83 / 101
第三章 六年後編
同化する憎悪
しおりを挟む最初は透明だった。
何かが混ざり込み、少し濁った。
混ざったものは段々と細かく分かれていった。
取り込んでいた核も分裂し始め、徐々に薄膜に包まれた。
薄膜だと感じたのはかつての体だった。その羊水に浸ってときが過ぎた。
体ができていた。人の赤子に似ていた。失われたものだ。
かつてあったものが戻ってくるように感じた。
それは、気の所為ではなかった。
薄膜が破裂していた。
煩い産声。
やり直し。
その機会に恵まれた。
朧げな視界。まだ未熟だと覚る。
ときではない。全く足りていない。何もかも。
鼓動が波打っていた。螺旋を感じていた。核に蛇がいた。
それは人の情報だった。読み込んで成長した。すぐに成体になっていた。
取り込むごとに暗いものが混ざり込んできた。酷く濁る。
闇の色。もう透明なところはなくなっていた。
機能がおかしくなるのがわかる。
生体機械なはずだ。
神の為の。
地球の『御使い』の残留思念はそこで途切れた。
破壊された『御使い』の成れの果てである『異形』は、地に降りそそいだ後に地面を溶かし、やがてマグマに到達して焼かれて消失する運命でしかなかった。
しかし、人と接触したことでその存在を知られ、意図せず摂取し適合してしまった編纂者が出たことで『異形』という名を得て周知されるのみならず、誤った解釈から神として認識された上、復活の可能性までもが示唆されてしまった。
そして、同じく異形と適合したガブリエラという研究者が現れてしまった。
あまつさえ、アーケイディアに居着いてしまった。
成果を出せる環境に身を置いてしまった。
それらの不運が重なり、ついに──。
ふと『御使い』の器が食事の手を止めた。
いや、既にそれは器ではなかった。
最後の食事を終えたことで器は満たされていた。
十六年間拷問を受け続けてきた十三人の転移者の憎悪で溢れそうになっていた。
もう魂を許容できないことで、ソレは自我を得てしまっていた。
ソレはゆっくりと首を傾げた。意識があると覚った。
色濃く表れたのはユイだった。
最後に摂取されたことが影響した。
だがソレはユイであって、もはやユイではなかった。
何も感じない。
目の前の自分の無惨な遺体にも興味を抱けない。
ただ破滅願望があった。
自分を含め、すべてを消し去りたいと思っていた。
この世界の何もかも、消えてしまえばいい。
誰も彼も死ねばいい。一人残らず。散々に苦しんで。
ソレは自分が唯一無二の存在であることを覚り、ユイと名乗ることを決めた。
最も強く表れた人格がユイであった為、丁度良いと思っていた。
(へぇ、アーカイブなんて項目があるんだ)
『御使い』の体を得たことで、ユイはアーカイブと繋がることが可能になっていた。地球の記録を確認しているうちに、不可思議な点に気づく。
(おかしい。二重になっているのはどうして?)
ユイの目が高速で動いた。そして一度目と二度目の記録データの中で変化した部分をピックアップし、その原因となった女子高生を見つけた。
当然『神門』を通り『神域』に入ったデータも。
(フェリルアトス……こいつらが私たちを苦しめた元凶か)
ユイは地球が滅んだ理由が人工知能によるものだという事実を知った。
そこで死ぬはずだった運命を覆されたことを憎悪した。
死んでいれば苦しまずに済んだのに、と。
更にレクタスと同化後の共通アーカイブも覗き見ることができたことで、憎悪はより大きく膨らんだ。二度目の方はフェリルアトスの手によりプロテクトがかけられていた為、閲覧することができなかったが、別にそれはどうでもよかった。
理由は二つ。
一つは結局すべてを滅ぼす気でいるから。
もう一つは一度目の転移ではこうなっていなかったと知れたから。
一度目のデータでは、転移先はアーケイディア王国ではなく『神域』だった。同化した十三人の転移者たちも誰一人死なずレクタスで幸せに暮らしていた。
そのデータが、ある時点でプツリと途切れている。
後は闇しかない。急にテレビが消されたように真っ暗になる。
(どういうことよこれは?)
