35 / 101
第一章 シュンジュ編
神は見ている(3)
しおりを挟むもしかするとハオランは殺されてしまうかもしれない────。
どうにか自力で脱出してくれればいいけど、それをムーシェンが許すとは思えない。仮に上手く逃げ出せたとしても、方向によっては余計にまずいことになる。
森や湖だと魔物の餌食になってしまう。ハオランは【無能】を所持してるし、地力が低すぎるから囲まれたら終わりだ。逃げるのだって難しい。
ああ、ずっと見てたいけどそういう訳にもいかないんだよな。他にもやるべきことはあるから。でも目が離せない。こういうところが下級神たる所以なんだけどもさ。
もう、なんで神になんか生まれちゃったかな!
むぅ……喚いても仕方ないか。仕事に戻ろう。
まだ一時間は森に到達しないだろうし。少し頭を冷やそう。
それからまた管理業務を行い、一時間後──。
そろそろかな、と思いハオランの様子を見ると、案の定……。
「はっははー! よく来たな無能!」
「あははは、本当に来た! 流石、無能だよ!」
「はぁ、思った通り無能って品種は馬鹿なのね。こんなんじゃ飼えないわ」
「犬かよシュア!」
そう言って大笑いする。何がおかしいんだよ。
茶会をしているムーシェン、シュア、キーシャオの三人を見てハオランが戸惑っている。騙されたって気づいた様子で逃げだそうとしたけど、後ろにはランズがいる。
ハオランの前に立ち塞がったランズが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「どうしたのよ? 帰るの? 来たばっかりでしょ?」
ハオランは狼狽えたそぶりを見せながらも、ランズの横を駆ける。でも、もう駄目だ。ムーシェンたちに囲まれてしまった。
「おい、あのガキは釣れたのか?」
「駄目だったって。使えないよねアイツら」
ムーシェンに訊かれたランズが両手を広げて肩を竦める。
「あとは連れてくるタイミングを指示するだけだったのにさ。ダンジョンに潜られちゃったって。はい、これ返すねムーシェン。結局使わなかったけど」
ランズがストレージから薄くて小さな黒い板を取り出してムーシェンに渡す。
あれは、小型情報端末だ。なるほど道理で。
パーティーを組むのに斡旋所に行く必要もないって訳か。
「まぁ無能は捕まえたんだからいいんじゃない? どうせ釣れるんだし」
「だね。ヘヘっどうしよっか? もう殺す?」
「馬鹿言わないでよキーシャオ! 折角連れてきたんだから!」
「そうねぇ、最初はボールにするとかどう?」
「そいつぁ名案だなシュア。ちょうど良い大きさだし、なっ!」
ムーシェンがハオランに近づき腹を蹴り上げる。ベキャッという音をたてて、ハオランの体が宙を舞い、草原を二回跳ねて止まった。
「カハッ、ゲホッゲホッ──!」
ハオランが苦しそうに腹を押さえて咳き込む。青褪めた顔を涙が伝う。ヒュウヒュウという細い音が、上手く呼吸できていないことを示している。
これは……肋骨が何本か折れてるな。内臓にも損傷がありそうだ。
「ちょっとムーシェン! 強く蹴り過ぎ!」
怒鳴るランズに向かい、けろっとした顔でムーシェンが頭を掻いてみせる。
「悪ぃ悪ぃ。加減すんの忘れてたわぁ」
「ぷっ、もう死にそうなんだけど。見てよあの顔」
「ぷふっ、やだもう、キーシャオ、笑わせないでよ」
キーシャオとシュアが肩を震わせる。それを見たランズが眉を寄せて二人を指差す。
「そこ! 笑ってないで【治癒】かけてよ! 次は私が蹴るんだから!」
「えー、なんで次がランズなんだよ。私だろ」
「キーシャオは駄目よ。この中で一番力があるんだから、また【治癒】をかけなきゃいけなくなっちゃう。次は非力なランズでいいじゃない」
「あー、それもそっか」
「ちょっと! 馬鹿にしたでしょ! いいわよ! 本気見せてあげる!」
「いいねぇ! 無能蹴り大会だ! 飛距離で勝負しようぜ!」
ムーシェンが閃いたとばかりに笑顔で提案する。それを聞いた三人がわっと歓声を上げて手を叩く。そして恥ずかしげもなくムーシェンを口々に褒め称える。
こいつら…………!
