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第三章 六年後編

国賓と思惑(2)

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「す、すみませぬ。妾としたことが、はしたない真似を」
「クハハハ! しょうがあるまい! あんなものを見せられてはな!」

 クリシュナが俺の肩に手を回す。

「さぁ、語らおうか! 我らの希望イスカソニアよ!」

 なんだかよくわからないが、歓迎されていることは確かなようだ。

 しかし含みのある言い方だな。

 我らの希望って何だ? 

 それにイスカソニアて。
 国名みたいになってんじゃねぇか。

 そんな心の呟きが出るような冗談めいた遣り取りはソファに座るまでだった。

 その後に聞かされたのは、三人の転移者が準備を整えたという事実。

 イスタルテ共和国GS社の社長ラスコールの娘であるスカーレットと結婚し、暗躍と根回しによって次期社長と合議体の一員の座を確約させているシン。

 六氏族同盟リウトライブユニオンで最弱とされていたアル氏族国家トライブに助力し、十四年という歳月をかけて最大勢力へと押し上げ、氏族長ルォシーの伴侶となったクリシュナ。

 そして未だゲイロード帝国での影響力を強く持つ世界最強のジジイであり、ちょっとボケ始めたらしい初代皇帝ゲイロードの介護を行うアメリア。

「介護?! ボケ始めたって何です?!」

「上級ダンジョンを攻略中にアメリアを庇って大怪我を負ったらしい。そこで一時寝たきりになったので、その期間中に認知症気味になったのかと」

「無謀だと止めたのだがな! 聞き入れてもらえなかった!」

「ディープブルー……いえ、アメリアさんは今ゲイロード帝国でゲイロード様のお世話をしているの。目を離すと山へ魔物狩りに行ってしまうらしくて」

 まるで柴刈りに行くみたいな言い方だなおい。
 いや、ジョーブラックからすれば魔物も柴も似たようなもんか。

 しかし、まさかそんなことになっていたとは……。

 メッセージで送ってくれれば見舞いに行ったのに……。

「『機は熟した』と格好がつく話ではないかと。あと四年はかけたかったので」

「クハハハ! ゲイロードの爺様が耄碌もうろくするとまずいんでな! 俺たちの苦労が水の泡という事態は避けたいのだよ! 計画の前倒しだ!」

 なんで俺たちにそれを? とは訊かない。
 もう薄々気づいている。アーケイディアとの戦争に巻き込む気だ。

 まずい展開だ。どうにか話を逸らせないか……。

 俺は眉間に力を入れて額に手を当てる。

「はぁ、つまり六氏族国家同盟リウトライブユニオンとイスタルテ共和国、ゲイロード帝国の三国同盟を作って、アーケイディアに攻め込むと? まとまるんですかそれ?」

六氏族国家同盟リウトライブユニオンは問題ありませぬ。妾は年内には大氏族長になりますゆえ」

「こちらも問題ないかと。翌年の頭には義父に議長となってもらうので」

「ゲイロード帝国はずっと小競り合いを続けてるからな! 必ず乗る!」

 俺が口を開こうとしたとき、手の甲に柔らかく温かい感触があった。
 隣に座るソニアが、俺の手に自分の手を重ねていた。

「どうした?」

 訊ねるとソニアは僅かにかぶりを振り、向かいに座るシンたちに顔を向けた。

「皆さんに訊きたいことがあります。自分の願望で罪なき人々を巻き込む覚悟はできていますか? その人々の死を背負う覚悟はできていますか?」

 凛とした居住まいと口調。そして話の内容で察した。

 明かすのだと。

 口を開こうとするシンを手で制し、ソニアは話した。

 転移者が三人しか生き延びることができなかった理由が自分にあることを。

 やがてすべてを話し終えたソニアは──。

「私は失った家族を取り戻す為に大勢の死を背負いました。後悔はありません。優しい両親とイスカ、それにハオランという可愛い妹まで得ることができたんですもの。あと五年もすれば、二人の子も転生を果たします。私の幸せはすべて、あなた達の苦しみを犠牲に得られたものです。あなた達に、私と同じ身勝手を貫き通すだけの覚悟はありますか? 復讐を遂げて、大勢の死に見合うだけの幸せは得られますか?」

 そう締めくくった。

 重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのはシンだった。

 目を見開き、頭を抱えて。

「は、ははは、そんな、二周目だって? 私たちが、アーケイディアに囚われたままになったのも、生き残ったのも、すべて巻き込まれていたからだったと……」

「シン、それは違うぞ。ちゃんと聞いていたのか? 俺達が囚われたままになったのは、ソニアではなくフェリルアトスに責任があるだろう?」

「だとしてもだ。この復讐心の原因が目の前の少女にあることに変わりはない。クリシュナはなんとも思わないのか? 私たちが戦争を起こそうと躍起になった原因が、たった一つの家庭の幸せの為だったんだぞ? その犠牲にされたんだぞ?」

 クリシュナは深い溜息をこぼし、それでもソニアに原因はないと言い切った。

「お前は昔から脆すぎる。いいかシン、俺達は一度目の人生でソニア──いや『彼女』と共に生きた。そして死んだ。『彼女』は俺達の命まで願って二度目を始めてくれたんだ。あまつさえ、生き延びるよう配慮し、何も得るものがない戦いに向かおうとしている俺達に覚悟を問うてくれている。非難するのは間違いだ」

「それは見ていないから言えることだ!」

 シンは怒鳴り声を上げ、アーケイディアに潜入したときのことを話した。
 生きて『神域に辿り着いた』転移者は三人。
 それは囚われたままの生存者がいたという意味だった。

「労働力となるはずだった彼らは、逃げたことを理由に脱走者としての扱いを受けていた! 私が見たのは異形との融合実験だ! 何度も体を溶かされ、治され、成功した者は『実験体』と呼ばれて拷問を受け続けていたよ! もはや人としての尊厳はどこにもなかった! 未だに悲鳴が耳から離れない! 悪夢にうなされるんだよ!」

「シン……お前、何故それを言わなかった」

「私が殺したからだ! 願われたんだ……だから……! くそっ……!」

 シンが立ち上がり部屋を出て行く。
 スカーレットが「シン!」と叫び、慌てて後を追った。

「すまんな。俺も様子を見てくる。話はまた日を改めてにしよう」
「お気を悪くなさらないでくださいましね。妾も行かねばなりませぬゆえ」

 クリシュナとルォシーも二人の後を追い部屋を出て行く。

「私、余計なことをしたかしら……」
「いや」

 項垂れて溜息を吐くソニアの肩を抱くと、ハオランが席を立ち「送迎車、お願いしてくる」と言って部屋から出ていった。

 ソニアが嗚咽をもらしたのは、そのすぐ後だった。
 
 
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