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第二章 レッキス編

一家集合(3)

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 む?

 しばらく進んだところで足を止める。魔物の気配だ。

 俺は手元に遠隔光源を引き寄せ明度の調節を行う。光に反応する魔物もいるからだ。仄かに見える範囲まで光量を抑え、ゆっくりと気配のある部屋の側へと歩み寄る。

 壁に背を当て、そっと中を覗く。

 オーグルの群れか。

 外見は獣皮の腰巻きを着けた鬼。身長二メートル程で筋骨逞しい。肌の色は黄色人種に近く、顔立ちは西洋人寄りで手には大鉈が握られている。

 女もいて、そちらは革製の水着のような格好をしている。外見の特徴はほぼ同じ。違いは男より背が頭一つ分くらい低く、両手に短刀を持っていること。

 いずれも額から二本角が生えていて、瞳がなく白眼のみ。
 腰まであるごわついた黄色い髪が肩にかかっている。

 数えたところ、十二体いた。男が八、女が四だ。

 俺は一旦部屋から離れ、インカムで確認を取る。そのまま倒して良いなら、さっさと始末して先に進みたい。十四階層でも出現した相手なので大丈夫だ。

 すぐ向かうという返事をもらえたので、光源を部屋に入れる。

 あとはこっそり後ろから──。

 オーグルの背後に忍び寄ったところで、バチッという音がした。
 目の前で火花が走ったようになり、全身が痺れて脱力する。

 右足首に軽い痛み。
 膝から崩れて倒れたとき、トラバサミに挟まれているのが見えた。

 は? 嘘だろ?

 体が動かない。おそらくこれは麻痺。初麻痺だ。

 救いは俺の足がちょっとぶつけた程度の痛みで済んでいること。トラバサミに挟まれている感覚はあるものの、その凶悪な刃先が皮膚で止まって刺さらない。

 いよいよ自分が人じゃないと思わせられる光景。グッサリ刺さるのは嫌だけれども、それとは違う嫌悪感がある。俺はサイボーグかなにかかよ。

 そんなことより、麻痺した途端に気配の遮断が切れた。すぐ側でオーグルの唸り声がする。倒れていて見えないが、俺に気づいて囲んでいるのがわかる。

 これはいかん! 【闘気防御ラースガード】発動!

 青い炎が視界に入る。良かった。麻痺していても念じれば使えるようだ。

 だが危機的状況を脱した訳ではない。救援を呼ばなくては。

 ドガッ──。

 ん? あれ? 今、殴られた? あ、まただ。

 ガツンガツンと激しい打撃音がする。多分、俺は今オーグルの群れから集団暴行を受けている。おそらく大鉈と短刀で斬りつけられているはずだ。

 なのに、ちょっと痛い程度。若干強めのマッサージ感がある。むしろ肩や背中なんかは丁度良い。皆がこの光景を見たらどう思うかの方が心配になってくる。

「──イスカ? 応答しろ。どうした? 大丈夫か?」

 うわ、まずいな。

 どうやらオーグルたちの攻撃音が届いてしまったようだ。
 こんなところを見られては人外認定されてしまう。

 大丈夫だと言っておこう。

「らいひょーふれぇふ」
「──イスカ!?」

 し、しまったぁ! 舌の自由も奪われていたのかぁ!

「──皆、異常事態だ! 全力で向かうぞ! イスカ、持ちこたえろよ!」

 持ちこたえてる! すごく持ちこたえてるから! 急がないで!

 これはまずい。本当にまずい。

 そ、そうだ!

 確かストレージに麻痺回復薬が残っていたはずだ。結局、道具屋で買ってから一度も使う機会がなかった。ついに使うときがきたようだ。(※第一章『道具屋』参照)

 ストレージを開き、麻痺回復薬を選択する。

 よし、これで助か──。

 ポトリと丸薬が目の前に落下する。
 傾斜に従ってコロコロと遠ざかり、ぐしゃっとオーグルに踏み潰される。

 えぇ……? どうすんのこれぇ……?

 口に入れようにも、その調整ができない。上を向ければどうにかできるのだろうが体がまともに動かない。無理に動こうとすると激痛が走る。

 なんとかできないか四苦八苦しているうちに駆ける足音が近づいてくる。

「イスカ!」
「きゃああああああ!」

 ノルトエフの焦った声と、ソニアとハオランの悲鳴。

「手前ぇらああ! うちの子に何してくれてんだああああ!」
「グォオオオオオオ!」

 イリーナの怒号。オーグルの雄叫び。連続する銃声。オーグルの絶叫。剣が風を切る音。血飛沫。骨肉が断ち切られる音。跳ね落ちて転がるオーグルの頭。

「大丈夫かイスカ!」

 ノルトエフが俺を抱え起こして仰向けにする。

 あ、上向けた。【闘気防御ラースガード】解除。

「イスカ! イスカぁ!」
「イスカ兄ちゃあん!」

 涙ぐむソニアとハオランに縋りつかれる。俺は痛みを押してどうにか大口を開け、真上に展開したストレージから麻痺回復薬を落として飲み込んだ。

 即効性があるようで、数秒で痺れが緩和されるのを感じた。

 俺は溜息を吐きつつ半身を起こし、トラバサミを外して頭を掻く。

「あ、すんません。ほぼ無傷です。ちょっと罠で麻痺になっちゃって」
「へ?」

 そんなやり取りの最中、背後からツカツカと足音が近づいてきた。

 ゴッ──。

「あだっ!」

 突然、後頭部に激痛が走り、俺は情けない声を上げた。
 頭を撫でつつ振り向くと、拳を握りしめたイリーナが立っていた。

 薄笑いばかり浮かべている人形のような顔が怒りに染まっていた。
 柳眉を逆立て、薄い唇をへの字にし、切れ長の目にはいっぱいの涙。

 あ、これは。

 俺の不手際に対する怒りじゃない。

 そう思ったとき、イリーナが俺を抱きしめた。

「馬鹿! 心配させんじゃないよ!」

 涙声で言われ戸惑う。

「はぁ、そうだぞ。肝を冷やした。無事で良かった」
「痛いところはない? あるなら言って」
「本当に大丈夫なの? イスカ兄ちゃん?」

 皆が俺を心配してくれている。その優しさに胸が詰まる。

 だが……。

 いまいち浸り切れないのは、【治癒】を頼みたいのがイリーナに殴られたところだからだろう。これは絶対オーグルの集団暴行よりダメージが入っている。

 大きなコブができていて、とても痛いのだ。
 どんな力で殴ったらこうなるのかが気になって仕方がない。

 それに加えて、場所が良くないのも引っ掛かっている。
 無事を喜んでくれるのは嬉しいが、ここは早々に立ち去るべきだと思うんだ。

 でも、なんか言える空気じゃないんだよなぁ……。
 誰か気づいてくんないかなぁ……。

 案の定、オーグルが再出現リポップして俺たち家族は囲まれた。
 時と場合は選びましょうという良い教訓になった。
 
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