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SIDE ジョニー

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 世の中にはとんでもない奴がいる。

 生まれてから三十五年、色んな奴を見てきたが、セイジほどそう思わせられる奴はいなかった。傭兵やってたときに相手方にいたら、尻尾を巻いて逃げ出してただろう。

 外見はヨハンに輪をかけたような優男だってのに、馬鹿みたいな数の魔物の群れに全く怖れた様子を見せずに立ち向かい、誰もが怖ろしがって尻込みしちまうサイレントバンシーを、平然と殴り飛ばした上にさっさと首を刈っちまう。

 その上、手前ぇの背丈と変わらないほどの大剣を軽々と振り回し、なんだかよくわからん自由自在に物を出し入れするストレージって力も持ってる。
 おまけに意思を持っているかのような小型偵察機のポチと、見たこともない黒い妖精のエレスが付き従って力を振るう。どうなってやがんだ本当に。

 そんだけの力がありゃあ、調子こいたって不思議じゃねぇってのに、そういった様子はほとんど見せない。それどころか、むしろどっかしら自信がない。
 苦言を呈されりゃあ聞く耳も持ってるし頭も悪くない。思いも寄らない戦略を組み上げ大戦果を挙げてるってのに、反省点を探すような顔をしやがる。

 はっきりいって異常だ。こんな男がいるのかって体が震えた。

 魔物の群れの中を躊躇せずに先行するセイジの背を見ながら、まったくとんでもない拾い物をしちまったもんだって笑いが止まらなかった。
 ナツミのときは少しばかり頭を抱えたが、根本的に性根が違うってこったろう。ほとんど年が変わらないように見えるのに、おかしなもんだ。

 そんなセイジが、手前ぇを囮にして俺を逃がしてくれた。
 絶対に死なせる訳にはいかねぇ。

 回廊の端にある階段を駆け下り、中央通路に繋がる門に向かう。そこで、ずうん、という重たい音を発してオルトロスワームが移動した。
 移動に巻き込まれた魔物が吹っ飛ばされたり潰されたりする。

 たったそれだけで血肉が辺りに撒き散らされる。

 呆気に取られた俺はオルトロスワームの進んだ先を目で追った。
 二つの頭が鎌首をもたげた先には──。

「馬鹿野郎! なにやってんだ!」

 セイジが大剣を構えていた。身動ぎ一つせず、迎え討つ気でいやがる。

 俺は思わず光弾突撃銃を構えた。囮になるという話は聞いていたが、身動きも取らずに引きつけるなんて馬鹿な真似をするとは思ってなかった。
 援護射撃をしなけりゃセイジが死んじまう。そう思ったが──。

【やめて下さい! あなたの仕事は防衛地点に向かうことです!】

 そう、エレスが怒鳴りつけてきた。

「だが、このままだと死んじまうぞ!」
【マスターは考えなしに行動する方ではありません! あなたが銃撃すれば、マスターが囮になった意味がなくなるんです! 邪魔をしないで下さい!】

 俺は逡巡した。エレスに強く止められたにも拘らず、このままセイジを見殺しにしちまうことになることを怖れた。そんなことをすりゃジーナに顔向けができねぇ。
 だが直後、俺は信じられないものを目にした。セイジに襲い掛かったオルトロスワームの左の頭が、ズドンと大剣で叩き伏せられちまった。

「う、おおおおおあああああああああ!」

 セイジは素早く移動して位置を変え、雄叫びを上げながら大剣を何度も何度も振るった。ゴッゴッという硬い音が響くと同時に青黒い鱗が飛び散っていく。

「とんっでもねぇ……!」 

 俺がぼそりと口にした途端に、オルトロスワームの左の首から血が噴き上がった。セイジは返り血を浴びながら、延々大剣を振り下ろし続けている。

 一切の躊躇なく、たった一人で討伐しちまうような意気だ。
 その狂気とも取れる真っ直ぐな侠気に俺は息を呑む。

 気づけば俺は銃を下ろして握り拳を作っていた。じわりと汗が手の中にあるのを感じる。背筋にゾワゾワとしたものが走る。口角が上がる。

 傭兵時代、五十人がかりで挑んだオルトロスワーム。遠距離からちまちまと銃撃を繰り返して討伐に三日もかかった相手を大剣で滅多斬りにしてやがる。

 そんな男がそう易々と死ぬはずがない。
 年甲斐もなく胸が熱くなる。心が滾る。

「待ってろよセイジ!」

 俺は光弾突撃銃を構え直し、門に向かって駆けた。

「すまねぇ! 時間を取った!」
【急いでください! 背中は守ります! 気にせず突っ切って下さい!】
「おう!」

 門は追い立てられた魔物で溢れかえっていた。だが連中は中央通路に向かう為に背を向けている。背後から銃撃を行い、頭を吹き飛ばす。
 少しでも隙間ができたら体を進める。オルトロスワームと戦っているセイジと比べれば屁でもない。群れの中に体をねじ込んで至近距離から撃ちまくる。

「どけおらああああああああ!」
【ジョニー! まだいけます! もっと速く!】

 無茶言うなと思ったが、殺した矢先に死体が消えていく。真横から襲い掛かって来た魔物は、ヒュッと風を切る音が鳴ったかと思うと首と胴が離れる。
 背後から横にかけてヒュンヒュンと風を切る音が鳴る。ちらりと見るとブレード上の物が巡っていた。横から襲い掛かって来た魔物が切り刻まれて血飛沫を撒き散らす。

【ジョニー! 足を止めないで下さい!】
「おう!」

 エレスの援護か。こんなに心強いとは思ってなかった。
 こりゃ戻るまでの問題は俺の体力だけみたいだぜ、セイジ。

【まだです! まだいけます!】
「上等だ! 血反吐はくまで走ってやらぁ!」
 
 まったく、なんでだろうな。笑えてくるぜ。
 こんなに熱くなったのは久し振りだ。
 必ず戻る。すぐにだ。それまで死ぬんじゃねぇぞ、セイジ。
 
 
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