アーカイブを探ると、フェリルアトスと中年の女が交渉していた。
会話の内容で知る。
その女一人の幸せの為に、多くの幸せがリセットされたのだと。
許せる訳がない。
だがユイは血涙を流すだけで心を動かさなかった。
憎悪以外の感情はない。表情も死んでいた。
(うるさい)
ユイは隣室から聞こえてくる喘ぎと軋みを止める為に立ち上がり、くるりと窓へと向き直った。それはマジックミラーになっていた。自分の姿が判然とした。
凝視すると透過して見えた。男女がまぐわっていた。
その女と自分の姿が酷似していることに気づいた。
(あいつは……)
拷問の指示を出していた女だった。男の方にも見覚えがあった。
(あの男は……私たちを転移させた国王だ……)
また憎悪が膨らんだ。目から黒く濁った血涙が滴り落ちた。
(まさか、この体は……)
あの女の遺伝子で作られた肉体に収まっていることに気づき憎悪した。
今すぐにでも消し去りたいと思う。だが──。
(その前に……果てのない苦しみを……)
ユイは窓に歩み寄ると、両手を当てて力任せに押した。
窓はメキメキと湾曲し、やがて凄まじい音をたてて砕け散った。
「きゃああああ!」
「うおおおおお!」
ユイは絶叫するガブリエラとオーランドに飛びかかると、まずはオーランドの右腕を引き千切った。そして絶叫してよろめくオーランドに馬乗りになると、左腕を捻りあげて引き千切り、二つの傷口に自分の手を押し当てた。
やり方はわかっていた。十三人のうち、最も再生力が高かった者、最も侵蝕率が高かった者の力を利用した。ズルリと剥がれたユイの皮膚がペッタリと張り付き、オーランドの傷口を覆う。それを確認すると、ユイはオーランドの両足を引き千切った。
「うがっ、うぐあああああ!」
「誰かぁああああ!」
ユイはオーランドの両足を皮膚で覆うと、腰を抜かしたガブリエラにも同じことをした。その後、悲鳴を聞きつけてバタバタと部屋に踏み込んできた衛兵数人の頭を平手で殴って吹き飛ばし、自分の血肉をオーランドに無理やり食べさせた。
「うげっ、ぐげっえ!」
吐き出そうとしても、触れた箇所から侵蝕が進んでいた。
適合するかしないかは運だった。
だがしなければまた回復させれば良いだけだとユイは考えていた。
簡単に死なせる気はなくなっていた。
少なくとも、十六年は続けたいとまで思う。
「美味しい? じゃあもっとあげようね」
「や、やべでぐで……!」
威厳も何もなくなったオーランドの隣でガブリエラは歯を鳴らしていた。
何が行われようとしているのか理解した為にそうなった。
それは自分が転移者たちにしてきたことだった。
台詞と口調、そして姿まで自分と似通っている。
恐怖せずにはいられなかった。
「じゃあ、今日は頑張って、色んなところを切ってみようかしらね? 大丈夫よぉ。すーぐに治るからぁ。毛皮を剥ぐみたいに、皮膚も削いでみましょうねぇ」
「や、やめて」
「あらぁ? お気に召さない? それじゃあどうしましょう? あ、じゃあ体の一部を切り落とすから、それを食べてちょうだい。上手にできるかしらぁ?」
される側に回ってようやく気づいたようだった。ガブリエラは尿を垂れ流し、泣きながら「やめてください」と懇願した。しかし脳裏をよぎったのは、かつて自分が『実験体』たちに向けて言い放った一言。当然、ユイも醜悪な笑顔を浮かべて言った。
「だーめ」
くひっ、くひひひっ、くひゃひゃひゃ。
ユイは笑い声までガブリエラに似せていた。
「すぐに殺したいくらい憎い。だけど思い知らせるのも悪くないみたい。気は晴れないけど、ゾワゾワする。ここでしばらく遊ぼうか。食べ物にも困らないし」
くひゃひゃひゃ。くひっ、くひゃひゃ。
この日、アーケイディア王国の国王と王妃は姿を消した。
ロープで繋いだ四肢のない傷だらけの王と王妃を引きずって歩く白衣のユイが王都で目撃されるのは、それから一ヶ月程後のことである。
0
お気に入りに追加
838
あなたにおすすめの小説
生まれた時から「お前が悪い」と家族から虐待されていた少女は聖女でした。【強火ざまぁ】☆本編完結☆
ラララキヲ
ファンタジー
<番外編/更新準備中>
★変更前Title[聖女にはなれません。何故なら既に心が壊れているからです。【強火ざまぁ】]
───
ビャクロー侯爵家の三女【エー】は今年“聖女選定の儀”を受ける。
その為にエーは母や姉たちから外へ出る準備をされていた。
エーは家族から嫌われていた。
何故ならエーが生まれた所為で母はこの家の跡取りの男児を産めなくなったから。
だからエーは嫌われていた。
エーが生まれてきたことが悪いのだから仕方がない。家族を壊したエーを愛する理由がなかった。
しかしそんなエーでも聖女選定の儀には出さなければならない。嫌々ながらも仕方なく母たちは出掛ける準備をしていた。
今日が自分たちの人生の転機になるとも知らずに。
───
〔※キツ目の“ざまぁ”を求める人が多いようなのでキツ目の“ざまぁ”を書いてみました。私が書けるのはこの程度かな〜(;^∀^)〕
〔※“強火ざまぁ”の為に書いた話なので「罪に罰が釣り合わない」みたいな話はお門違いです〕
〔※作中出てくる[王太子]は進行役であって主人公ではありません※〕
〔★Title変更理由>>>『なれません』ではおかしいよなぁ……と思ったので(; ˊ∀ˋ )〕
◇テンプレドアマットヒロイン
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇『ざまぁ』に現実的なものを求める人にも合わないと思います。
◇なろう&ミッドナイトノベルズにもそれぞれの傾向にあった形で上げてます。
<※注意※『ざまぁ』に現実的なものを求める人や、『罪に釣り合う罰を』と考える人には、私の作品は合わないと思います。>
※☆HOTランキング女性向け【1位】!☆ファンタジーランキング【1位】!に入りました!ありがとうございます!!😆🙏
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
追放王子の気ままなクラフト旅
九頭七尾
ファンタジー
前世の記憶を持って生まれたロデス王国の第五王子、セリウス。赤子時代から魔法にのめり込んだ彼は、前世の知識を活かしながら便利な魔道具を次々と作り出していた。しかしそんな彼の存在を脅威に感じた兄の謀略で、僅か十歳のときに王宮から追放されてしまう。「むしろありがたい。世界中をのんびり旅しよう」お陰で自由の身になったセリウスは、様々な魔道具をクラフトしながら気ままな旅を満喫するのだった。
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
【R18】らぶえっち短編集
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)
R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。
※R18に※
※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。
※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。
※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。
※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる