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第一章 シュンジュ編

神は見ている(5)

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 イスカ。僕は今日ほど救われた気持ちになったことはない。

 君がいてくれて、本当に良かった。

 何もできない僕の代わりに、君がすべてを果たしてくれると信じてる。

 頼んだよ。イスカ。


 やがて──ダンジョンの宮殿に着いたイスカは、人混みをすり抜けるように進み、白い小屋から出てきたばかりのキーシャオと鉢合わせた。

「あ、へへへ。なんだよすぐ見つか──」

 キーシャオが薄笑いを浮かべて近寄った瞬間、イスカは人が大勢いるにもかかわらず素早くキーシャオの膝裏を蹴り、下がった頭を掴んで押し倒した。

「あだっ!」

 地面に頭をぶつけたキーシャオの顔が歪む。

「い、痛ったいわね! な、何すん……」

 キーシャオが息を吞んだ。周囲にいる人もそうなっている。でも、逃げ出しもしない。衛兵までもが立ち竦み、時が止まったようになっている。

 彼らの視線が向かう先には、僕がこれまで見たことがないほど怒ったイスカの姿があった。表情は静かだけど全身から殺意がほとばしっている。

 現状、イスカは【魔人】と【孤高の野人ソリタリーワイルド】の効果で身体能力がレベル五十六扱いだ。【気配制御サインコントロール】を全開にしていれば自ずと周囲は気圧される。
 まして、乗せているのは敵意ではなく殺意。金縛りにあったように動けなくなるだろう。イスカもハオランがどういう目に遭わされたのか予想がついてるんだ。

 ゴミ捨て場育ちで人の愚かさを知っているから。
 そして、嫌になるほど察しがいいから。

 静寂の中、イスカは目を閉じた。気を落ち着けるように深く息を吐く。

「危うく殺すとこだった。時間が惜しい。さっさと斡旋所に行くぞ」

「う、あ、い、いや、その……」

 開かれたイスカの目から逃れるように、キーシャオが視線を泳がし口ごもる。

「聞こえなかったのか? 時間が惜しいんだ。俺とパーティーを組むんだろ? ハオランにしたみたいに、ダンジョンに閉じ込めて痛めつけるんだろ?」

「そ、そんな、こと、し、してな……して、ません」

「嘘吐けよ。その返り血はなんだ?」

「えっ?! こ、こここれはっ、魔物の!」

「どんな魔物だ? 殺し損ねて逃げてきたのか? パーティーを置いて一人でニヤケ面して出てきたってのか? ハオランを置いて? 救えない奴だな。もう殺すか」

 イスカがキーシャオに馬乗りになり拳を振り上げる。

「ちょっ! ちっ、ちち違うの! ちゃんと魔物は殺してきたのよ!」

「殺した? ダンジョンの魔物は死ねばその体液やにおいに至るまで消失するのにか? じゃあその返り血は誰のだ? お前のか? ムーシェンのか? それとも残りの女二人のか? 違うよな? 嘘しか言えないのかお前? もういい。殺す」

「待っ──!」

 イスカの拳が振り下ろされ、キーシャオの顔の前で止まる。ぶわりと風が起こり、キーシャオの髪が浮く。風は円状に広がり、周囲にいた人たちの衣服も揺らす。

「ハオランが酷い目に遭わされたって、お前を見た瞬間に気づいてんだよ。尋常じゃない血の臭いさせやがって。どれだけ痛めつけたんだ? 教えろよ。俺がお前に同じことしてやるよ。ほら、ハオランにしたことを思い出せ。お前はこれからそうなるんだ。……その顔は図星か……本当にやったんだな……!」

 力の差を思い知ったみたいだ。キーシャオは顔を歪めて涙を流し始めた。イスカはカマをかけて僕の悪戯を見抜いた上に根拠まで並べる男だ。言い逃れできる訳がない。

「ご、ごべんだざいぃ。ゆ、ゆるじでくだざいぃ」

「もう遅い。お前はの終え方だけを考えろ。さっさと斡旋所に行ってパーティーを組めば楽に死なせてやる。この前みたいに冗談で済ませる気はないからな」

 光のない冷たい目に見据えられて、キーシャオは声も出せないみたいだ。体がガクガクと震えて失禁までしている。ストレージを開いて見せるので精一杯か。

 イスカはキーシャオのストレージに小型情報端末があることに気づいたようだ。

「少し気配を落としてやる。小型情報端末モバイルターミナルを取り出してソウルカードを差せ。余計なことはするなよ。苦しむ時間が増えるだけだからな」

 キーシャオが体を押さえつけられたまま、ぶるぶると震える手で言われた通りにする。その最中さなか、ふとイスカが視線を上げた。僕と目が合う。

「フェリルアトス、見てるか?」

 ────!

「もし見てるなら、俺の思いを汲んでくれ」

 ああ、もちろんだ。僕も気持ちは同じさ。

「頼む……」

 わかってる。既に再設定は済ませてあるよ。

 僕は見てきた。非道のすべてを。
 相応の報いは受けさせてやるさ。

 ハオランのことも心配いらない。君が救い出しさえすれば僕がどうにかする。
 だから、こっちは任せてくれ。そっちは任せるよ。

 イスカ、君は僕にとって、生まれてはじめての友だ。
 悠久の時を過ごしてきたけれど、誰かと思いを同じくすることなんてなかった。
 
 まったく、君には驚かされてばかりだ。神を泣かせるなんてね。
 
 
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