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第三章 六年後編
動画編集者(4)
しおりを挟む映像の中で、イスカとソニアが巨大な石の扉を押し開いていた。
開かれた先に広がるのは、最下層のボス部屋。いや、部屋ではなく外。
装飾が施された石柱の並ぶ、朽ちかけた石造りの神殿前。
暗雲で覆われた空に稲妻が走る。
ひび割れた石畳の上に、精巧に作られた女の石像が待ち構えていた。
装飾美麗な羽織袴に身を包む獄卒スズカという名の鬼女である。
髪は腰まであり、額に二本角。顔立ちは優美で目と口は閉じられている。
石像の為すべてが灰白色。
その手に握られた巨大な薙刀の刃先だけが鋭い輝きを見せる。
「五メートルはあるね。それだけでも凄い威圧感だ」
「でも、二人を見て。まったく物怖じしてないのよ」
「末怖ろしいかと……」
イスカとソニアが平然とした様子で歩く。
三十メートル程に距離が詰まったところで、獄卒スズカの角に青い光が灯る。と同時に、パキパキと音をたてながら動き出す。
体表から細かな石の粒が剥がれ落ちていく。
「あ、そうだわ!」
スカーレットは慌ててイヤホンをモニターから外し、音量を上げる。
「どうかしたの?」
「しっ、聞いて」
怪訝な顔をするシンに黙るよう言ってすぐ、モニターから音声が流れる。
『ソニア、もう魔力切れが近いだろ? ハオランを頼む。俺一人でやるよ』
『わかったわ。外れるのね』
『そういうこと。ちょっと試してみたいことがあってさ。装備品の性能も伝えないといけないし、一発でかいのを食らってみようかと』
『え、食らうって、あれを? イスカ兄ちゃん、それ大丈夫なの?』
『まともに食らえば瀕死。受け損なっても瀕死。受けてもダメージは入るだろうな。でも討伐にかかる時間は短縮できる可能性がある。なら、やるしかないだろ』
『なんでそうなるのさ! やらなくていいよ! 安全第一でしょ!』
『ハオラン、イスカの好きにさせましょう。もう三度目の討伐だし、攻略法を掴んだのよ。それに、もしなにかあっても私が死なせないから』
『ソニア姉ちゃん……。はぁ、わかったよ。じゃあ僕も【治癒】の準備しとく』
『二人とも物わかりの良い婚約者で助かるよ』
イスカがそう言いながら、ストレージから小型情報端末を取り出し操作する。
「外れるって、ここでパーティーを抜けるってことかい?」
「そうなのよ。あなたはハオランちゃんがサポートだって言ってたでしょ? でも、不思議なことにイスカ君は単独だともっと強いの」
スカーレットが言い終えるなり『じゃあ、行ってくるわー』という緊張感のない音声がモニターから流れイスカが猛然と駆け出した。
獄卒スズカが大きく体を捻り、薙刀で迎え撃つ構えを取る。
「何してる! 無謀だ!」
シンが椅子の背もたれを掴み、焦ったような声を上げる。その頃にはもう、イスカは獄卒スズカの攻撃範囲に足を踏み入れていた。
凄まじい速度で薙刀が横薙ぎに振られる。
ガギィッガガガガガガガッ──!
