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第一章 シュンジュ編
許されざる者たち(4)
しおりを挟む「きゃ、きゃああああああああ!」
「う、うわあああああああああ!」
シュアが手足をばたつかせ、尻で後退りながら悲鳴を上げる。その声で振り返ったムーシェンも同じようにする。恐慌状態に陥り、もはや立つこともできないようだ。
土の中から、ランズそっくりな何かがゆっくりと這い出てくる。その何かは苦しげに呻きながら助けを求めるようにシュアの元へと進む。
【分析】で確認すると『グリーングルアー』と表示された。ステータスはキーシャオの成れの果てと変わらない。違いは目と髪と服の色だけ。名前にある通り緑色だ。
てっきり黒になると思っていたが違った。おそらくバンシアが黒いから見間違えないように緑にしたんだろう。小柄だし見た目が違うからわかると思うが。
この色の違いには何か意味があるな。フェリルアトスだし。
「来ないで! 来ないでよぉ!」
シュアが座ったままグリーングルアーの顔を何度も蹴飛ばす。
『23』『21』『19』と白文字のダメージ表示が現れては消える。が、間髪を入れずに『10』『10』『10』と緑色の表示が現れる。
どうやら回復しているらしい。でも表情からすると痛みは消えてなさそうだ。気の毒な魔物になって可哀想にな。世間では自業自得っていうんだけどな。
しかし、シュアも相当だな。今の今まで仲間だったんじゃないのかよ。
よくもまぁ、そこまで躊躇いも容赦もなく蹴れるもんだ。
「く、来るなぁ! 来るな来るな来るなぁ!」
ムーシェンはレッドグルアーにじわじわと迫られていた。腰に帯びた鞘からもたもたと剣を抜き、戦慄きながらめちゃくちゃに振り回す。
白文字で『42』『28』『34』とダメージ表示が出る側から『10』の回復表示が繰り返される。斬りつけた数よりも回復する数の方が多く距離が詰まる。
そして、レッドグルアーがムーシェンに覆い被さる。剣がずるりと腹を貫通するが、お構いなしにムーシェンに抱きつく。愛しい人を相手にするように。
「ひ、ひぃいいいい! やめ、やめろおおおお!」
情けない悲鳴を上げて間もなくムーシェンは股間を濡らした。じわじわとズボンの色が変わっていく中、その首筋にレッドグルアーが噛みつく。
「ぎゃあああああああ!」
ムーシェンが目を剥いて叫ぶ。
ん? そんなになる程の攻撃力はなかったはずだぞ?
人にはダメージ表示が出ないので【分析】で確認すると生命力が一桁しか減少していなかった。呆れてものも言えない。大袈裟にも程がある。
わかっていたことだが、魔物化した二人にはムーシェンとシュアを殺すことはできないようだ。まぁ、怯えさせただけで十分としよう。そろそろ仕上げにかかろうか。
「それで? どっちから魔物になる?」
「た、たたた助けてくれ! 悪かったぁ! 悪かったからよぉ!」
「ごべんだざぁい! ゆるじでくだざぁい! おでがいじまずぅ!」
「ここここんな化け物になりたかねぇよぉ! 頼むよぉおお!」
「殺ざないでくだざぁい! 死にだぐないぃいい!」
「だから、お前らが選べるのは人生の終え方だけだって」
俺はストレージからゴブリンのドロップである『汚れた腰布』を取り出す。すると二人はぴたりと泣き喚くのを止め目を見開いた。ああ、やっぱりな。
「俺さ、鼻が利くんだよ。お前らハオランの口にこれ詰めたろ?」
「ぢ、ぢぢがうんでずうう! ぞれは、ご、ごの死んだ二人がああ!」
「そ、そうだ! 俺たちじゃねぇよ! こ、この二人が──」
「嘘しか言えない口なんていらないよな。塞いでやるよ」
俺はレッドグルアーを突き飛ばして退かす。
「感謝しろよ。嘘で罪を重ねないようにしてやるんだからな。本当ならハオランと同じ目に遭わせてやりたいところだが、お前にはそれ以上の苦痛が待ってるようだし、この程度で済ませてやるよ。別の日にまた皆で狩りにくるけどな。しっかり反省しろ」
ムーシェンの頭を押さえ、丸めた『汚れた腰布』を無理やり口に詰める。口をぎゅっと閉じたままだったので、仕方なく歯を折って思いっきり喉の奥にまで。
「うごえっ! うぐごげぇ!」
「ひっ──ひぃいいいいい!」
