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第二章 レッキス編

ミーナと散歩

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 ワサワサ大森林を訪れて五日目の昼食時。

 ノルトエフの獣魔になったレッキス族十人と俺の従魔になったミーナのレベルが上限の三十一に到達したので、俺は【幻覚耐性】習得の為に森に入ることを告げた。

「一人で行くのか?」
「はい。【幻覚耐性】さえ習得すれば問題の魔物を狩れると思うんで」
「一人は危ないですよ、イスカ坊ちゃん」
「誰が坊ちゃんだ」
「坊ちゃんは坊ちゃんですよ。社長の息子さんなんだから」

 敷物の上でキャベツをモリモリかじっているバモアは日を追うごとに太鼓持ち化が進んでいる。ノルトエフのことを社長と呼び、俺のことは坊ちゃんと呼ぶ。

 何が腹立たしいってこいつが族長だってことだ。トップがそれだと皆がそう呼ばなきゃいけない空気になる。お陰で俺はレッキス族の間じゃ坊ちゃんだ。

 更に困ったことに現地語しか話せないレッキス族の若者が三人おり、そのイントネーションがまるで池や肥溜めに何かが落ちたような擬音にしか聞こえないのだ。

「ボッチャン、ボッチャン!」
「やかましい!」

 その三人以外は俺が怒鳴る理由をわかっているので指を差してゲラゲラ笑う。そう、俺は笑い者になっている。それで親しくなっているので文句も言い辛い。

 バモアもやり手だな。確信犯だこれ。
 正しいと信じて俺を笑い者にするか。ふてぇ野郎だ。

 転生して一ヶ月程度でゴミ捨て場育ちの浮浪孤児から社長の息子に出世。
 クソガキから坊ちゃんだよ。

 その上で馬鹿にしてんだから温度差の激しさと情報量の多さに戸惑うわ。

「イスカ、イスカ、アタシモ、ツレテケ」
「こぉらミーナ、イスカ坊ちゃんて呼ばないと駄目だろう?」
「駄目なのはお前だよバモア! 叱るとこはそこじゃないだろ!」
「ツレテケー! ツレテケー!」
「うわっ!」

 ミーナが俺の背中に飛びついてしがみつく。
 いや、遊びに行くんじゃないんだが。

「はぁ、まぁいいか」
「ウヒヒヒー」
「おいおい、余計に危ないんじゃないのか?」
「大丈夫ですよダッド。危なくないようにします」

 ミーナは従魔なので、ずっとパーティーメンバー扱いでありながら技能スキルの発動条件のパーティーメンバーには含まれない。なので【孤高の野人ソリタリーワイルド】は普通に発動する。

 そういう訳で、今の俺はレベル六十二扱い。
 心配されるようなことになる可能性は限りなく低い。

 念のため『パカの根』も十個ストレージに入れてある。
 備えあれば憂いなしだ。
 
 耐性を得るまで討伐するつもりはないが、ボーンソードマンとの特訓で習得した【闘気防御】も設定しておく。【闘気撃】と交換した。
 本当は不要と思われる【呪い耐性】と入れ替えたかったが枠数が足りず断念。
【分析】と【気配制御】は残しておきたいので二枠使用のものを入れ替えた形だ。