僕は頭に血が上るのを感じた。それでも何をすることもできないまま、ムーシェンたちの非道な行いを見続けた。ハオランは蹴られては治され、蹴られては治され、シュアが魔力を回復するまでの間は怪我を負ったまま放置された。
ランズが【分析】でステータスを見て生命力の確認をとりながら、何度もハオランを蹴る遊びが繰り返された。でもハオランは泣き声を上げなかった。歯を食いしばって耐え、助けも求めなかった。ムーシェンたちが飽きて茶会に戻るまで、ずっと。
「うぅ……か、えら、なきゃ……みん、な……しん、ぱい、させちゃう……」
ハオランはどうにか逃げ出そうとして草むらを這うけど、それは──。
はっ! おい! 何をする気だ! やめろ!
「おやおやぁ、ここにいるのは小虫の魔物かなぁ? 五匹もいるねぇ」
べギャッ────。
「ぐぎっ……! 痛っ、痛いぃいいいい! うわああああん! イスカ兄ちゃあああん! うわあああん! 痛いよおおお! イスカ兄ちゃあああん!」
ハオラン……! ずっと我慢してたのに……!
キーシュアがハオランの手を踏み潰した。ブーツの踵で小さな手を砕いた。
遅くまで細工師の修行をしてるハオランの手を……!
僕は握りこぶしを作っていた。どうにかして助けたい。でも、それができずに歯噛みするしかない。拷問が始まってから二時間。ムーシェンたちは手を休めない。
イスカたちは六階層まで進んでいるけれど、まだ残りは九階層もある。
それまで耐えなきゃいけないなんて……! 九歳の女の子なんだぞ……!
ハオランの泣き声に、ムーシェンは苛立った様子を見せる。
「うるせえなぁ! キーシャオ何してんだ!」
「ご、ごめん、こんな叫ぶと思ってなかったからさ」
「どうせ殺すんだから口に石でも突っ込んでおけば?」
「駄目よ! 喉に詰まって死んだらどうすんのよ!」
「おいおい、いつもやってんだろ! あれ嚙ませとけよ!」
「あれ? ああ、ゴブリンのドロップだね。しばらくやってないから忘れてたよ」
キーシャオがニヤッと笑いストレージから『汚れた腰布』を取り出す。
「や、やだ! や、やめて。やめえむぐううんんん。うえっうおえっ」
嫌がるハオランの口に、キーシャオが強引に『汚れた腰布』を詰めて嚙ませる。外せないように、シュアとランズがハオランの腕を掴み背中を押さえつけている。
こいつらが新米のオルトレイを痛めつけるときにやってる方法だ。酷い臭いに嘔吐いて、悶え苦しむ姿を見て楽しむ為に。これも、何度見ただろう……。
「ちっ、鬱陶しいわね。暴れないでよ無能」
「腕を折ればいいじゃない。おとなしくなるわよ」
「あ、そうね。私も忘れてたわ」
「あのガキが来てから遊べなくなっちまったからなぁ」
シュアに無理やり伸ばされたハオランの右腕をムーシェンが躊躇なく蹴り折る。ベキリと嫌な音が鳴り、ハオランが甲高い悲鳴を上げる。
「ランズ、そっちもやるぞ」
「はぁい」
同じように、左腕も。
その後も拷問は続いた。ハオランは泣き叫び続けた。上の服を脱がされて木に吊るされ、顔と体を刃物で切り刻まれた。【治癒】を使っても傷が深ければ痕は残る。もう肌のほとんどが傷で埋められている。あえてそうされているのだとわかる。
「あ、もう切るのやめて。そろそろ血の量がまずいわ」
「よし、じゃあ殴るか。このサイズは久しぶりだな」
「ムーシェン、ちょっと待って。ストレーダーグで遊ばない?」
「ああん? ストレーダーグでどうすんだよ?」
「えっへヘヘ、捕まえてきて噛ませるんだってさ。ランズ発案『魔犬病』に感染させた奴が勝ちってゲーム。どう? 面白そうじゃない?」
「はっははははー! そりゃいいや! どうせなら賭けようぜ!」
ムーシェンたちは笑いながらハオランを苦しめ続けた。僕は吐き気を催すほどに胸が悪くなり、血が冷めていくのを感じていた。酷い光景を見続けるといつもこうなる。
そして、どうして被造物の中にこうした者が現れるのか考える。
だけど答えは出ない。ただその行いを見て苦悩することしかできない。
0
お気に入りに追加
840
あなたにおすすめの小説
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。
太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。
鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ
春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。
