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第一章 シュンジュ編
新たな出会い(1)
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斡旋所に戻った俺たちは、まず休憩場所に移動し、そこにあるテーブルの上にハオランを寝かせた。受付に客──ジョーブラックとアメリアが着ていたような装備品を身に着けた流れ者と思しき男女と少女──がいてこちらを見ていたが気にしなかった。
シンイーはすっかり普段の調子に戻ったようで、テキパキと動き出す。手隙の女性職員に声をかけ、お湯やタオル、ベッドシーツのような大きな布を用意する。
俺も手伝おうとしたが「イスカは向こう行ってな!」と怒鳴られて追い出された。他のテーブルを倒し並べて衝立にされ、大きな布で覆われ囲いが作られる。
「準備できたわね。お湯の桶は? ありがとう。そこ置いて。悪いけど雑巾を多めに用意しておいて。汚れるから。あと医者の手配も。さ、まずはズボンを脱がすわよ」
「ちょっとやってみたけど、くっついて上手く脱がせないよこれ。血でベトベト。無理やり引っ張ると痛いかもしんない。切った方が良いと思う。誰かハサミはある?」
「あるわよぉ。切るから裾持ち上げててねぇ。あ、シンイーはいいわよぉ。こっちはメイメイとやるからぁ。先に髪と顔を洗ってあげてぇ。可愛い顔が台無しよぉ」
衝立の向こうからそんな声が聞こえ、慌ただしさが伝わってくる。
おいおい、そんな忙しいのになんで俺を追いだすんだよ。
俺だってハオランの体を拭いてやりたいのに。そのくらいはできるぞ。
「何があったんだい?」
遺憾に思いながら囲いの方を見て立ち尽くしていると、受付にいた長い銀髪の女性が声をかけてきた。切れ長の目の上にある眉が顰められている。
傍らには、女を少し穏やかにしたような容姿の少女がいる。年は俺と同じくらい。多分、女の娘だろう。ということは、歩み寄ってくる金髪の男は父親か。
三人ともジョーブラックとアメリアを思い起こさせる西洋風の整った顔立ち。すらりとした長身の美男美女と、小柄で華奢な美少女の親子だ。
「さっきの子は?」と、男が険しい表情で言った。
「今訊いてるとこだよ。坊や、あの子は一体どうしたんだい?」
「マム、そうやって不躾に訊くのは良くないわ」
身を屈めて俺に訊ねていた女を手で制し、少女が間に入る。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの? 私はソニア。それで、あなたに質問していたのは私の母のイリーナ。そこにいるのが父のノルトエフよ」
「俺は……イスカだ」
警戒心が出て眉間に力が入る。少女があまりに子供らしくない。子供を使う手口の詐欺師かもしれないと疑っている俺に、少女は眉を下げた微笑みを向ける。
「そう、イスカね。マムは言葉足らずなところがあるから怖がらせちゃったかもしれないけれど、別に興味本位で訊いた訳ではないの。さっきの子がとても酷い状態だったから、何か手助けできることがあるかもしれないと思って訊いたのよ」
「ああ、そうだ」
金髪を後ろで束ねた男──ノルトエフが俺の前で片膝を着き視線を合わせる。
「尋常じゃない傷だった。誰かに拷問でもされない限り、ああはならない。あんな小さな子を痛めつけるようなクズがいるなら、俺たちが捕らえてやろうと思ってな」
「丁度ムシャクシャしてたとこだったからね」
イリーナが悪い顔をして指の骨を鳴らす。
話が見えず、俺は首を傾げてソニアを見る。するとソニアは肩を竦めて苦笑した。
「ダディとマムは優秀なオルトレイなの。大きな仕事を終えたから、休暇を取ってこの街に観光に来たんだけど、名所の『神門』が消えててマムが不機嫌になっちゃって、憂さ晴らしに魔物を狩りに行くって言いだしたのよ。それで斡旋所に来たの」
「ダンジョンも目的だったから別にいいだろ? アタイは入ったことないし」
「こらこら、そういう話は後だ。なぁ、イスカ君、君にも返り血がついてる。結構な量だ。察するに、あの子と一緒に何かに巻き込まれてそうなったんだろう? 事情を訊かせてくれないか? あの子の『治療』に関しても話ができるだろうから」
ドクンと心臓が跳ねた。今、『治療』って言ったよな?
これは、もしかするとフェリルアトスの巡り会わせか?
確かに、装備品はGS社製のように見える。この親子がイスタルテ共和国の出身者だとしたら、俺が考えていたことが早く叶うかもしれない。
しかし、騙されている可能性が消えた訳ではない。だからこれは賭けだ。
いや、仮に騙されていたとしても俺ならどうにかできる。どうにかする。もし巧妙な手口であったとしても、失う物が金だけで済むなら何も問題はない。
今のところ、嫌な感じはしない。本当に心配してくれているように思える。これは決して『分の悪い賭け』じゃない。俺を転生させた『彼女』が望んだような。
俺は興奮を抑える為に、一度唾を飲み込んでから口を開く。
「ち、治療って、傷痕だらけでも、元通りに治せたりしますか?」
考えたそぶりすら見せず「ああ」とノルトエフが頷く。
「もちろんだ。俺はこう見えても貴族……いや、取り潰されるだろうから、そうではなくなるが、イスタルテ共和国に権力者の伝手がある。総合医療施設の施設長とも顔見知りだ。そこの再生医療装置を使えば確実に傷痕は消せる」
「仕上がりは保証するよ」
イリーナがそう言いながら、肌に密着した黒い着衣の袖を捲る。
「アタイは元傭兵でね。傷痕だらけだったけど、この通りさ」
俺の目には綺麗な素肌が映っていた。元の状態を知らないが、傷痕の名残すら見えない。イスタルテ共和国はかなり発展した国だと聞いていたので、元々そこの医療技術に頼る気でいたが、実際に目にするとより希望が見えた。
ハオラン……! 治るぞ……!
俺は感極まり、涙をこらえてノルトエフに頭を下げた。
「お、お願いします! 金はいくらかかっても構いません! 俺がどうにかします! ハオランを治してやりたいんです! 力を貸してください!」
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