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第三章 六年後編
無情なる通知(2)
しおりを挟むクリシュナとシンは孟子と荀子の性善性悪説の争いみたいなことをよくやる。聞いている方からするとかなり面倒くさい。
今日も案の定、ああでもないこうでもないとやり合い始めた。
クリシュナの言い分は「おそらくユイには人の心が残っている。だから復讐を遂げた今であれば交渉の余地がある。争いは避けられる」というもの。
対してシンの言い分は「止まったところで脅威には変わりない。大陸南部の人を皆殺しにするような存在と手を取り合うなんて幻想も良いところだ」というもの。
で、お互い言い合った後に俺に意見を求めてくるんだけれども……。
「イスカはどう思う?」
ほらきたよ。これが困るんだ本当に。
まぁ、今日のはまだ簡単だからいいか。
「あー、そうだねぇ。人は生まれながらに善も悪も持っていると俺は思う」
「ん? おい、なんの話だ?」
「ふふふ、どちらでもないということかと」
クリシュナは駄目だったが、シンには皮肉が伝わったようだ。
どちらかと言えばクリシュナの方に理解してほしかったが……。
その辺りはシンが上手くやってくれることに期待して、今後は自重してくれよと思いつつ俺は頭を掻く。
「んー、というかさ、こう言っちゃなんだけど無駄な話だと思うんだよ。クリシュナの言い分だと話し合いありきだけど、それをするには対峙する必要があるだろ? 相手は一人だ。こっちはどうするんだ? 大勢で行くのか? 装備は?」
「む、言われてみれば確かに。その時点で友好的な印象は与えられないか……」
クリシュナは腕組みして唸る。
「誠意を見せて一人で交渉に行くにしても命懸けだな……」
「もし決裂すれば無駄に戦力を失うことになるかと」
俺は両手を開いて肩を竦める。
「そういうこと。リスクを考えれば無理。それにクリシュナは交渉って言ってるけど、『復讐を遂げて気は済んだだろう。もう人殺しはやめろ』って伝えるのは交渉じゃなくて説得だろ。そんなのは戦いの最中でもできると思うんだよな」
「クハッ、間違いないな」
「それもこちらから仕掛けていない場合に限った話になるのでリスクはあるかと。こちらが劣勢である以上、罠や不意打ちでアドバンテージがほしいところなので」
「俺もシンと同意見。最初から相容れないものとして扱わないと、こっちが大切なものを失うよ。王都だけならまだしも大陸南部の人を皆殺しって、少なく見積もって数百万人は虐殺したってことだ。復讐の域を超えてるだろそんなの」
クリシュナが寂しげに笑って頷く。
「そうだな。王都を陥落させたところで復讐を終えていない時点で、甘い考えが通用する相手ではないとわかっていたんだが、このメッセージを見るとな……」
「わかる。なんか手はないかって考えずにはいられないよな」
そう言い終えてすぐ、少し離れた場所で女子会をしていた三人が歩み寄ってきた。
「フェリルアトスが『輪廻に送られる魂の量が多すぎて目が回りそう』ですって」
「罪深い人が大勢いてダンジョンの魔物がパンパンになっちゃってるみたいだよ」
「忙しーのにメッセージ送信の手間を増やしてるってどーかしてマスよねー」
アメリアが呆れたように言って俺に抱き着く。
うーん、むちむち。飯時もこの癒やしを味わってたいんだけどなぁ。
どうして男女一緒に昼食をとっていないのかと言えばクリシュナがシンに絡むから。巻き込まれないよう避難している訳だ。
俺も女子の方に加わりたいが、その要求は認められなかった。二人の議論が白熱することがあるので仲裁役をやれとのこと。
その議論がどうでも良いものならミーナのように「シラン」の一言で突っぱねるんだけれども、思考をまとめたりそれぞれの意思確認に役立ってるから腹立たしい。
タイミングもクタクタな夜より元気な昼の方が良いから皮肉を言うのが精一杯。
クリシュナは無頓着だけど色々と考えてるよな。
それにしても、胡座で座っている俺の足の上にアメリアがお姫様抱っこ状態で抱きつき、左右はハオランとソニアに寄り添われている状況は相変わらず天国。
半年前の再会時から、なんかやたらとアメリアのスキンシップが多いと思っていたら嫁さんになりたかったらしい。数日前に打ち明けられた。
理由はジジイに似ているからとのこと。
ソニアとハオランは既に了承済みだったので二人が良いならと受け入れた。
どうしてそういう話になったか経緯はよくわからんが、アメリアがジジイに嫁ぐと言う話を出したのが発端のようだった。
ソニアが「それならイスカにしなさい!」と全力で止めたとのこと。
今はアメリアの方が十二歳上だけど、一度目の人生だとソニアが四十の頃にアメリアは十二だもんな。母親代わりだったって話だし、心配したんだろう。
ハオランは婚約者仲間が増えたことを純粋に喜んでいる。賑やかになるのが嬉しいらしい。だけどシンイーを勧めるのは困るんだ。それはちょっと違うから。
なんだか俺の知らないところで勝手に話が進められていたが、女子が仲良くしてるならそれで良い。正直、婚約者のいる中でのアメリアのスキンシップには困っていたし、それをしても大丈夫な立ち位置にきてもらえるのは俺としても助かった。
ただ、アメリアにはまだ婚約指輪を贈ってないんだよな。
いや、現状そういうことを考えるのは危ない。
結婚も死亡フラグだ。厳重注意しよう。
「イスカ、聞いてマスかー?」
「え、ああごめん。聞いてたよ。フェリルアトスが大忙しなんだろ?」
「うん、そうみたいなんだ。イスカ兄ちゃん、何か良い方法はない?」
「そりゃあ──」
適当に返そうとして、とんでもない閃きが走った。
慌ててフェリルアトスにメッセージを送信する。
「なにか思いついたのね、貴方」
「ああ、これが通れば希望が見える。頼むぞー……」
返信は────。
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