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日記

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 どうにも怪しいので、親父が興味を持ちそうな福井地震なんかの時事を世間話に、

「ところで、家のどこを直すのですか」

 と合間に挟んで訊いても、

「ん、ああ、ちょっとな」。

 それまで饒舌に返していたのが嘘みたいに一言しか答えない。

 普段は、どんなに忙しくても、小言の一つや二つはある。百円貰うだけでも家に上げられて仏間で土下座。長い説教を聞かされて、運が悪いと手まで飛んでくるのに、どういう訳だか今日はそれがなかった。

 爺さんは顔を見せなかった。家の奥から金槌の音がしていたから、中で何かしていたのだろう。床板でも抜けたのかもしれないが、それも分からない。

 人でも殺したか、或いは死んだかしたのを床下に隠そうとしているのではと思い至って覗こうとしてみたが、二親が隠すので衝立とちょっと手前の廊下しか見えなかった。

 そんなことをしているうちに、神主さんが巫女さんをお供にやって来て、親父に会釈して母屋に入っていった。

 入れ替わりに家政婦のイツ子さんが、ふっくらした丸い顔を出して、

「あのう、折敷と三宝はありましたけど、汚れが」

 と、こちらを気にしながら遠慮がちに言った。

「四宝でも足打ちでも何でも良いんだよ、蔵にあったろ」

 親父は、横顔だけ向けて、ぶっきらぼうに返した。

 そのとき、俺の後ろから、酒、米、昆布なんかを入れた箱を持った弟子が来て、

「すんません、足下見られました」

 と、申し訳なさそうに首を竦めて親父に頭を下げた。親父は面白くなさそうに、口を一文字にして唸った。

 俺はそれを初めて見る変な顔だと思いながらじっと観察していた。

 どこかで見たことがある。ああ、これは、亀に似ている。と思った途端に、親父が、

「お前はさっきから何をしとる。用がないなら早く帰れ」

 と、どやしつけて殴ろうとしてきたもんで、慌てて逃げ帰った。

 爺さんは信心深いが、改築で神主を呼ぶとは思わなかった。

 急場の地鎮祭みたいなものだろうが、元々、意味があるのか分からないものが、しきたりまで無視されると、余計に分からない。

 供え物は、あの様子だと、ヤミ市で揃えたのだろう。

 何が何やら、いきなり過ぎてついていけない。一体、何を隠しているのか。

 金はあるので、しばらく母屋には戻らんつもりでいるが、気に掛かるのでまた見に行くかもしれない。

 今のところ、そういう考えでいる。
 
 
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