレや数えるのが大変なくらい脚の数が多いアレなどの生理的嫌悪感を催すものに対してはその優しさが適用されることはないらしく、むしろ変なスイッチが入ってしまうとのこと。
「これもリンドウさんとスズランさんから聞いた話なんですが、犠牲になったのはリンドウ一家だけではないそうなんすよ。黒光りするアレが原因で……」
ミチルさんが職員になってから一度、冒険者ギルドの一部が崩壊したという。ギルドマスターであるジオさんが命懸けで止めたそうだが、片腕、肋骨を複雑骨折する重傷を負ったとのこと。
パニック状態のミチルさんは普段からは想像できないほどの力を発揮するらしく、それを目にしたことのあるリンドウさん、スズランさん、ジオさんの三人は発狂暴走という状態異常があるのではないかと真剣に話し合ったとか云々。
そして冒険者たちの間では、ギルド嬢の中に小さな巨人がいるとか伝説の武神降臨術を使える者がいるとかいう噂が広まったとか広まっていないとか。
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