ムーシェンが喉を押さえてのたうち回る。吐き出せずに顔がみるみる赤黒くなっていくのを確認してから、俺は悲鳴を上げるシュアに歩み寄る。
「次はお前の番だ。ああ、そうだ。お前、治癒術師だったな。ハオランを全快させろ。そしたらこんな苦しい殺し方はしないでおいてやるよ。『汚れた腰布』を喉に詰められて死にたいなら、無理してかけなくていいけどな」
「は、はいぃぃい! やりますぅうう! やらせていただきますぅうう!」
シュアが四つん這いになり、グリーングルアーから逃げるようにハオランの側に来る。傍らで悶え苦しむムーシェンには一瞥もくれない。
こいつ、相当に腐ってんな。
ランズと違ってムーシェンはまだ生きてるのに救いもしないか。
これで聖職者ってんだから驚きだよな。こんなのばっかりだったら、そりゃジョーブラックも『腐っとったから』の一言でアリアトス聖教国をぶっ潰すわ。
シュアがハオランに【治癒】をかけ始めた頃、事切れたムーシェンが土に沈み『ブラウングル』という魔物に変わって現れた。
やはり髪と目と服の色以外は他の二人と何一つ特徴は変わらない。
軽く殴ってみたが『384』の白文字表示で一撃死させることができなかった。
体を欠損しても継続ダメージは発生せず、逆に回復が続き自己修復する。
素早く二発殴ってようやく消滅。その場で再出現したので全力でも試す。
すると『1983』の白文字表示。体に穴が開いて一撃死。
短い間にムーシェンを三回も殺してしまった。
うち二回は元ムーシェンだけど。
ドロップアイテムは小銀コイン一枚と『ブラウングルの髪』という茶色の糸玉だった。『バンシアの髪』の茶色版だ。縫製業に重宝されそうな一品。
ああ、なるほど。それでグリーンにしたのか。
ブラックだとドロップが『バンシアの髪』と被るもんな。フェリルアトスの奴、最初級ダンジョンの価値を上げようとしてないかこれ。利用客増えるな。
小銀コインの方はストレージに収めると百リエムになった。
やはりこれは最初級ダンジョンで人気の魔物になりそうだ。集団でタコ殴りにされ存分に狩られることになるだろう。他の二体も同じく。
いや、今からもう一体増えるか。
「まだ全快しないのか?」
「お、終わりました! 今、たった今!」
ハオランの顔から腫れが引き、寝息も弱々しいが落ち着いている。
だが、顔と体にある傷痕は消えていない。
こうなることは最初からわかっていた。
オンソウの頭の傷が【治癒】で治らなかったのを見ていたから。
「あ、あのぅ、こ、これで助けてくれるんですよね?」
「は? 何言ってんだお前。誰が助けるって言った? 俺は苦しい殺し方をしないでおいてやるって言ったんだ。ハオランを全快させたらな。これのどこが全快だよ?」
「ふ、ふぇ、ぞ、ぞんなぁ。だ、助けてくだざいよぉお!」
「じゃあ、傷痕を綺麗に治せ。一つ残らずな」
「き、傷は治ぜだいんでずぅ! だ、だがら、こでが全快でぇ──」
「お前の全快基準なんか知らないよ。でもまぁ、『汚れた腰布』はやめといてやるよ。時間の無駄だしな。それじゃあ、しっかり罪を贖えよ」
「へ? へぇ? ぶぎゃっ?!」
俺はシュアの呆けた顔を全力で殴り飛ばして破壊した。人の返り血は消えないんだよな。キーシャオのときみたいに注意すればよかった。
「お待たせハオラン。帰ろうか。みんなが待ってるよ」
俺はハオランを抱き上げ、その傷だらけの顔に向かって言った。
「俺の所為で、こんな酷い目に遭わせてごめんな」
俺が余計なことをしなかったら、ハオランが拷問される程のことにはならなかった。ジョーブラックとアメリアに付き合わなければ、こうなる前に救い出せた。
これはタラレバとは違う。そんな無意味な後悔じゃない。
ただ俺に責任があると心の底から認めただけだ。
責任がある以上は、果たさないとな。
俺は誓った。何をしてでもハオランの傷を治すことを。そしてそれ以上に長引くであろう心の傷による苦悩も、一生寄り添って支えていくことを。
「兄ちゃんが絶対に治してやるからな。ずっとお前を守ってやるからな」
日暮れが迫る草原を静かに歩く。
やっと休めたハオランを起こさないように。
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