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25‐2 正木誠司、旅立つ(後編)
しおりを挟む約二時間後、マリーチが惑星ジルオラの無人島に着陸した。大陸にほど近い、樹木が生い茂る自然豊かな小島だ。当分はここを拠点にすることになった。
艦内には昼も夜もないが、時刻で言えば夜だった。だがここは明るい。エレスが用意してくれたこちらに合わせた時計によれば昼過ぎ。時差ボケがきつそうだ。
搭乗口の扉がブシューっと大きな音を発してスライドし、マリーチの外壁から板が出てきた。かと思えば、伸びて折れてを繰り返して階段になる。
足元で繰り広げられるSFな光景に呆然としていると「どうした?」と隣に立つジョニーに言われた。腕の中には眠たげに目をこするジーナもいる。
「いや、なんでもない」
俺は苦笑して階段を降りる。背中にはポチ。他は何もない。
必要なものは全てストレージに入っている。身軽なものだ。
地面に足をつけ周囲を見渡す。事前に得ていた情報通りだった。緑の匂いがして清々しい。気温も春先や秋の半ばのように涼しく過ごしやすそうだ。
「にしても、結構倒れたな」
「流石に無傷って訳にはいかないさー」
俺に続いて階段を降りきったメリッサが隣で言った。自然を破壊しないよう平原に着陸したが、それでも倒してしまった木がそれなりにあるようだ。
「あとでストレージに回収して、資源として有効活用させてもらえばいいか」
「ホント、優秀なポーターだよねー。ポチは」
【はい。ポチは優秀です】
俺の肩をホールドしている右前脚が返事をするようにシュッと上がる。エレスはポチのことになると本当に嬉しそうに反応するよな。
さて、と。
振り返ると、ぞろぞろと三十人くらいの従業員が階段を降りてきていた。全員がマリーチの側で一列に並ぶ。中央はジョニーとジーナだ。
「セイジ、エルバレン商会を救ってくれて感謝する。一同敬礼!」
ジョニーの声に合わせ、従業員たちがビシッと揃って敬礼した。ジーナまでだ。眠たいのに我慢してまでやってくれる姿が微笑ましい。
「こちらこそ、拾ってもらって感謝する!」
俺も敬礼を返す。形式が日本と同じなのでなんら抵抗はない。
変な敬礼じゃなくてよかったよな。なんて、どうでもいいことを考えながらジョニーの神妙な顔を見ていたら吹き出してしまった。
ほとんど同じタイミングでジョニーも吹き出す。なんか知らんが、妙におかしかった。俺たちが笑い出すと、その場にいる全員が笑い出した。
「いいぃっひひひ、腹痛ぇ。お、お前、なんだよその顔!」
「お、お前こそ! クソでも詰まったかよ! わははは!」
ひとしきり笑った後で、ジョニーが手を差し出してきた。俺はその手を強く握る。
ほんの数時間前にもした握手。だが、そのときよりも気持ちは晴れやかだ。
「ヨハンも来れればよかったんだがな」
「構わんよ。もう別れは済ませたしな」
「セージ、またね。おとうちゃんをたすけてくれてありがとう」
「ああ、またな。ジーナ」
涙ぐむジーナの頭を撫でると、涙をこらえきれなくなったようで、ジョニーの胸に顔を埋めて嗚咽をもらし始めた。すぐにエレスが出てきて側に寄る。
【ジーナ。泣かないで。またすぐに会えますよ】
「うん、うん」
緊急時判断に助けられた。エレスは最後まで優秀だったな。
しかし、すぐに会えるというのは嘘だ。優しい嘘。
これから少なくとも数か月はジョニーたちと関わることはないだろう。エルバレン商会が籍を置くヘルミナス星で事後処理に追われることになるからだ。
場合によっては数年かかってもおかしくない。ジョニーやヨハンがいればジーナも連れてこれるだろうが、二人がそう簡単に時間を作れるとは思えない。
だから、俺は握手を終えたとき、見合った言葉をかけることにした。
「またいつか」
ジョニーは一瞬目を見開いてから、眉を下げて笑んだ。
「ああ、またいつか」
別れの挨拶を済ませ、マリーチに戻る従業員たちをメリッサと共に見送る。やがて階段がしまわれたとき、搭乗口に立つジョニーの腕の中でジーナが手を振った。
「セージ! ありがとう! またねー! またいつかねー!」
顔をくしゃくしゃにして泣きながら叫ぶ。俺は手を振りかえす。
「ああ、ジーナ! またいつかな! 約束だ!」
「うわああああん! セージー!」
ジーナの別れを惜しむ泣き声が、扉が閉まると同時に消えた。
俺は袖で涙を拭う。
ジーナと初めて会ったときのことが思い出されていた。
扉が開いた先で、驚いた顔をしてた。
でも、すぐに笑って話しかけてきた。
言葉がわからなくて困った。通じないって手振りで伝えてるのに、ぐいぐいイヤホンケースを押し付けてきて変な子だと思ったんだ。
それからエレスが出てきて俺と一緒に驚いて。
通訳を挟んでマリーチを案内してもらった。
あのときは、抱っこをせがんできたんだったな。人懐っこい子だと思った。
肩車すると大喜びしてくれた。嬉しかったな。
それで、そのあとカレーを食べに行ったんだ。
俺の真似していただきますしてた。口の回りをカレーでベタベタにしてさ。伊勢さんに用意してもらったハンドタオルをエプロンにしたら驚いてたよな。
ああ、そうだ。そうだった。
お腹がいっぱいになって眠ったのに、目が覚めたときに俺がいないことに気づいて泣いたな。俺が初めて戦いに出たときも、捻った右足に飛びついてきた。
血みどろになって戻ったときは怖がられて泣かれて、でも翌朝にはけろっとしてた。それが今朝のことなんだよな。一緒に風呂に入ってシャボン玉で笑った。
寂しいな。ジーナ。俺も寂しいよ。
でもな、おじちゃんは目的ができたんだ。
だから、一緒にはいられない。
それがなければ、エルバレン商会に就職してもよかったんだがな。
使命感ってのは厄介なもんだ。
「セイジ、また泣いてんの?」
「メリッサもだろ。鼻すすってんじゃねぇか」
「へへっ、ティッシュいる?」
「くれ」
マリーチが浮上し、風が立つ。そして、宇宙へと帰って行った。
俺たちの涙と鼻水とティッシュを吹き飛ばして。
────────────────────────
2024/9/15 第一部完結
ここまでお読みいただきありがとうございました。
応援して下さった読者様がいなければ継続できませんでした。
本当に感謝しております。
第二部もお楽しみいただければ幸いです。
感想等いただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。
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