一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。
華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。
※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。
春人の天賦の才
料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活
春人の初期スキル
【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】
ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど
【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得 】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】
≪ 生成・製造スキル ≫
【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】
≪ 召喚スキル ≫
【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】
召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~
きょろ
ファンタジー
この世界では冒険者として適性を受けた瞬間に、自身の魔力の強さによってランクが定められる。
それ以降は鍛錬や経験値によって少しは魔力値が伸びるものの、全ては最初の適性で冒険者としての運命が大きく左右される――。
主人公ルカ・リルガーデンは冒険者の中で最も低いFランクであり、召喚士の適性を受けたものの下級モンスターのスライム1体召喚出来ない無能冒険者であった。
幼馴染のグレイにパーティに入れてもらっていたルカであったが、念願のSランクパーティに上がった途端「役立たずのお前はもう要らない」と遂にパーティから追放されてしまった。
ランクはF。おまけに召喚士なのにモンスターを何も召喚出来ないと信じていた仲間達から馬鹿にされ虐げられたルカであったが、彼が伝説のモンスター……“竜神王ジークリート”を召喚していた事を誰も知らなかったのだ――。
「そっちがその気ならもういい。お前らがSランクまで上がれたのは、俺が徹底して後方からサポートしてあげていたからだけどな――」
こうして、追放されたルカはその身に宿るジークリートの力で自由に生き抜く事を決めた――。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~
櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
異世界へ全てを持っていく少年- 快適なモンスターハントのはずが、いつの間にか勇者に取り込まれそうな感じです。この先どうなるの?
初老の妄想
ファンタジー
17歳で死んだ俺は、神と名乗るものから「なんでも願いを一つかなえてやる」そして「望む世界に行かせてやる」と言われた。
俺の願いはシンプルだった『現世の全てを入れたストレージをくれ』、タダそれだけだ。
神は喜んで(?)俺の願いをかなえてくれた。
希望した世界は魔法があるモンスターだらけの異世界だ。
そう、俺の夢は銃でモンスターを狩ることだったから。
俺の旅は始まったところだが、この異世界には希望通り魔法とモンスターが溢れていた。
予定通り、バンバン撃ちまくっている・・・
だが、俺の希望とは違って勇者もいるらしい、それに魔竜というやつも・・・
いつの間にか、おれは魔竜退治と言うものに取り込まれているようだ。
神にそんな事を頼んだ覚えは無いが、勇者は要らないと言っていなかった俺のミスだろう。
それでも、一緒に居るちっこい美少女や、美人エルフとの旅は楽しくなって来ていた。
この先も何が起こるかはわからないのだが、楽しくやれそうな気もしている。
なんと言っても、おれはこの世の全てを持って来たのだからな。
きっと、楽しくなるだろう。
※異世界で物語が展開します。現世の常識は適用されません。
※残酷なシーンが普通に出てきます。
※魔法はありますが、主人公以外にスキル(?)は出てきません。
※ステータス画面とLvも出てきません。
※現代兵器なども妄想で書いていますのでスペックは想像です。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる