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23‐1 正木誠司、感謝する(前編)

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 覚悟を決めた瞬間──目の前に黒い妖精が現れた。

【マスター! 目を!】

 エレス!

 エレスが何をするのか瞬時に覚った俺は、顔を伏せて目を閉じた。
 直後、三つ首の蛇がけたたましい叫びを上げた。ライトの閃光を食らったようだ。

 暗闇の中、防御態勢のまま突進に備える。
 だが攻撃を受けたという感覚が訪れない。

 敵が閃光に怯んで突進を止めたのかと思い、顔を上げて目を開ける。

 すると──。

「撃て撃て撃てー! ありったけぶち込めー!」
「散開して突撃しろー! 狙いを定めさせるなー!」
「命知らずを守れー! 行け行け行けー!」

 三つ首の蛇が鎌首をもたげて仰け反る。そうしている間にも、容赦なく光弾が撃ち込まれていく。流石に狼狽えたのか、長く太い胴体をうねらせ後退する。

【マスター、間に合ってよかったです】
「はぁ、助かった。ありがとうエレス」

 援軍到着。詰めていた息を吐き出し脱力する。マジで死んだと思った。

「セイジ! 怪我はないか!」
「危機一髪だったな!」
「大丈夫ですか正木さん!」
【なっちゃん、やっぱ異常だよ正木さんは】

 後ろから聞こえる声に、俺は思わず笑む。振り返ると、ジョニー、ヨハン、伊勢さん、ジェイス、そして百人以上の従業員たちがいた。

「みんな……」

 感動が押し寄せてくる。

 が、おかしなものが見えてギョッとした。
 なんかパワードスーツっぽいの着てる人たちがいるんだが。

 ああ、ウシャスの格納庫にあったやつが直ったのか。
 パーツ組み合わせたらあんなにでかくなるんだな。三メートルはあるぞ。

 こりゃウシャスの奪還は間近だな。俺の役目も終了か。

「回廊に上がれ! 囲んで全方向から銃撃しろ!」
「パワードスーツ隊は一階で足止めしろ! 進め進め!」
「命知らずを休ませろー! 最後は決めてくれるぞー!」

 どわっと歓声が上がる。誰だ今言った奴。

「わははは、とんでもねぇとは思ったが怪我一つしてねぇみたいだな」
「そういう体質だ。それより危うく死ぬところでしたありがとうございます」
「まったく、あんなのと一人でよくやるよな。ほら」

 ヨハンが背負っていたポチを取り外して俺に渡す。するとエレスがポチの中に入り、俺の体を器用に伝って背中に移動する。そしてそのまま合体。

【バックパック型ウェアラブルデバイスドール。ポチ装着完了です】
「おう。ありがとな」

 頼んでないけど。くっつきたかったのかな。

「悪いが、ポチの修理はできなかった。時間がなくてな」
「そうか。まぁ、終わったらやってもらうさ」
「正木さん、HPが6しか残ってませんよ! すぐ回復します!」
【なっちゃん! もう使っちゃ駄目だって!】

 伊勢さんがホログラムカードを覗き込むなり慌てて俺の体に手を当てた。応急手当を使ってくれたようで、HPが20、34、48と徐々に回復していく。
 ジェイスが止めたってことはもうMPが枯渇寸前なのではないかと予想していたが、全回復したところで伊勢さんがふらっと倒れ込んできた。

 誤解がないようにやんわりと優しく受け止める。

【魔力回復剤は使い切っちゃったんだよ! どうするのさ!】
「うん、でも大丈夫。あとは、正木さんに、任せておけば、いい、から」

 伊勢さんは眠そうにそう言うと、俺の腕の中で目を閉じた。確か魔力枯渇症は三十秒後に昏睡するんだったな。寝息を確認。よし、今だ。

「ヨハン! パス!」
「お、おお? 僕か?」

 伊勢さんをヨハンに任せ、俺は腕組みしているジョニーの肩を叩く。

「なぁジョニー、あれの名前を教えてくれるか?」
「ああ、その前に教えろ。なんで頭が三つになってんだよ」
「頭を一つ斬り落として挑発したら生えてきたんだよ」
「ぶふっ、なんかもう、めちゃくちゃだなお前。ありゃケルベロスワームだ。オルトロスワームと同じで討伐隊を組んでかかるような奴だよ」

 へぇ、と言いながら、やっぱりケルベロスワームかよと思う。そうなると最初はガルムワームとかになるのかもしれないな。地獄とか冥界の犬にちなんで。

「しかし、お前いつ見ても血みどろだな」
「俺だって好きでこうなってるんじゃない。異常者みたいに言うな」

 ヨハンと軽口を叩き合っている間にも、従業員たちの攻撃が四方八方から行われている。その弾幕の苛烈さにケルベロスワームは奥へと逃げようとする。
 だが、パワードスーツ隊が尻尾を掴んで綱引きのように引っ張っているので先に進めないようだ。パワードスーツ隊、ものすごい力だな。

 そんな風に感心した矢先に尻尾の振り上げで吹っ飛ばされてしまった。

「うわああああああああ!」

 隊の何人かがズドーンと壁に衝突してぐったりする。残りは回避に成功した模様。また尻尾を掴みにかかっている。大変そうだな。

「ちっ、下手くそ共が! まーた壊しやがったな!」
「メカニックが怒りますね。修理費も嵩みますよ」
「そりゃ、金のかからない男に頼るしかねぇな」
「そうですね。という訳だセイジ。さっさと討伐してくれ。援護はしてやる」
「ものすごい上からだな。まるであれが俺の所為で出現したみたいじゃねぇかよ」
「僕はオルトロスワームだって聞いてた。あれはケルベロスワームだ」
「なぁ、セイジよ。口の減らねぇ野郎だろ?」
「だな。ジョニーの気苦労が窺える。そんじゃ、行ってくる」

 俺は大剣をストレージに収め歩き始める。「頼んだぜ、セイジ!」という後ろからの声に片手を上げて応え、徐々に速度を上げていく。

 実はST回復待ちだった。お喋りはいい暇つぶしになったよ。
 さて、恩返しも佳境だ。さっさと終わらせてジーナと遊ぼう。

 多分、もう別れも近いしな。

 今の俺なら、飛び交う光弾も掻い潜れる。死角からのは無理だが、それでも第六感がある。嫌な予感で掠める程度に抑えられるさ。

【マスター、アナリシスの使用を進言します】
「おうよ。ははっ、弱点は頭。打撃が通るってよ」

 俺はケルベロスワームの尻尾に飛び乗り全力で胴体を駆け上がる。

【実はバッカンをストレージに回収してあります】
「ははははは! 流石! ナイスだ、エレス!」
【うふふ、お褒めに与り光栄です。マスター】

 駆けて、駆けて、傾斜が急になりだしたところで思い切り足を踏み込み高く飛ぶ。俺の体はケルベロスワームの頭を遥かに超えていく。

「これよりストレージから落下物作戦第五弾を開始します! ケルベロスワーム討伐にご協力いただいたエルバレン商会の皆様! 本当にありがとうございましたあ!」

 真下にある三つの蛇の頭を見つめ、俺は声高らかに討伐終了を宣言した。
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