スカーレットはちらりとシンの顔を見る。珍しく、口と目が開いていた。
(あなたでも、そうなるのね……)
言葉を失った様子のシンから、再度モニターに目を移す。そこには横薙ぎを真っ向から受け止めたイスカの姿が映っていた。青い炎をまとっている。
「は、刃を越えて、柄を受けた、のか? しかも、これは【闘気防御】かな? 重くなるので、受ける直前で発動しなければならないかと……」
「一秒を遥かに下回る世界の話よ。まともな神経じゃできないわよね……」
シンは薙刀による斬撃を避けずに真っ直ぐに突き進み、巨大な刃を越えた先にある長く太い柄をトンファーで受け止めていた。
中級ダンジョンの攻略動画を腐るほど観てきたスカーレットでも、こんな馬鹿げたことをする探索者を目にするのは初めてだった。
『うがあっ、流石に痛ぇな! くそったれが!』
イスカが顔を歪めて怒鳴る。そこでスカーレットは動画を一時停止する。
「どう思う?」
シンが溜息を吐いて胸ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う。
「あの攻撃を受けて、痛いだけで済むものかと……」
「そうよね。いくら【闘気防御】を使えるからって、あれを防ごうなんて考えには至らないわ。少しでも受ける位置がずれたら終わりだもの。それに見て。イスカ君の右腕、おかしくない? 前腕が内側に曲がってるように見えるの」
「本当だ。アームガードが衝撃で割れてるね。おそらく折れてるかと」
「でも、この先も止まらないのよ。それに、この立ち位置」
「うん、あえて完全に受け止めずに薙刀を振り抜かせ、衝撃を逃がしつつ背後への最短距離に運ばせた形だ。私はこのボスと戦ったことはないが、魔物には予備動作が存在するので、おそらく武器の構え直しが済むまで攻撃に移ることはないかと」
「つまり?」
「もう敵は隙だらけ。大ダメージを与える好機になるかと」
スカーレットは頷いて動画を再生する。同じ意見だった。
薙刀の振り抜かれた先は、獄卒スズカの背後に程近い。シンの言葉通り、イスカは素早く獄卒スズカの背後を取っていた。
獄卒スズカが薙刀を構え直している間に、イスカは石畳を蹴って突進。その膝裏付近を左手のトンファーで勢いよく殴りつける。
ゴガッ──。
石の破片が飛び散る中、白文字で『1589』の表示が浮かぶ。一撃で袴の片側が砕け散り、重心を崩された獄卒スズカが前のめりに倒れ始める。
すると、その背を跳ねるようにイスカが駆け上る。
「一撃? そうか、ずっと青い炎をまとったままなのは……!」
「えぇ。【闘気撃】に切り替えてるのよ」
スカーレットが答えたとき、イスカがトンファーごと手をストレージに突っ込んだ。抜き取った手に握られていたのは直方体の銃砲身を持つ大型の拳銃だった。
「これは……!?」
「新製品の大型充魔式拳銃。銃把はさっきのトンファーなの。開発者が馬鹿でね、コンセプトは拳銃の限界。溜め込んだ魔力を全放出して打ち止めになる単発銃よ」
スカーレットが言い終えるのに合わせたように、イスカが腰だめに構える。
『うおおお、怖ぇええ!』
イスカが情けない叫びを上げた直後、銃口から力強い輝きを持った光弾が放たれ拡散し、獄卒スズカの頭部を爆散させる。ダメージ表示は『7586』の白文字。
そしてイスカは反動で斜め後方に吹っ飛び空を舞う。
「最初からこれを撃てば良かったのではないかと……」
「射程が十メートルしかないのよ。最大ダメージを与えられるのは二メートルまで。それ以降は一メートルごとにダメージが半減していくらしいわ」
「拡散していたように見えたけど、それも関係ある?」
「あれは発射した魔力が大きすぎて保てないだけみたい。でも放射状に広がるから、散弾銃としても扱えるとは聞いてるわよ。威力は激減するだろうけど」
「使い勝手が悪すぎるかと……」
高所からの着地でダメージを受けて転倒するイスカに、ソニアとハオランが駆け寄る。ハオランは豊満な体に空色の軽鎧装甲P壱型改を装備している。
『うわぁ、イスカ兄ちゃん、大丈夫?』
『大丈夫だけど痛い。悪いけど【治癒】頼めるか?』
『ハオラン、腕をお願い。私は足をやるわ』
『うん、わかった』
婚約者二人に介法されるというしまらない終わりだが、単独で二分以内に獄卒スズカを討伐完了している事実はスカーレットにとって衝撃でしかなかった。
「これを編集か。君の苦労がわかった気がするよ」
シンにそう言われ、スカーレットは思わず吹き出した。
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