上 下
18 / 101
第一章 シュンジュ編

森の魔物観察(1)

しおりを挟む
 
 
 湖に三人を置いて、俺は一人で森を探索することにした。
 一度中に入ってしまえば、もう白い小屋を確認することはできない為、木に目印をつけていく。こうすることで、帰り道を見失うことがないとオンソウに教えられた。

 教えられる必要もないくらい当たり前の方法だが、これが案外思いつかない。
 また目印を付けるにしても、その目印すら見失うこともあるので、付け方にも工夫が必要だとも言われた。目から鱗とはこのことだと思う。

 買い忘れた方眼紙とペンを借りれないか訊いたら、森のマッピングは素人がやると迷うと言われた。また売られている地図も安心はできないのだとか。
 地図自体の正確さはもちろん、当人の見方やその場の感覚との齟齬で混乱が生じることがあるらしい。実際に森に入って、言われたことがよくわかった。

 こんなもん、マッピングなんてやってらんねーわ。

 木の位置は変わらないという話だし、まだ自力で覚えた方がマシだろう。

 とりあえず、拾った石で大きく矢印を刻むことにした。
 その導く先に進めば森から出ることができるように刻んでいく。
 暗がりでは見えづらく、見落とす可能性があるので、なるだけ木漏れ日があるところを選び、周囲を警戒しながら奥へと進んでいく。

 枝葉が重なり合う量が増え、木漏れ日が差す場所が減っていく。
 風でざわざわと鳴る音や、コンッというおそらく樹の実が落ちる音に心臓が縮む。
 やはりどこかしらホラーテイストが混ざり込むのは、フェリルアトスの趣味なのだろう。もういい加減、慣れないと心臓が持たない。

 森に入った当初から魔物の気配はしている。だが三体以上まとまっている為にこちらからは仕掛けていない。できれば単体を相手にして観察したいからだ。
 こちらの気配は【気配制御】を使い遮断している。
 お陰で、まったく気づかれる様子はない。
 
 いた──。

 木々の隙間から気配が漏れ出ている。そっと近づき、木陰から様子を窺う。
 五メートル程先に、俺と背丈が変わらない人型の魔物がいた。
 緑色の肌、尖り耳、体毛がなく、頭に短い一本角がある。
 顔つきは醜悪で、身に着けているのは汚れた腰布だけ。手には棍棒。

 まんまゴブリンだな……。

 俺の知るゴブリンそのもの。アニメやゲームの世界から出て現実に合った形に整えられたような印象。現実にゴブリンが存在したらこんな感じといった想像通りの姿。
 ただ少し五感に訴えすぎなようにも思える。質感がリアルすぎてゾッとする。外見や呻き声がホラー映画に登場する悪魔に取り憑かれた子供のようだ。

 ふわっと漂ってきた臭いに顔をしかめる。かなり臭い。
 何年も換気されてない剣道部の部室におっさんが数年洗わず履き潰した靴を放置したみたいな臭いがする。要は雑菌臭。埃と汗と垢の臭い。
 アンモニア並みにツンとくる。
 鼻を服の袖で覆い、石を拾う。周囲には他の気配はない。

 それにしても、何をしてるんだあいつは……?

 ゴブリンは何をしているかというと、鼻を摘まんできょろきょろしている。
 よくよく見れば涙目だ。もしかして自分が臭くて戸惑ってるのか?

 吐き気を催しているのか、自分を嗅いでたまに嘔吐えずく。
 魔物に変わりたての悪人なのかもしれない。
 気の毒だが、好都合だ。俺は木に石を当ててコンコンと音を鳴らす。

「ギャギッ!?」

 ゴブリンが目を剥いて俺の方を見る。よし、気づいた。
 俺は【気配制御】を解除しゴブリンと対峙する。
 石をストレージに入れ、代わりに木刀を出して装備。バンシアと違い、相手は棍棒を持っている。気配から手強さは感じないが、油断せずにリーチの差は埋めておきたい。

 ゴブリンは少しおろおろしていたが、突然こちらを見据えた。
 人が変わったように牙を剥いて唸り、威嚇を始める。戦闘状態に移行したようだ。

 ん? 戦闘状態に移行?

