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日記

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 俺は息を止めて、蔵の扉を閉めた。それから、縁側に駆けて庭から板戸をはめ込み、玄関に回りこんで靴を履いた。

 音で気づいたのだろう、イツ子さんが表座敷から出てきた。俺は背を向けた。

「連れて行ってくれないなら、私、出て行きますよ」

 背後からそんな叫び声が聞こえたが、俺は無視して、急いで離れ屋に戻った。

 帰ってすぐに、日記を読み返した。そして、爺さんが言っていた、

「お前がいて良かった」

 という言葉の意味を覚った。爺さんは、俺が家族で唯一人、この犯罪に加担していないことを安堵していたのだ。そして、おそらく、これは俺の勘違いではないだろう。

 もう、好恵の姿は随分と見ていない。とすれば、あの座敷牢に閉じ込められているのは好恵であると思われる。

 そう思うに至った理由は、ただ見ていないからというだけではない。座敷牢にいた者が、四つん這いだったからだ。

 俺はそれを目にした直後、四つん這いになった薬局のおばさんが窓の前を通り過ぎたときのことを思い出していた。

 俺は、あのとき頻繁に薬をやっていたし、色々あって参っていたから、あれは恐怖心が生み出した幻影だとばかり思っていた。

 だが、もしあれが見間違いや幻視の類でないとすれば、おばさんは山に入ってからああなったことになる。

 好恵も、姿を見なくなったのは山に肝試しに行ってからだ。山に入ったことで、好恵もおばさんと同じような変化があったと考えれば、いや、違う。それでは、体がないことになる。何せ、おばさんは死んでいる。ということは、好恵も死んだことになる。

 いや、今閃いた。繋がった。俺は間違えていた。おばさんのことを話したとき、爺さんは、「彼の世に行けなかったんだ」と言っていた。

 俺は、おばさんが自殺したとばかり思っていた。そして、爺さんの言葉を聞いて、おばさんは死んだが、彼の世に行けず、お化けになってこの世を彷徨っていると思っていた。

 だが、もし俺が言葉の受け取り方を間違っていたとしたら、爺さんの言葉が、まるで違った意味合いを持つことになる。

「彼の世に行けなかったんだ」というのは、この世を去ろうとしたが、それが叶わなかったということではないだろうか。

 言い換えれば、自殺しようとしたが、死ねなかったということだ。

 つまり、おばさんは死んでいない。生きているのだ。おばさんは、生きたまま、あんな風になって彷徨っているのだ。

 座敷牢の中にいる者は、まだ好恵と決まった訳ではないが、仮にもし、本当にそうだとすれば、山には何かがあって、それに関わった人は、気が触れてしまうということではないだろうか。

 そして、家には帰らない。少なくとも、おばさんは薬局にはいなかった。では、どこに行くのか。

 おばさんは、この離れ屋を覗きに来ていた。それからは、夜中に足音がするのみで、姿は見ていない。足音も、今はあるのかどうかさえ分からない。遠ざかっているのか。だとすれば、どこに姿を隠している。

 好恵は、何故、いや、まだ好恵と決まってはいないが、閉じ込めるのは、どこかに行くからか。

 駄目だ。興奮している。

 考えがまとまらない。

 後で書く。




 順序立てて書くために、外で頭を冷やしてきた。時刻は正午過ぎ。

 鳴神は三袋持って出たので、まだ一時間ほどは書く余裕があるはずだが、ゆっくりはしていられないので、万が一に備えて、また最後の頁を破った備忘録を利用している。

 この日記はもう、誰にも読まれてはいけない物になってしまった。俺がそういうことばかり書くからそうなったのだが、今はそんな後悔を書く暇はない。

 母屋に行ってから、ずっと腹の奥が痛い。体が変調をきたしているが、どうにか落ち着いてはいるので、俺の推理について書き記す。
 
 
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