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第二章 レッキス編

変わりゆく街

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「連続殺人事件?」
「ああ、そうだ」

 ある夜、俺はノルトエフの執務室に呼ばれ、街で殺人事件が起きていることを知らされた。現在、執務室内の応接間でテーブルを挟み対座している。

 ソファの座り心地の良さが霞むくらい、ノルトエフの表情は深刻だ。

「そんなに悪い状況なんですか?」
「ああ、正直かなり参ってる。住民への周知が遅れているのが救いだ」

 まだ報道環境が整えられていない為、この街で起きていることはニュースにならないし新聞に掲載されることもない。よって住民への情報伝達には時間がかかる。

 だがそれを救いと言うのはどうしてだろうか?

「住民に危険があるなら、周知を早めるべきじゃ?」
「それが厄介極まりない話でな」

 溜息の後に、ノルトエフは事情を話した。

 なんでも、先のウェドラディアによる襲撃事件が影響しているらしい。

 あれから一ヶ月が過ぎ復興はほぼ済んでいるのだが、それは飽くまで街の話。そこに住む被害者たちの感情ばかりはどうすることもできない。
 あれだけの惨劇。問題を起こした貴族たちの責任だけで済むはずもなく、被害者たちの怒りと憎悪は領主のノルトエフにも向けられた。

 対処が不十分。それ以前に魔物の保護を行ったこと自体が間違い。
 そもそも魔物と共に暮らすなどもってのほか。

 巷ではそんな声が上がり、抗議デモが行われたりもしている。

 ただ、それを行っているのは他所の街から移住してきた『人』だけ。

 同じく被害を受け、家族を失ったレッキスたちはありのままを受け入れている。
 ウェドラディアと共に暮らしてきたからこそ、ノルトエフの対処に問題がなかったことを認め、また与えられた生活保障に感謝して暮らしている。

 レッキスたちにとっては、ノルトエフは救世主。
 そして共に会社と街の創設に携わった仲間でもある。

 その為、ノルトエフを非難する『人』に対して良い感情は抱いていない。

 法を外れてウェドラディアの群れを街に連れて来たのも、自分たちを差別的な目で見るのも、すべて後からやって来た他所の街の『人』。

 レッキスたちはそういう『人』が問題の原因であるとノルトエフを擁護しているが、多くの『人』は聞く耳を持たない。

 彼らが言うには、レッキスの言葉は魔物の邪悪な『まやかし』なのだとか。

 で、ノルトエフもレッキスに騙されていると。

 つまり話にならないと。
 
 レッキス側の言い分は『文句があるなら出て行けば良い』というもの。
 人の移住者の言い分は『魔物は人を襲うから共に暮らせない』というもの。

 そんな中での殺『人』事件。厄介の意味がわかった。

「殺『人』事件というからには、被害者にレッキスはいないんですね?」
「そうだ。話が早くて助かる」
「で、レッキスが犯人扱いされていると」
「というより、犯人だ。それで頭を抱えてる」

 俺は首を傾げる。

「そう断言できる証拠がある事件なんですか?」
「食われてるんだよ。被害者の遺体が」
「は? いや、レッキスは草食ですよ?」
「それがなぁ……」

 ノルトエフがストレージから一枚のビラを出してテーブルに置く。

「ここでレッキスが人を食う映像を見せているんだよ」

 俺はビラを手に取る。『人生会』と書いてある。

「『人が健やかに生きる為には、人以外の者を受け入れてはならない』と。要するに人至上主義を謳う新興宗教団体のようなものですかね?」

「宗教と呼んで良いものなのかもよくわからん。事件の犯人がレッキスであると吹聴して回ってるだけの団体だ。犯行に及んでいるレッキスの映像を見せてな」

「その映像の入手先は?」

「『人生会』の会長宅の監視撮影機で撮られたものだ。最初の犯行を偶然撮影できたものらしい。衛兵詰所に持ち込まれた証拠映像でもあるな。画質や位置の問題で犯行に及んだレッキスの特定は難しいが、確かに映っているのはレッキスだった」

「なるほど。ところで被害者の共通点は」

「共通点? 全員が女性で、体の一部を食われてることだが……」

「その女性の人間関係って調べました?」

「いや、調べてない。食われてる時点で魔物の犯行だと断定したからな」

「それですよ。人が食われているから魔物が犯人という連想が犯人を見失わせてるんです。あれだけの大きな事件があった訳ですから、魔物を隠れ蓑にしてると考えれば答えは出ます。犯人はこの『人生会』を取り仕切ってる奴ですよ」

