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第三章 六年後編
再びの神域(2)
しおりを挟む「クハハハハ! 早い再会だったな!」
俺たちの姿を見るなりクリシュナが哄笑して言った。
するとシンが「まったくかと」と苦笑して肯定する。
二三十分前の深刻さはどこにもない。
荒れていたシンも嘘のように落ち着いている。
もう気持ちの落としどころを見つけたのか?
そう心で呟く程には疑問に思う。
平静を装っているだけと見ておいた方が良さそうだ。
油断してグッサリなんて目も当てられないからな。
シンは【分析】で能力が見えないから強さが読めない。
おそらくレベルが五十以上であることと【隠覆】を設定した分を差し引いて、残りの技能枠が七枠以上あると推測しているが、どういう戦闘を行うのかが謎。
一度目の人生では斥候を担当していたとソニアから聞いているし、今回もアーケイディアに潜入してるってことは、そっち方面の鍛え方をしているのだろうけれども。
そういうスニーキングミッション型のスタイルについて回るのは暗殺。
同じ斥候でも脳筋の俺とは違う為、戦闘のイメージがまったく掴めない。
どんな技能を設定しているのかも、武器も魔道具もわからない。
これが非常に不気味。
信頼が揺らぐような出来事の後だから尚の事。
俺は現在レベル五十。中級上限まで上げてある。ソニアも同じで、常にハオランとパーティーを組んでいるから能力値が常時八割上昇状態。
実質、レベル百と九十のペア。
ちなみにハオランもレベル五十。三割上昇しているのでレベル六十五扱い。
地力もついてるし【治癒】もある。シンが俺たち以上の能力値である可能性は低いし、仮に襲われたとしても大事にはならないだろうが、念の為に警戒。
俺が獄卒スズカにぶっ放した大型充魔式拳銃みたいな武器もあるからな。
あれを至近距離で頭に撃たれれば一撃死は必至だ。
ううむ、段々と怖くなってきたぞ。敵愾心を抱かれても仕方がないことをしてるからな。状態異常対策くらいはしておくべきだったか。
というのを数秒で考える。明らかに頭の回転が速くなってるな。
これもレベル上昇の影響だろうか。すげぇなレベル百って。
「ワオ! もしかしてイスカデスか!?」
テーブルの向こう側にいたアメリアが叫ぶように言った。
着ているのはレスリングウェア風の青い戦闘服。テーブルに両手をついて身を乗り出し、腕の間で大きな二つの山を揺らす。
相変わらず、むっちむちの快活美人。
六年前と何一つ変化がないように見える。
確か初めて会ったときも、こんな風に驚かれたような──。
と、思った矢先にアメリアがテーブルを飛び越えて俺に抱き着いた。
「イケメンになりマシタねー!」
「あ、ありがとう。久しぶりだね、アメリア」
正面にも花が追加された。すごく良い香り。なにこれ天国かよ。
しかもピチピチの戦闘服だけしか着てないから、感触が……。
「こらー! いつまで僕を無視してんのさー!」
バァンとテーブルを叩いてフェリルアトスが立ち上がる。
「あ、いたのかフェリルアトス」
「端っこにいるから見えなかったわ」
「ぶはあっ、き、君たちは本当に! 会う度に遠慮がなくなるね!」
俺を指差して怒鳴るフェリルアトスを、ハオランが覗くように見る。
「イスカ兄ちゃん、あの子が神様?」
「おう。クソガキにしか見えないけどな」
「クソガキ!?」
目を剥くフェリルアトスの側で、シンが顎に手をやり頷く。
「言いえて妙かと」
「クハハハ! 神にも容赦がないな! だが一理ある!」
「嘘だろ! 君たちまでそんなこと言う!?」
「言いマスよ! ペンキの件は忘れてねーデスからねコンチクショー!」
