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第一章 シュンジュ編

神は見ている(3)

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 もしかするとハオランは殺されてしまうかもしれない────。

 どうにか自力で脱出してくれればいいけど、それをムーシェンが許すとは思えない。仮に上手く逃げ出せたとしても、方向によっては余計にまずいことになる。
 森や湖だと魔物の餌食になってしまう。ハオランは【無能】を所持してるし、地力が低すぎるから囲まれたら終わりだ。逃げるのだって難しい。

 ああ、ずっと見てたいけどそういう訳にもいかないんだよな。他にもやるべきことはあるから。でも目が離せない。こういうところが下級神たる所以ゆえんなんだけどもさ。

 もう、なんで神になんか生まれちゃったかな!

 むぅ……喚いても仕方ないか。仕事に戻ろう。
 まだ一時間は森に到達しないだろうし。少し頭を冷やそう。

 それからまた管理業務を行い、一時間後──。

 そろそろかな、と思いハオランの様子を見ると、案の定……。

「はっははー! よく来たな無能!」
「あははは、本当に来た! 流石、無能だよ!」
「はぁ、思った通り無能って品種は馬鹿なのね。こんなんじゃ飼えないわ」
「犬かよシュア!」

 そう言って大笑いする。何がおかしいんだよ。

 茶会をしているムーシェン、シュア、キーシャオの三人を見てハオランが戸惑っている。騙されたって気づいた様子で逃げだそうとしたけど、後ろにはランズがいる。

 ハオランの前に立ち塞がったランズが馬鹿にしたように鼻で笑う。

「どうしたのよ? 帰るの? 来たばっかりでしょ?」

 ハオランは狼狽うろたえたそぶりを見せながらも、ランズの横を駆ける。でも、もう駄目だ。ムーシェンたちに囲まれてしまった。

「おい、あのガキは釣れたのか?」
「駄目だったって。使えないよねアイツら」

 ムーシェンに訊かれたランズが両手を広げて肩を竦める。

「あとは連れてくるタイミングを指示するだけだったのにさ。ダンジョンに潜られちゃったって。はい、これ返すねムーシェン。結局使わなかったけど」

 ランズがストレージから薄くて小さな黒い板を取り出してムーシェンに渡す。
 あれは、小型情報端末モバイルターミナルだ。なるほど道理で。
 パーティーを組むのに斡旋所に行く必要もないって訳か。

「まぁ無能は捕まえたんだからいいんじゃない? どうせ釣れるんだし」
「だね。ヘヘっどうしよっか? もう殺す?」
「馬鹿言わないでよキーシャオ! 折角連れてきたんだから!」
「そうねぇ、最初はボールにするとかどう?」
「そいつぁ名案だなシュア。ちょうど良い大きさだし、なっ!」

 ムーシェンがハオランに近づき腹を蹴り上げる。ベキャッという音をたてて、ハオランの体が宙を舞い、草原を二回跳ねて止まった。

「カハッ、ゲホッゲホッ──!」

 ハオランが苦しそうに腹を押さえて咳き込む。青褪めた顔を涙が伝う。ヒュウヒュウという細い音が、上手く呼吸できていないことを示している。

 これは……肋骨が何本か折れてるな。内臓にも損傷がありそうだ。

「ちょっとムーシェン! 強く蹴り過ぎ!」

 怒鳴るランズに向かい、けろっとした顔でムーシェンが頭を掻いてみせる。

「悪ぃ悪ぃ。加減すんの忘れてたわぁ」
「ぷっ、もう死にそうなんだけど。見てよあの顔」
「ぷふっ、やだもう、キーシャオ、笑わせないでよ」

 キーシャオとシュアが肩を震わせる。それを見たランズが眉を寄せて二人を指差す。

「そこ! 笑ってないで【治癒】かけてよ! 次は私が蹴るんだから!」

「えー、なんで次がランズなんだよ。私だろ」

「キーシャオは駄目よ。この中で一番力があるんだから、また【治癒】をかけなきゃいけなくなっちゃう。次は非力なランズでいいじゃない」

「あー、それもそっか」

「ちょっと! 馬鹿にしたでしょ! いいわよ! 本気見せてあげる!」

「いいねぇ! 無能蹴り大会だ! 飛距離で勝負しようぜ!」

 ムーシェンが閃いたとばかりに笑顔で提案する。それを聞いた三人がわっと歓声を上げて手を叩く。そして恥ずかしげもなくムーシェンを口々に褒め称える。

 こいつら…………!