 まだ初見なのでなんとも言えないが、もしかすると通常状態と戦闘状態があるのかもしれない。その切り替えが行われないと魔物の設定が反映されないとか。
 だとすれば、転じた悪人の技量によっては通常状態の方が強い可能性も出てくる。

 切り替えが何によって行われるのかを知っておかないと、不意打ち時に思わぬ反撃を食らう気がする。思い返してみれば、バンシアもヘイトが失われて帰るときの姿は仕事終わりの疲れた人みたいだった。やってらんねー感がすごかったなアレは。

 通常状態時は悪人そのままの意識が保たれていて、戦闘状態時は意識は保たれているが体の自由が利かなくなり、魔物として設定された行動しか取れなくなるのかもしれない。今のところ人型に限定されているが、あり得そうなので気に留めておく。

 睨み合っていると、しびれを切らしたのかゴブリンが棍棒を振りかぶり飛び掛かってきた。俺は右に飛んで行動を観察する。

 ゴブリンは幅跳び選手のように跳躍し、着地に合わせて棍棒を振り下ろす。滞空時間は約二秒。飛んでいる間は正面しか見ていないようなので、横に回れば隙だらけだ。
 着地後に僅かな硬直。棍棒を地面にぶつけた姿勢から俺に向き直るまで一秒。その後すぐに両手を振り上げて「ウガアッ!」と威嚇する。

 棍棒はずっと右手に持ったままで、左手に持ち替える様子はない。今度は腕を横に開いて棍棒を横薙ぎに振るった。

 あ、このモーションは……。

 バンシアの爪の横薙ぎ攻撃と同じに見えた。が、ゴブリンは前進しながら往復ビンタをするように、二回、三回と棍棒を振るった。使い回しではなかったみたいだ。
 その三連撃を躱しているとき、ゴブリンが俺に向かって進んできていることに気づいた。どうやら攻撃目標を追尾しながら棍棒を振るように設定してあるようだ。

 ただ、棍棒を振り終わる度に僅かな隙があった。一回目を振り終えてから二回目を振るまで少しタメがある。二回目から三回目も同じく。
 三回目を振り終えるとバックステップして二メートル程の距離を取り、また両手を上げて「ウガアッ!」と威嚇。「ギッ、ギッ」と鳴きながら、その場で数回小さく飛び跳ねる。攻撃の予備動作かと思って身構えたが何もなかった。無駄な動きもあるようだ。

 しばらく様子を見たが、同じ攻撃が繰り返されるだけで、それ以上の動きはなかった。なので生命力の検証に移ろうと思ったのだが、ふと気になった。

 棍棒を弾き返した場合はどうなるのだろうか? と。

 攻略法に繋がる予感がする。やってみるか。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。

太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。 鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。 ゴゴゴゴゴゴゴゴォ 春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。 一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。 華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。 ※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。 春人の天賦の才  料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活  春人の初期スキル  【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】 ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど 【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得   】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】 ≪ 生成・製造スキル ≫ 【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】 ≪ 召喚スキル ≫ 【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~

櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

異世界へ全てを持っていく少年- 快適なモンスターハントのはずが、いつの間にか勇者に取り込まれそうな感じです。この先どうなるの?

初老の妄想
ファンタジー
17歳で死んだ俺は、神と名乗るものから「なんでも願いを一つかなえてやる」そして「望む世界に行かせてやる」と言われた。 俺の願いはシンプルだった『現世の全てを入れたストレージをくれ』、タダそれだけだ。 神は喜んで(?)俺の願いをかなえてくれた。 希望した世界は魔法があるモンスターだらけの異世界だ。 そう、俺の夢は銃でモンスターを狩ることだったから。 俺の旅は始まったところだが、この異世界には希望通り魔法とモンスターが溢れていた。 予定通り、バンバン撃ちまくっている・・・ だが、俺の希望とは違って勇者もいるらしい、それに魔竜というやつも・・・ いつの間にか、おれは魔竜退治と言うものに取り込まれているようだ。 神にそんな事を頼んだ覚えは無いが、勇者は要らないと言っていなかった俺のミスだろう。 それでも、一緒に居るちっこい美少女や、美人エルフとの旅は楽しくなって来ていた。 この先も何が起こるかはわからないのだが、楽しくやれそうな気もしている。 なんと言っても、おれはこの世の全てを持って来たのだからな。 きっと、楽しくなるだろう。 ※異世界で物語が展開します。現世の常識は適用されません。 ※残酷なシーンが普通に出てきます。 ※魔法はありますが、主人公以外にスキル(?)は出てきません。 ※ステータス画面とLvも出てきません。 ※現代兵器なども妄想で書いていますのでスペックは想像です。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

処理中です...