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日記
16
しおりを挟む湿り気のある土の臭いに、うっすらと獣の臭いが混ざっていた。
大小様々なバラックが雑然と建っていた。その壁で出来た、入り組んだ路地裏の薄暗がりで、好恵くらいの坊主が何人かうずくまっていた。
見れば、注射を打っていた。俺は針が怖くて目を背けたが、坊主たちが汚れたぼろを着ていたので、戦災孤児なのかもしれないと憐れに思った。
それで、少しばかり、金でも恵んでやろうかと思って見たら、その心を読んだかのように、坊主たちが一斉に俺に目を向けた。
その瞳は、薬局のおばさんと同じ虚ろなものだった。
胸にのぞき穴を穿つような視線を受けて、俺は狼狽えて息を飲んだ。
ふと、女の声が耳に入った。
声の聞こえた方に目を移したら、そこは袋小路の行き止まりだった。
汚れてくしゃくしゃになった紙幣が引っ付いた地べたの上で、一物を弄る阿呆みたいな顔の男たちに囲まれ、少女が犯されていた。
少女は笑っていた。薄い紙幣の束を握り締め、淫らな吐息混じりの声を漏らして、うふふ、あははと笑っていた。
商売女なのかは分からなかった。たとえそうだとしても幼すぎるように思えた。パンパンのような明るさもなかったし売春宿の女のような陰鬱さもなかった。
白痴。そう思ったが、違った。壊れた無垢。無邪気な穢れ。
服の袖から出た、その儚げで脆そうな腕には、おばさんのと同じ内出血の痕が幾つもあって、男の動きに合わせて力なく揺れていた。
虚ろな目が俺を見つめていた。男たちも同じ目をしていた。
坊主どもが手を伸ばしてきた。その腕も痣に塗れていた。
藪から棒に、坊主の一人が奇声を上げて、
「虫、虫がおる」
と言って、体中を叩き払って掻きむしりだした。骨ばった体に血が滲んだ。
ぽつぽつと雨が降り出した。閃光が走って、雷鳴が轟いた。
血塗れになった半裸の男が目の前を駆けて行った。
血のついた包丁を持った半裸の女が鬼のような形相で追いかけていった。
俺は、どこかで道を外れたと思った。間違えて魔界に踏み込んだのだと思って怖くなり、後ずさって、もと来た道を逃げ帰った。
ずぶ濡れになってしまった。
好恵の顔も、婆さんの顔も、見れなかった。
俺が母屋に行ったのは、二人に会いたかったからだ。
雀荘で殴られたことも、その後で友人が俺の財布を奪っていたことも、今にも刺されそうな短刀も、あの暗い路地裏での出来事も、嫌なことが頭から離れない。
湿気でカビた畳と同じで、俺は二人という天日を欲しているのだと思う。
何を書いているのかと、恥ずかしくなったので止める。
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