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第一章 シュンジュ編
斡旋所(1)
しおりを挟む「あぁ、やっと見つけた。あそこで登録すりゃいいんだな」
俺はフードローブに着いた砂ぼこりを払って、足を速めた。
散々歩き回ってようやく見つけた『斡旋所』の文字が書かれた袖看板。
思ったよりも構えがしっかりしていて驚いた。もっとこじんまりとした建物だと思っていたが、大きめの一軒家くらいのサイズはある。
外観は中華風で赤と緑が多様された派手な木造二階建て。
俺には毒々しく見えるが、まぁ、お国柄というやつか。
そんな風に思いつつ斡旋所の扉を開けると、一人の男と三人の女がこちらに向かってきた。十代後半くらいだろうか。なんとなくガラが悪そうだ。
「お前みてぇな無能はいらねぇんだよ!」
革鎧を着た男が吐き捨てるようにそう言って、俺の横を通り過ぎて行く。その後ろをケラケラと笑いながら三人の女がついていった。
一人は水着のような金属の鎧を着た赤毛の女。
一人は魔女のような帽子を被った黒いローブ姿の女。
そして最後の一人は白い神官服のような格好をした金髪の女。
おそらく斡旋所に登録している何でも屋『オルトレイ』のパーティーだろう。先頭を歩いていた茶髪を逆立てた男がリーダーってところか。
観察と推測をしながら、俺は胸に手を当て深呼吸する。
真横で急に怒鳴り声なんて上げんじゃねぇよ!
びっくりすんだろが!
出て行った連中の背に向かってそう言ってやりたかったが、如何せん俺はまだ十歳。この新世界レクタスで転生者であると自覚して数日しか経っていないド素人だ。
とりあえずここはおとなしくしておく。元は中年。我慢は慣れている。
イライラしながら斡旋所の中に視線を戻すと、俺と同い年くらいの少年が床にへたり込んでいた。どうも『無能』と呼ばれたのは彼のようだ。
少年は荷物をばら撒かれたのか、半泣きで何かを拾い集めている。
受付にいる手隙の女性職員は頬杖をついて知らんふり。
他のオルトレイたちも嘲笑しているだけで手を貸そうとはしない。
なんだか気の毒になったので、俺は少年を手伝うことにした。
「大丈夫か?」
「ほえ?」
まさか声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。少年は半べそをかいた顔を俺に向けて、情けない声を上げた。
薄汚れているが、間近で見ると可愛らしい。緩いカーブを描いた栗色の巻き毛と垂れ気味の大きな目が丸顔に合っていて特にそう思わせる。
ただ垢抜けてない。だぼついた青い功夫服のような装いと、黒縁の丸くて大きな眼鏡がそう感じさせる原因だろう。明らかにサイズが合ってない。
「手伝おうか?」
「う、ううううう」
「お、おいおい、泣くなよ。ほら、どうすりゃ良い?」
とりあえず、散らばっていた物を拾って少年の前に置いていく。
しかし、なんだこれ? 石か?
よくわからないが、小ぶりで歪な石らしきものだ。
気にせず集めてすべてを少年の前に置く。少年は眼鏡を外し、涙を袖でごしごし拭くと、鼻をすすって集めた物を『ストレージ』に収めた。
ストレージは、この新世界レクタスで生まれた人が皆使える異空間倉庫だ。
俺が泥棒していない証明の為にも自分のストレージを開いて少年に見せる。
「ほら、何も取ってないぞ」
「うん、ありがとう。でも見せなくて大丈夫だよ。盗られないように設定……はえ? に、兄ちゃんのストレージ、空っぽじゃないか」
「おう、ついでに言うと金もないぞ」
「う、うん、見ればわかるよ」
ストレージは五十マスある。一つのマスには百個まで同じ物を入れておけるという話だが、俺は使えるようになったばかり。当然、中身は何もない。
所持金が表示されるのは右上。もちろんこちらもゼロが一つあるだけ。
「まぁ、そういう訳でな、オルトレイになって今日中に金を稼がないとまずいんだ。飯も食えないし宿も取れない。正直本当に困ってる」
「で、でも、オルトレイになるにはお金がいるよ?」
「なっ」なんだと!
「登録料で五千リエムを取られるんだ。それと、情報端末も使わないとステータス証明もできないから、その分の百リエムも自己負担だよ」
俺は自然と失意体前屈していた。
そうだよな。前世でもそういうのあったもんな。
ビデオ店とか、会員カードの更新料もあるもんな。失念していたよ。
「なぁ、俺がどうにか稼ぐ方法ってない? 健全が絶対条件で」
「え、と。あ、あのさ、僕が貸すっていうのはどうかな?」
「へ? 貸す?」見ず知らずの俺に? 金を?
少年は力のこもった眼差しで俺を見て頷く。
「そ、その代わり、ぼ、僕をパーティーメンバーにしてほしいんだっ!」
少年がそう言った途端、周囲から笑い声が上がった。
な、なんだなんだ? なんで笑う?