 僕は頭に血が上るのを感じた。それでも何をすることもできないまま、ムーシェンたちの非道な行いを見続けた。ハオランは蹴られては治され、蹴られては治され、シュアが魔力を回復するまでの間は怪我を負ったまま放置された。

 ランズが【分析アナリシス】でステータスを見て生命力の確認をとりながら、何度もハオランを蹴る遊びが繰り返された。でもハオランは泣き声を上げなかった。歯を食いしばって耐え、助けも求めなかった。ムーシェンたちが飽きて茶会に戻るまで、ずっと。

「うぅ……か、えら、なきゃ……みん、な……しん、ぱい、させちゃう……」

 ハオランはどうにか逃げ出そうとして草むらを這うけど、それは──。

 はっ! おい! 何をする気だ! やめろ!

「おやおやぁ、ここにいるのは小虫の魔物かなぁ? 五匹もいるねぇ」

 べギャッ────。

「ぐぎっ……! 痛っ、痛いぃいいいい! うわああああん! イスカ兄ちゃあああん! うわあああん! 痛いよおおお! イスカ兄ちゃあああん!」

 ハオラン……! ずっと我慢してたのに……!

 キーシュアがハオランの手を踏み潰した。ブーツの踵で小さな手を砕いた。

 遅くまで細工師の修行をしてるハオランの手を……!

 僕は握りこぶしを作っていた。どうにかして助けたい。でも、それができずに歯噛みするしかない。拷問が始まってから二時間。ムーシェンたちは手を休めない。

 イスカたちは六階層まで進んでいるけれど、まだ残りは九階層もある。

 それまで耐えなきゃいけないなんて……! 九歳の女の子なんだぞ……!

 ハオランの泣き声に、ムーシェンは苛立った様子を見せる。

「うるせえなぁ! キーシャオ何してんだ!」
「ご、ごめん、こんな叫ぶと思ってなかったからさ」
「どうせ殺すんだから口に石でも突っ込んでおけば?」
「駄目よ! 喉に詰まって死んだらどうすんのよ!」
「おいおい、いつもやってんだろ! あれ嚙ませとけよ!」
「あれ? ああ、ゴブリンのドロップだね。しばらくやってないから忘れてたよ」

 キーシャオがニヤッと笑いストレージから『汚れた腰布』を取り出す。

「や、やだ! や、やめて。やめえむぐううんんん。うえっうおえっ」

 嫌がるハオランの口に、キーシャオが強引に『汚れた腰布』を詰めて嚙ませる。外せないように、シュアとランズがハオランの腕を掴み背中を押さえつけている。
 こいつらが新米のオルトレイを痛めつけるときにやってる方法だ。酷い臭いに嘔吐えずいて、悶え苦しむ姿を見て楽しむ為に。これも、何度見ただろう……。

「ちっ、鬱陶うっとうしいわね。暴れないでよ無能」
「腕を折ればいいじゃない。おとなしくなるわよ」
「あ、そうね。私も忘れてたわ」
「あのガキが来てから遊べなくなっちまったからなぁ」

 シュアに無理やり伸ばされたハオランの右腕をムーシェンが躊躇なく蹴り折る。ベキリと嫌な音が鳴り、ハオランが甲高い悲鳴を上げる。

「ランズ、そっちもやるぞ」
「はぁい」

 同じように、左腕も。

 その後も拷問は続いた。ハオランは泣き叫び続けた。上の服を脱がされて木に吊るされ、顔と体を刃物で切り刻まれた。【治癒】を使っても傷が深ければ痕は残る。もう肌のほとんどが傷で埋められている。あえてそうされているのだとわかる。

「あ、もう切るのやめて。そろそろ血の量がまずいわ」

「よし、じゃあ殴るか。このサイズは久しぶりだな」

「ムーシェン、ちょっと待って。ストレーダーグで遊ばない?」

「ああん? ストレーダーグでどうすんだよ?」

「えっへヘヘ、捕まえてきて噛ませるんだってさ。ランズ発案『魔犬病』に感染させた奴が勝ちってゲーム。どう? 面白そうじゃない?」

「はっははははー! そりゃいいや! どうせなら賭けようぜ!」

 ムーシェンたちは笑いながらハオランを苦しめ続けた。僕は吐き気を催すほどに胸が悪くなり、血が冷めていくのを感じていた。酷い光景を見続けるといつもこうなる。

 そして、どうして被造物ひとの中にこうした者が現れるのか考える。

 だけど答えは出ない。ただその行いを見て苦悩することしかできない。
 
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