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誘拐犯の独白劇~前編~

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 御影山キャンプ場殺人事件は、その異常性から世間を恐怖に陥れました。

 犯人の目撃証言も怪異そのものでしたね。四つん這いで林の中に逃げ去った、だなんて、耳を疑わざるを得ません。報道が混乱するのも無理はないかと思います。

 ふっ、ふふふっ、ああ、すいません。

 思い出し笑いです。狂犬病患者による犯行だなんて、大きくテロップが表示されていたことを思い出しまして。そんな訳がないですよね。普通に走って逃げたという話ならまだしも、四肢を地に着けた状態で、誰も追いつけない速さで走り去ったんですよ? そんなこと健康体でも無理ですよ。馬鹿馬鹿しいにも程があります。

 そういえば、新種のウイルス説も出ていましたね。うふふっ、失笑ものです。どうして確証もなく、そういう恐怖心を煽り立てるような報道をするんでしょうか? 謎でしかありませんね。その所為でキャンプ場は閉鎖されましたし、利用したことのある人々は肩身の狭い思いをすることになりました。

 急な転勤を命じられたり、バイトをクビにされたり、いじめに遭って登校拒否になってしまったお子さんなんかもいたそうですよ?

 酷いですよね? それもまた報道されていました。自分たちの起こした報道被害まで仕事にするという面の皮の厚さには閉口しましたけどね。

 つまり、視聴率のみを狙った最低な報道を行うテレビ番組があった、ということです。番組中に謝罪してはいましたが、反省の色は見えませんでしたね。あ、これは言葉の綾ではなく、私の能力で見えている感情の色のことですよ? 日本語はややこしいですね。反省していなかった、と言い切った方が分かりやすかったです。

 反省どころか、注目が集まることを期待している色でしたよ? もしかすると、そういう運びになるように狙って報道していたのかもしれませんね。諸悪の根元は皆既に此の世にいませんから、今となっては分かりませんけどね。

 いえ、やったのは私ではありませんよ? 依頼を受けた主人が、散々拷問した後に鋸で両手足を切断して破砕機に入れたんです。私は見学させてもらいました。主人は獲物が死なないように細心の注意を払って作業していました。大変なんですよ? 麻酔なしで手足を切断するのは。獲物が嘔吐して、吐いたものが気管に詰まって窒息死してしまったりとか、ショックで心停止したのを蘇生できずに死なせてしまったりとかいう失敗談がざらにあります。それだけ難易度が高い仕事ということです。

 獲物を生きたまま、しかも意識のはっきりとした状態で破砕機に入れるところまで成功させると、私たちの世界では一流として認められます。主人は当たり前のようにやってのけました。流石の腕前だと惚れ惚れしましたよ。最後は冷凍マグロや何かの大型食品廃棄物と一緒にミンチにしていました。あれを断末魔の叫びと呼ぶんでしょうね。醜かったです。でも、それがあるからこそ完璧になるんですよね。社会のゴミに自分の行いを悔やませつつ、家畜の飼料や堆肥にしてリサイクルの輪に入れるんですから。

 私にはない発想です。感服しましたよ。真似をしようとは思いませんけどね。

 私はさっと終わる楽な仕事だけで良いです。この誘拐みたいに。

 ちなみに、その人でなしたちのミンチを食べた豚は屠畜場で解体されて卸されました。その豚肉を食べた人はどれだけいるんでしょうね? 気持ち悪いですか? でも、考えてみればそんなに気にすることでもないんですよ? 一生のうちに一度くらいは人を食べた生き物を口にしていてもおかしくはありませんから。

 私は美味しければ何でもいいんですけどね。たぶん、人の肉であっても気にしません。進んで食べようとは思いませんが、癖になるほど美味しければ分かりませんね。試しに一度食べてみるのも良いかもしれません。丁度、ここに獲物もいますしね。頬肉なら命に別状はないですし、切り取らせてもらって良いですか?
 
 
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