「被害者の人間関係か。わかった。捜査してみよう」

 そして翌日の夜──再び執務室応接間。

「イスカ、お前の言う通りだった。被害者は『人生会』の入会者か、そこの会長の知り合いだけだった。全員、会長と男女の関係にあって金を貢いでいた」

「じゃあもう犯人は会長で決まりですね」

「いや、それがなぁ。レッキスの映像の説明がつかなくて困ってる」

「会長の自宅か、その事務所か会館って調べましたか? ストレージも」

「いや? どうしてだ?」

 俺は顔を顰めた。あまり想像したくない展開が脳裏をよぎる。

「俺、技能スキルについて色々と調べて知ったんですが【変身シェイプシフト】っていうのがあるんですよ。これを使えば、レッキスに成りすますのって簡単です」

「ちょっと待て、それじゃあ……」

「食われたように偽装したか、あるいは……」

 更に翌日の夜──またもや執務室応接間。

「イスカ、解決した。お前のお陰だよ。『人生会』は解散させた。というより瓦解だな。まさか会長が人を殺して食ってたなんて知りたくもなかっただろう」

「うわぁ、カニバリズムでしたか。徹底的に周知することをお勧めします」

「そのつもりだ。魔物よりも恐ろしいのは人の方だ。俺も思い知ったよ」

 この事件の後、洗脳状態にあった人たちのレッキスに対する見方が変わったかといえば、そうではない。思い込みによる差別と偏見は相変わらず続いた。
 
 だが、そういう人ばかりではない。
 年を経る毎に、人とレッキスの関係は良い方に向かっている。

 六年が過ぎ、俺たちが街を去ることになった今も──。

「──イスカ、アソボ」
「おお、来たのかミーナ」
「──ウン。ウヒヒヒー」
「──イスカ、準備はできた?」
「おう、参加者は?」
「──会社の『テイマー』の皆とご近所さんだよ」
「あれ、マムもいるんだ。あ、今開けます」

 プシュ──という音を発して密閉扉がスライドする。

「冷たいねぇ。アタイがいちゃ駄目みたいな言い方して」
「あ、いや、そういうつもりじゃ」
「イスカ! ダッコ!」
「ああ、はいはい」

 相変わらず小さいミーナを抱き上げる。

「ウヒヒヒー。イスカ、タカイ!」
「おう、高いぞー。で、ハオランとダッドは?」
「魔道具の研究中。先に行っててくれって」
「あの二人、始めたら止まんないからねぇ」
「知識欲すごいですからね。それでどこでやるんですか?」
「人が集まりすぎて、お店を何店舗か貸し切りだそうよ」
「千人近くになったからねぇ」

 会話しながら、指定の店まで家族で歩く。
 色々とあったが、幸せな日々を送ることができた。

 街を出るにあたっての準備も終えている。

 ハオランの医療費や装備品の借金はとっくの昔に返したし、十六歳が持ってて良いのか疑問に思うくらいの資金も持っている。
 ちょっとやそっとじゃ困窮しないので、今後二人と結婚しても安泰だと思う。

 ミーナとの従魔契約の解除も済んだ。どうも、従魔になっている間は肉体の成長が止まってしまうことが判然としたからだ。
 小さいままなのは可愛いが、それは俺のエゴでしかない。
 いっぱい泣かれたが、別れの準備も済ませている。
 これからは自分の人生、いやレッキス生を歩んでもらいたい。

「イスカ、マタ、アエル?」
「もちろん。大きくなってたらお嫁さんになってもらおうかな」
「ぴゃ!」
「レッキス族と結婚する人も増えたからねぇ」
「ふふふ、ミーナならいいわよ」

 冗談だったんだけどな。

 まぁ、いいや。皆楽しそうだし。

 ノルトエフもバモアたちとの従魔契約を解除し、既に後任に街を委ねている。

 もう五十を過ぎている上に、資金も潤沢。

 領主と社長は十分に堪能したから、イリーナと世界中を旅して周るそうだ。

 俺たち子供三人も、しばらくそれについて行く。

 送別会が終わったら、その足で街を出る。

 次の目的地はゲイロード帝国を抜けた先。
 山脈に空いたデュナミストンネルの向こうにあるルシファリス公国だ。

 次はどんな冒険が待っているのか、今から楽しみだ。


────

 2023/11/11 第二章完結。

 
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