笑っているオルトレイたちをきょろきょろしながら見ていると、受付で頬杖をついていた女性職員が鼻を鳴らした。
「やめときな坊や。そんな無能のチビを連れにしても良いことないよ」
「おぉう、そぉうだぜぇい」
革鎧姿の痩せたおっさんが一人絡んできた。
馴れ馴れしく俺の肩に手を置き、酒臭い息に言葉を乗せる。
「こいつはハオランっつう無能だ。ただの足手まといだよ。金なら俺が貸してやるから、こいつと組むのだきゃあ、やめた方がいいぜ」
ハオランが悔しそうに俯く。今にも泣きそうな顔で唇を噛んでいる。
そりゃそうなるよな。無能だとか足手まといだとか言われて悔しくない訳がないよな。
で、そういうことを子供相手に平然と言う大人ってのは気に食わねぇよな。
俺はおっさんの手を払い、【気配制御】を全開にして睨みつけた。
俺が唯一使える随時発動型技能だ。気配を薄くしたり強くしたりできる。敵意を持って気配を最大にすれば、相手を怯ませるのに一役買ってれる。
本来、威圧する為の技能ではないので、効果があるかどうかは相手の胆力次第だが、おっさんは目を見開いて後退った。
よし、効いたみたいだな。
軽いざわめきが起きたが、斡旋所にいる全員を睨みつけてやると静かになった。
危機感を覚えるような強い気配がしなかったので無茶をしてみたが、どうやら俺の感覚は間違っていなかったようだ。
多分、そこまでの腕利きはいないということだろう。
女性職員も息を呑むようにして黙り込み、俺から視線を逸らした。俺に声を掛けてきたおっさんはというと、既にそそくさと退散済み。ざまぁみろっての。
俺は【気配制御】を解除し、ハオランに向き直る。
ハオランはぽかんと口を開けて呆然としていた。まぁ、そりゃ驚くよな。
「ハオラン、悪いけど世話になる。俺はイスカ。十歳だ」
「あ、え、い、いいの? ホントに?」
「ああ、よろしく頼むよ。俺、こっちのことほとんど知らないからさ」
手を差し出すと、ハオランが首を傾げた。
もしかするとこの国──六氏族国家同盟のスウ氏族国家では握手の文化がないのかもしれない。それともこのシュンジュの街だけか?
引っ込みがつかないので、強引にハオランの手を握って振った。
それから俺は「ありがとう、ホントにありがとう!」と言いながら半べそをかいているハオランから金を借りて、あえて感じの悪い女性職員の受付についた。
後ろで三つ編みにした黒髪を肩にかけた気が強そうな女だ。多分、十代後半から二十代前半。青いチャイナドレス風の制服が華奢な体に合っている。
俺が前に行くと露骨に嫌な顔をしたが知ったことじゃない。仕事しろ。
「チッ、受付担当のシンイーだ。あんた絶対後悔するよ」
「お姉さんさ、客相手に舌打ちは良くないんじゃないの?」
シンイーが苛立たしそうにカウンターを叩く。
「いいかい坊や、こっちは善意で言ってるんだ。さっきのオヤジもだよ」
「小さな親切、大きなお世話って言葉知ってます?」
「この……減らず口を! あんた後で泣きを見るよ! それから、金を借りたからにはキッチリ返すんだよ! ここにいる皆が見てんだからね! 詐欺は許さないよ!」
「ああそれそれ。もし金銭借用書が作れるなら、用意してもらっていいですか?」
なんとなく、シンイーがハオランを心配してるように感じられたが、どうやら俺の勘は当たっていたようだ。てことは、さっきのおっさんもそうなのかもしれない。
多分、ここにいるほとんどの人がハオランに危ない目に遭ってほしくないんだろう。俺の提案に驚いた顔をしていることからもそれが読み取れる。
「まさか自分から借用書の話を持ち出すとは思わなかったよ。そんな無能のチビ、金を持ち逃げされて凹んで辞めてくれた方が有り難いんだけどね」
「シンイーは優しいなハオラン。お前のことが心配でたまらないみたいだ」
「あ、あんたはもう、さっきからうるさいんだよ! 生意気なガキだね!」
シンイーは顔を真っ赤にして憎まれ口を叩きながらも、ストレージトレードで料金の受領作業を手際良く済ませ、俺とハオランの金銭借用書もあっという間に用意した。
それにしても、こちらでは電子マネー取引のような統一通貨トレードでの金銭のやり取りが普通だと聞いていたが、本当にそうなんだな。
なんだろう。発展途上な民族風なのに、近代的な混ざり物があるっていうのは形容し難い妙な感覚があるな。ちょっと見入ってしまった。
「ほらよ。ソウルカード出しな」
俺は言われるままに『ソウルカード』を出して渡す。自分の魔力から作り出す身分証明証。初めて使ったけど気持ち悪いなこれ。手のひらから出たぞ。
シンイーがテキパキと登録作業を行う。気の強さに負けないくらい仕事もできるようだ。感心して見ているうちに、登録と金銭借用書の作成が完了した。
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