 ついでにミーナの技能スキルも見ておく。

 魔物の固有技能である【野生】は強いのでそのまま。
 残りは【聴力強化】【脚力強化】【幻覚耐性】に設定。

 というか他にない。なにか新たに習得しているかと期待したがなかった。
 今は余裕がないから無理だが、いずれ技能習得を手伝うつもりでいる。

 気配系と走力はあって損はないのだ。
 比較的習得も簡単だしな。
 
 俺はミーナをおんぶしたまま駆けて、やがて最初級ダンジョンと同じ白い小屋に到着。その中にある階段を上って久しぶりに外に出た。

 白い小屋を中心に半径十メートルくらいは草木に覆われていないので陽の光が遮られない。今日は晴れ。真上に太陽がある。

 うーわ、眩しい。

 軽く見上げ、手で庇を作って目を細める。

 五日ぶりの太陽は目に染みた。

 この五日間はずっとダンジョン一層目の洞窟の中にいた。いちいち集落に戻るのが面倒だというレッキス族たちの意見を呑んだ形だ。

 もっとも、ノルトエフが食料品や生活関連物資を大量に所持していたので、労働効率と快適度の高い環境が整えられ、洞窟内でも不満はなかった。

 なかったが──。

 やはり外は違う。洞窟とはまるで違う。外に出たモグラの気分だ。

 噎せ返りそうになる程の土と木の匂い。
 そうそう、こんな感じだったと思い出す。

 湿気があるのであまり清々しくはないが、悪くない。
 やっぱり人には外の空気と太陽が必要なんだと実感する。

「ソト! ソトデタ! ヒャフー!」
「そうだな。外だな」

 ミーナが大はしゃぎで俺の背から下りて周囲をぐるぐると駆け回る。
 が、ふと思いついたように立ち止まって俺と手を繋ぐ。
 
「イスカ、イスカ、ミーナ、イッショ、アルク」
「おう、いいぞ。散歩しよう」
「ウヒヒ。サンポ、サンポ」

 ミーナは小さい上に見た目が兎に近いのでとても可愛い。
 女性陣が見たら大喜びすると思う。

「そういや、ミーナって何歳なんだ?」
「アタシ、二サイ」
「二歳!?」
「ウン、二サイ」

 ミーナがきょとんとした顔でこくりと頷く。
 成長速度が魔物だ。見た目が二歳の倍はある。

「バモアは?」
「シラン」
「そうか。知らんか。なら仕方ないな」

 話しながら歩いているうちに違和感を覚えた。
 周囲の景色が変わっている気がする。

 ああ、間違いないなこりゃ。

 振り返ったときに気づいた。木の種類、配置と本数が違う。
 ミーナがきょろきょろと辺りを見回す。

「ゲンカク、カカッタ」
「ああ、そうだな。それじゃ、この辺に椅子でも出すか」
「ゲンカク、ナオサン?」
「うん、治さん。しばらく治さん」

 耐性を設定してあるミーナが俺と同じタイミングで『幻覚』にかかるということは、かなり高い付与率のようだ。少なくとも八割はあるだろう。

 いや、随時発動型アクティブの連続使用か常時発動型パッシブであれば耐性での軽減も無意味だな。それだと付与率が五割を超えてさえいれば絶対にかかることになってしまう。

 ダンジョンの魔物と違って外の魔物は行動に設定がない。つまり好き放題にやってくる。生物なのだから当たり前だ。生き延びる為にはなんだってするだろう。

 そこなんだよなぁ。怖いのは。

 相手は命のやり取りを繰り返して生き延びている。
 話を聞く限りでは、惑わして狩る暗殺者。考える頭のある魔物はレベル以上の強さになる。放っておけば、より狡猾に成長していくに違いない。

「早く狩らないと、まずいことになるかもなぁ」
「カル? フルードライア?」
「ゴリエントも。強くなった魔物、全部」
「ウーン、ムズカシイ。ゴリエント、ツヨイ」

 ミーナが腕組みして難しい顔でむんむん唸る。可愛い。
 そしてよく理解している。可愛いだけじゃない。

「まずは【幻覚耐性】を取らないとな」
「タイセイ? トッテモ、ゲンカク、ナルゾ?」
「俺はならなくなるんだ」
「ぴゃ? イスカ、ナラナクナル? ゲンカク?」

 耳がピンと伸びて目を丸くするミーナの頭をなでくりする。

「ウヒヒヒー。イスカ、スゴイナ。スゴイナー」
「そうだなー。早くすごくならないとなー」

 耐性を得る為には、状態異常を受け続ける必要がある。
 それはバンシアの呪いで確認済み。【呪い耐性】の条件にも『呪いを受け続ける』と書いてあったから間違いない。

 どれだけ受け続ければ習得できるのかが書かれていないのはお約束。
 付与された回数なのか、総時間なのかもわからない。

 これが相当なストレスになる。わかっていても不安になる。しばらく続けて習得できないと、やり方が合っているのか疑いを抱いてしまう。

 それでも習得しない訳にはいかないんだなこれが。

 幻覚は実際に受けるとかなり戸惑う。視覚と気配との齟齬は非常に気持ち悪い。誰もいないのに誰かの気配がするというホラーはストレスフルでいけない。

 更に気持ち悪いのは意味不明なところ。幻覚にかかっていても俺はノルトエフとミーナを認識できたし、ノルトエフも俺とミーナを認識できた。

 それどころか幻覚を受けた者同士で見えている景色が同じ。個人差がないのだ。まるで誰かが具現化した幻想の中に放り込まれているような状態に陥る。

 他にも【自動地図オートマップ】の座標も数値は合っているのにデタラメな位置に変わって見えていたという話で、何がなんだか理解が及ばない。

 幻覚でこれなのだから、麻痺とか凍結とか、行動不能に陥るようなものは更に嫌な予感がする。なんとしてでも耐性を手に入れておきたいところだ。

 ゲームだと状態異常の無効化は生存の安定感を上げる。場合によっては必須。無効化を付け替えれば、どんな相手にも対応できてしまう。

 それは現実でも同じだった。むしろより必要性を感じる。

 絶対に手に入れたいと思っていた小型情報端末モバイルターミナルは既に手に入っている。

 残るは耐性のみなのだ。運良く幻覚を持つ魔物と……。

 あれ?

 もしかして耐性って魔物相手じゃなくても習得可能なのでは?

 火傷耐性とか凍結耐性は魔術を食らわせてもらえばいけるな。

 ソニアは一度目の人生で術師だったらしいし、相談してみようか。今回はイリーナに師事して剣と銃でいくとか言ってたけど知識は別の話だしな。

 そういやハオランはどういう道に進むんだろう?

 細工はやりたがってるんだよな。ノルトエフは魔道具技師でもあるし、師事するならそっちか。メカニック的な立ち位置だと助かるよな。

 ふむ。ちょっとパーティーについて考えてみようかね。

 ストレージから丸太のスツールを日陰に二つ設置、ミーナを抱っこして座らせる。

「イスカ、ナニスル?」

 上目遣いで首を傾げて訊ねるミーナ。あざとさがない純粋な可愛さ。

 とりあえず撫でておく。

「ウヒヒヒー」
「なでなでー。なでなでー」

 俺もスツールに腰かけ、しばらくウヒウヒなでなでした。
 それから俺たちはたっぷり遊んだ。
 疲れて眠ったミーナを背負って帰る頃には夕方になっていた。
 
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