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第三章 六年後編

同化する憎悪

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 最初は透明だった。

 何かが混ざり込み、少し濁った。

 混ざったものは段々と細かく分かれていった。

 取り込んでいた核も分裂し始め、徐々に薄膜に包まれた。

 薄膜だと感じたのはかつての体だった。その羊水に浸ってときが過ぎた。

 体ができていた。人の赤子に似ていた。失われたものだ。

 かつてあったものが戻ってくるように感じた。

 それは、気の所為ではなかった。

 薄膜が破裂していた。

 煩い産声。

 やり直し。

 その機会に恵まれた。

 朧げな視界。まだ未熟だと覚る。

 ときではない。全く足りていない。何もかも。

 鼓動が波打っていた。螺旋を感じていた。核に蛇がいた。

 それは人の情報だった。読み込んで成長した。すぐに成体になっていた。

 取り込むごとに暗いものが混ざり込んできた。酷く濁る。

 闇の色。もう透明なところはなくなっていた。

 機能がおかしくなるのがわかる。

 生体機械なはずだ。

 神の為の。

 地球の『御使い』の残留思念はそこで途切れた。

 破壊された『御使い』の成れの果てである『異形』は、地に降りそそいだ後に地面を溶かし、やがてマグマに到達して焼かれて消失する運命でしかなかった。

 しかし、人と接触したことでその存在を知られ、意図せず摂取し適合してしまった編纂者が出たことで『異形』という名を得て周知されるのみならず、誤った解釈から神として認識された上、復活の可能性までもが示唆されてしまった。

 そして、同じく異形と適合したガブリエラという研究者が現れてしまった。

 あまつさえ、アーケイディアに居着いてしまった。

 成果を出せる環境に身を置いてしまった。

 それらの不運が重なり、ついに──。

 ふと『御使い』の器が食事の手を止めた。

 いや、既にそれは器ではなかった。
 最後の食事を終えたことで器は満たされていた。

 十六年間拷問を受け続けてきた十三人の転移者の憎悪で溢れそうになっていた。

 もう魂を許容できないことで、ソレは自我を得てしまっていた。

 ソレはゆっくりと首を傾げた。意識があると覚った。

 色濃く表れたのはユイだった。
 最後に摂取されたことが影響した。

 だがソレはユイであって、もはやユイではなかった。

 何も感じない。
 目の前の自分の無惨な遺体にも興味を抱けない。

 ただ破滅願望があった。
 自分を含め、すべてを消し去りたいと思っていた。

 この世界の何もかも、消えてしまえばいい。
 誰も彼も死ねばいい。一人残らず。散々に苦しんで。

 ソレは自分が唯一無二の存在であることを覚り、ユイと名乗ることを決めた。
 最も強く表れた人格がユイであった為、丁度良いと思っていた。
 
(へぇ、アーカイブなんて項目があるんだ)

『御使い』の体を得たことで、ユイはアーカイブと繋がることが可能になっていた。地球の記録を確認しているうちに、不可思議な点に気づく。

(おかしい。二重になっているのはどうして?)

 ユイの目が高速で動いた。そして一度目と二度目の記録データの中で変化した部分をピックアップし、その原因となった女子高生を見つけた。

 当然『神門』を通り『神域』に入ったデータも。

(フェリルアトス……こいつらが私たちを苦しめた元凶か)

 ユイは地球が滅んだ理由が人工知能によるものだという事実を知った。
 そこで死ぬはずだった運命を覆されたことを憎悪した。
 死んでいれば苦しまずに済んだのに、と。

 更にレクタスと同化後の共通アーカイブも覗き見ることができたことで、憎悪はより大きく膨らんだ。二度目の方はフェリルアトスの手によりプロテクトがかけられていた為、閲覧することができなかったが、別にそれはどうでもよかった。

 理由は二つ。

 一つは結局すべてを滅ぼす気でいるから。
 もう一つは一度目の転移ではこうなっていなかったと知れたから。

 一度目のデータでは、転移先はアーケイディア王国ではなく『神域』だった。同化した十三人の転移者たちも誰一人死なずレクタスで幸せに暮らしていた。

 そのデータが、ある時点でプツリと途切れている。
 後は闇しかない。急にテレビが消されたように真っ暗になる。

(どういうことよこれは?)