アメリアがフェリルアトスに顔を向けて、んべっと舌を出す。
やっぱり転移者も悪戯されたんだな。しかも引っ掛かった口か。ご愁傷様。
しかし、あれだな。アメリアはアラサーとは思えない可愛さだよな。
ソニアと身長が変わらないのに、なんでこんなに可愛いんだろうか。
ソニアが人形的な美しさなのに対してアメリアはぬいぐるみ的というか。
全体的にボリュームが。ハオラン以上でちょっと……。
「はいそこ! 鼻の下伸びてるよ!」
「う、うるせぇ! 早く要件言えやこの暇神が!」
フェリルアトスが「うっ」と狼狽えた様子で席に着き、急に落ち着き払った顔でテーブルに両肘を乗せ、組み合わせた手に額を当てて司令官のようなポーズを取る。
「はぁ、人聞きが悪いことを。僕は決して暇じゃないんだけどね」
「なら狼狽えることはないだろ? どっちかっつうと要件を言うように急かされたことに反応したんじゃないか? なるだけ叱られないように段取りして──」
「やめろよ! なんなんだよ君の察しの良さは!」
フェリルアトスがまたバァンとテーブルを叩いて立ち上がる。
「クハハハハ! 図星だったのか!」
「イスカのトーサツリョクは凄いデスね!」
「アメリア、洞察力かと」
「盗撮力も凄いわよ。スカートの中を凝視されたもの」
「えぇ……? イスカ兄ちゃんそんなこと……」
「と、撮ってないだろ! ファインダー越しみたいに言うな!」
「コスプレ撮影会で見る最低の連中デスね!」
「うむ、迷惑ローアングラーの囲み撮影は質が悪いからな」
「あれはスタッフが止めても聞かないので。警察を呼ぶのが早いかと」
「えーっと、なんの話これ?」
わいわいやってるとフェリルアトスが脱力したように席に着いた。
「はぁ、あのさぁ君たち、コミケ好きな仲良しの同窓会やってんじゃないんだからさぁ、ちょっと真面目にやろうよ。とりあえずほら、席に着いて」
「どうせペンキ塗りたてだろ?」
「カップの中身は麺つゆかと」
「しつこいよもう! 危機的状況なんだよ! ええーい!」
テーブルセットが消えて、遠くに巨大なモニターが現れた。
スピーカーまである。スタジアムで使われているのと同じものだ。
「実は干渉の許可を貰いにしばらく神界に行ってたんだ。さっき戻ったばっかりなんだけど、アーカイブを確認したらとんでもないことが起きてたんだよ。説明してからにしようと思ったけど、一向に話が進まないから先に映像を見せるね」
「ちょっといいかしら?」
ソニアがフェリルアトスの方を見て軽く手を上げる。
「私が思うに、話が進まないのは悪戯を仕掛けたことが原因よフェリルアトス」
「ぶはぁ! 真面目な顔して何を言うかと思えば!」
「なんだ、蒸し返しただけか」
「ソ、ソニア姉ちゃん、流石に可哀想だよ」
「うわぁんハオラン、君はやっぱり優しいねぇ……。救われたよぉ……」
「はぁ、早く始めるといいかと」
「ハオランだけか!? 僕の味方はハオランだけなのか!?」
「仕方ないかと。それだけの不手際をしたので」
シンが呆れたように言ってすぐ、半泣きになったフェリルアトスが「くぅっ」と声をもらしてモニターに黒いリモコンを向けた。
ピッという音の後、画面に小綺麗な部屋が映し出される。
壁には大きな鏡。映画やドラマで見るような取調室を思わせる灰色のその部屋で、長い金髪と真っ白な肌を持つ美女が裸で彷徨いている。
どう見ても二十代。だが四つん這いで涎を垂らし、まるで赤ん坊のような行動を取っている。たまに出す声も、正に赤ん坊のそれ。
正直、痛々しくて見るに堪えない。何故こんな状態の人を見せるのか。
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