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第三章 六年後編

予想外

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 期間限定ダンジョンが消えてから三日が過ぎた。

 レベリングを終える前から、これからさぞや忙しい日々が待っているだろうと覚悟していたのだがそうはならなかった。この三日というもの、俺は何もしていない。

 強いて言うならゴロゴロしている。
 惰眠をむさぼっているともいう。

 日がな一日、GS車地下駐車場に預けたままにしてある車の中でのんびり過ごしている。ノルトエフに借りるのもどうかと思って、こっちに来るときに思い切って買った愛車だ。ノルトエフの所有している十輪と同型のもので外観も内装もほぼ同じ。

 違うことといえば、購入した場所くらい。製造元はGS社なので、あえてお高いところで買う必要もなかったのだが、かといってやっぱり借りる気にはなれず決断したという思い出のある車。思い出も何も、納車から一年すら経ってないんだけどもな。

 今日は朝からずっとリビングのソファに腰掛け、モニターで映画を観ている。

 チープなB級ホラー映画だ。
 タイトルは『あなたの後ろにバンシアがいる』。

 確かに題材は悪くない。ただ血みどろはいらないなぁ。

 前世は馬鹿みたいに映画を観てきたので、俺からすると非常に陳腐に思えるのだが、一緒に観ている女性陣からするとそうでもないらしく、右からはソニアにしがみつかれ、左からはハオランにしがみつかれと嬉しい事態になっている。

 膝の上ではミーナがお行儀よく歯を鳴らしていらっしゃる。半年以上経ったし、変わってるかと思ったけど相変わらず小さくて可愛いまま。
 ダンジョンを途中で抜けて呼んできて、従魔契約してレベリングに参加させた。大事な存在の生存率は少しでも上げておきたかったからな。

 ちなみに、俺がそのときフェリルアトスに出した要望は転移石柱の設置だった。一箇所はミーナの住む旧ノルトエフ邸。そしてもう一箇所は──。

 ドンドンドンドン!

「ぴゃっ!」
「きゃあっ!」
「わあっ!」

 突然、扉が叩かれる音がして三人が飛び上がる。
 ホラーに集中し過ぎてるとそうなるよな。

 俺は苦笑して席を立ち扉を開ける。

 扉を開けた先にはバモアと九人のレッキス族がいた。
 かつてノルトエフの従魔だった者たちだ。

 彼らも一時的に俺と従魔契約してもらいレベリングに参加させた。
 ミーナの為に、そうした方が良い気がして。

「イスカ坊っちゃん、今日の世話は終わりましたんで帰りますね」
「おう、ありがとう。ミーナは後で送ってくよ」
「そのまま側に置いてもらっても構わないですけどねぇ」
「そういう訳にもいかないさ。もう従魔じゃないからな」

 横から大きな顔が近寄ってくる。ウェドラディアだ。六年前、俺を救ってくれた群れのボス。現在は俺の従魔。名前はヴァーユ。
 実は、もう一箇所の転移石柱は姿を消したウェドラディアの住処に置いてもらったのだ。そこで従魔契約を持ちかけ、認めてもらったという流れだ。

 まだ住処に代わる場所を用意できていないので、バモアたちに転移石柱を使って世話を頼んでいる。一日一回、スキンシップの為にこうして顔を見せに来てくれる。ヴァーユは雌で、群れのまとめ役だけど甘えん坊だ。俺が顔を撫でると目を細めて喜ぶ。

「キュルルルル」
「よしよーし。可愛いなぁヴァーユは」

 ミーナとバモアたち、そしてヴァーユを連れ戻ったときはパーティーメンバーに唖然とされたが、駄目押しで戦力を増やすことを提案して無理やり呑んでもらった。

 取得経験値が六分割から十八分割になるので、まったく良い顔はされなかったけれども、何が起きるかわからない訳だからと説得したのがまさかの大正解。

 予知能力でもあるのかと疑われたくらいだ。
 いや、誰より俺がびっくりしたよ。

 当初の予定では、ユイの進むルートから現れる場所を予測し、鍛えた十八人で迎え討つという話だった。なのでレベリング終了後にその話を詰めていこうとしていたのだが、そこでものの見事に流れてしまう事件が起きた。