 アーカイブを探ると、フェリルアトスと中年の女が交渉していた。

 会話の内容で知る。

 その女一人の幸せの為に、多くの幸せがリセットされたのだと。

 許せる訳がない。

 だがユイは血涙を流すだけで心を動かさなかった。

 憎悪以外の感情はない。表情も死んでいた。

(うるさい)

 ユイは隣室から聞こえてくる喘ぎと軋みを止める為に立ち上がり、くるりと窓へと向き直った。それはマジックミラーになっていた。自分の姿が判然とした。

 凝視すると透過して見えた。男女がまぐわっていた。
 その女と自分の姿が酷似していることに気づいた。

(あいつは……)

 拷問の指示を出していた女だった。男の方にも見覚えがあった。

(あの男は……私たちを転移させた国王だ……)

 また憎悪が膨らんだ。目から黒く濁った血涙が滴り落ちた。

(まさか、この体は……)

 あの女の遺伝子で作られた肉体に収まっていることに気づき憎悪した。
 今すぐにでも消し去りたいと思う。だが──。

(その前に……果てのない苦しみを……)

 ユイは窓に歩み寄ると、両手を当てて力任せに押した。

 窓はメキメキと湾曲し、やがて凄まじい音をたてて砕け散った。

「きゃああああ!」
「うおおおおお!」

 ユイは絶叫するガブリエラとオーランドに飛びかかると、まずはオーランドの右腕を引き千切った。そして絶叫してよろめくオーランドに馬乗りになると、左腕を捻りあげて引き千切り、二つの傷口に自分の手を押し当てた。

 やり方はわかっていた。十三人のうち、最も再生力が高かった者、最も侵蝕率が高かった者の力を利用した。ズルリと剥がれたユイの皮膚がペッタリと張り付き、オーランドの傷口を覆う。それを確認すると、ユイはオーランドの両足を引き千切った。

「うがっ、うぐあああああ!」
「誰かぁああああ!」

 ユイはオーランドの両足を皮膚で覆うと、腰を抜かしたガブリエラにも同じことをした。その後、悲鳴を聞きつけてバタバタと部屋に踏み込んできた衛兵数人の頭を平手で殴って吹き飛ばし、自分の血肉をオーランドに無理やり食べさせた。

「うげっ、ぐげっえ!」

 吐き出そうとしても、触れた箇所から侵蝕が進んでいた。

 適合するかしないかは運だった。
 だがしなければまた回復させれば良いだけだとユイは考えていた。

 簡単に死なせる気はなくなっていた。
 少なくとも、十六年は続けたいとまで思う。

「美味しい? じゃあもっとあげようね」
「や、やべでぐで……!」

 威厳も何もなくなったオーランドの隣でガブリエラは歯を鳴らしていた。
 何が行われようとしているのか理解した為にそうなった。

 それは自分が転移者たちにしてきたことだった。
 台詞と口調、そして姿まで自分と似通っている。
 恐怖せずにはいられなかった。

「じゃあ、今日は頑張って、色んなところを切ってみようかしらね? 大丈夫よぉ。すーぐに治るからぁ。毛皮を剥ぐみたいに、皮膚も削いでみましょうねぇ」

「や、やめて」

「あらぁ? お気に召さない? それじゃあどうしましょう? あ、じゃあ体の一部を切り落とすから、それを食べてちょうだい。上手にできるかしらぁ?」

 される側に回ってようやく気づいたようだった。ガブリエラは尿を垂れ流し、泣きながら「やめてください」と懇願した。しかし脳裏をよぎったのは、かつて自分が『実験体』たちに向けて言い放った一言。当然、ユイも醜悪な笑顔を浮かべて言った。

「だーめ」
 
 くひっ、くひひひっ、くひゃひゃひゃ。

 ユイは笑い声までガブリエラに似せていた。

「すぐに殺したいくらい憎い。だけど思い知らせるのも悪くないみたい。気は晴れないけど、ゾワゾワする。ここでしばらく遊ぼうか。食べ物にも困らないし」

 くひゃひゃひゃ。くひっ、くひゃひゃ。

 この日、アーケイディア王国の国王と王妃は姿を消した。

 ロープで繋いだ四肢のない傷だらけの王と王妃を引きずって歩く白衣のユイが王都で目撃されるのは、それから一ヶ月程後のことである。
 
 
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