『国境が真っ暗で見えない! 帯状に暗黒地帯ダークゾーンを設置された!』

 それがレベリング終了直後にフェリルアトスから送られてきたメッセージ。
 監視の目から、ユイが逃れてしまったのだという。

 暗黒地帯ダークゾーンについては、六年前ワサワサ大森林で遭難しかけたときにノルトエフから聞いたことがあった。光源も意味をなさなくなる暗闇のことだ。

 俺はてっきりダンジョンの罠だと思っていたのだが違っていた。

 暗黒地帯ダークゾーンは【闇術テネブリス】【水術アクア】【地術テラ】の三属性複合魔術トリプルミックスで、一部の陰気な魔物が追い詰められると設置する随時発動型技能アクティブスキルだったのだ。

 設置した当人も視覚を奪われるので、その魔物も死の玄関口に立たされるまでは使うことがないらしい。道理で見たことがない訳だ。

『なんだってそんなことに?』
『おそらくユイは僕の存在に気づいたんだと思う』

 あるいは既に気づいており、対応策を練っていたのではないかという。

『ユイには地球と融合したレクタスのアーカイブに繋がる権限がある。でも、それは僕が阻害しているからできないようになってる。ただ阻害可能なのは飽くまでそこまでで、既に保有している部分との繋がりは阻害できないんだ』

 フェリルアトスの説明では、ユイが繋がることのできるアーカイブは『御使い』の肉体に残されている記憶分のみで完全ではないらしい。『異形』の核を摂取していくことで、新たな情報と能力が追加されていくとのこと。

 例えるならパソコンか。

 ネットに繋ぐことを阻害できても、既に入ってるデータとの繋がりは阻害できない。各地に散らばる『異形』の核は追加データ入りのUSBメモリってところ。

 なんだか『適合者』と似通った性質だと感じ、その点について確認したところその通りだった。違いは肉体の性能差のみなのだとか。

 ただし差は歴然。比較にもならないという。

 まぁ、そりゃそうだよな。
 その記憶を保有していた本体なんだから。

 これもパソコンで考えるとすんなり理解できる。適合云々は対応OSだったかどうか、適合後の動作は性能と容量次第。
 そう考えるとガブリエラがどんだけ人間離れしてたかよくわかるな。

 なんて、どうでもいいな。本当にどうでもいい。

 とにかく、予想外。
 まったくもって嫌になる。思った以上に手強い。

 ユイがいつどこに現れるか予測がつかなくなった以上、広範囲での待ち伏せに切り替えるしかない。そういう訳で、集っていた仲間は解散し、亡国となったアーケイディアとの国境沿いの防備を固める為に、それぞれの国へと戻っていった。

 クリシュナはルォシーの補佐、シンは合議体の一員だし、アメリアはゲイロード帝国軍に入ると張り切って出て行ったジジイについて行ったのでパーティーは解散。

 俺にも手伝えることはないかと皆に訊ねたが、笑顔で「待機」と声を揃えられてしまった。いざというときの切り札だから英気を養っておけってことだそうだ。

 有り難いけど、どうにも落ち着かないんだよな……。

 バモアたちとヴァーユに別れを告げてリビングに戻ると、涙目になった女子三人が胸を押さえて戦慄いていた。

 ああ、ホラー映画観てたんだっけか。

 すぐ前にしていたことを忘れるくらい色々と考えてしまう。
 何をしていても身が入らない。

 レベルは五百まで上げ、大袈裟なくらい準備もした。
 それでも、どうにも安心し切れない。

 ユイが現れればフェリルアトスから連絡が入る。
 あとは転移石柱でその場所に転移して倒す。

 それで万事解決。レクタスから危機は去る。

 暗黒地帯ダークゾーンの所為で手間が増えただけ。

 だが、本当にそうか?

 何かを企んでいなければ、フェリルアトスの目から逃れなどしない。
 そんなことは皆わかってる。

 多分、俺たちの存在に気づき、ユイが何かをしようとしていることも。

「イスカ、ドウシタ?」
「ん、ああ、なんでもない。ほら、続きを観よう」

 ホラーは映画の中だけで良い。
 何が起こるかわからない不安。それが杞憂であれば良いと願っているうちに、この日もまた何ごともなく過ぎていった。
 
 
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