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20‐2 正木誠司、商会長と脱出(後編)

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「やべ。やっちまった。エレス、オルトロスワームの様子は?」

 ちらりとポチに視線を送った後で、すぐにホラーな魔物に視線を戻す。こんな魔物が潜んでいたとは。商店側も安全ではないってことだな。トドメトドメ。

【オルトロスワームに動きはありません】
「そうか。引き続き監視を頼む」
【かしこまりました。その、差し出がましくて大変恐縮なのですが、マスターも周囲の警戒をお願いします。こちらでは確認できないこともありますので】
「ああ、気をつけるよ。ありがとなエレス」
【は、はい。聞き入れて下さりありがとうございます】

 振り返ると、座り込んだジョニーがこっちを見ていた。苦痛から解放されたような安堵の表情を浮かべている。段々と顔色が戻ってきた。

「はぁ、はぁ、助かったぞセイジ。油断した」
「俺もだよ。なんだこの女は? 知り合いか?」
「んな訳あるか! 魔物だ魔物!」
「それを聞いて安心したよ。で、なんだこの魔物は?」

 髪の毛を掴んで頭を持ち上げる。首を切断済みなので安全だ。怨霊ホラーから血みどろスプラッタ。サイコな犯人は俺。映画だったらディザスター扱いだな。
 しかし、ジョニーも大概だ。こんな凄惨な殺害現場を目にしても、まるで怯んだ様子がない。喉元を擦って、ただ息を整えることに集中している。

「そいつはサイレントバンシーだ。近くにいるだけで人の生気を奪う。気づけりゃ大丈夫だが、今みたいに触られると一気に持ってかれる」
「近くにいるだけで生気を奪うなんて、迷惑なご近所さんみたいな奴だな。初めて見たが、ここはこんなのがうろついてんのか?」
「いや、うろつきはしねぇ。荒れた廃屋なんかに居着く奴だ。ゴーストタウンになった居住区は最高の環境だからな。他にもいるだろうよ」
「そりゃ参ったね。もうすぐオルトロスワームの巣だってのに」

 逃げるのに必要なSTを奪う魔物が商店の側に潜んでいる。それも近くにいるだけで生気を奪える。つまりこれは、不可視の魔法による範囲攻撃ってことだ。
 MAGの必要性を初めて感じた。俺は抵抗値がないからか動くとぐんぐん減る。裏を返せばサイレントバンシーのいる場所を掴めるってことなんだろうが。

「ああ、そうだセイジ。言い忘れてたがサイレントバンシーは叫ぶぞ」
「マジかよ。最悪な補足じゃねぇか」
「今みたいに仕留めれば問題ない。二体以上いるとまずいが」

 俺はどうしたもんかと頭を掻いた。ジョニーがフラグ立てやがった。

「ジョニーは対処できるか?」
「そうだな。さっきみたいに不意打ちされなきゃ楽勝だ。掴まれなきゃ大した相手じゃねぇ。自慢じゃないがオルトロスワームも討伐したことがあるぞ」
「何? 一人でか?」
「馬鹿言え。あんなバケモン一人で討伐できる訳ねぇだろうが。新米含めた傭兵団五十人でだ。十人は死んじまったがな」

 話を聞いて言葉を失った。考えてみれば、俺は正義感と使命感によって突き動かされているだけで、相手の力量をはかる力をもっていない。
 体の動きにしたって趣味で観ていた動画を参考になんとなく真似しているだけ。それも正しいかどうかもわからない曖昧なもの。

 つまり、俺は能力値任せのただのおっさんだ。そんな俺がオルトロスワームと一人で戦うつもりでいたと。そうか。なるほど。わかったぞ。

 ジョニーと会わなかったら俺は死んでた訳だ。

 あっぶねぇ。精神制御も考えもんだわマジで。一人で立ち向かうなんて発想自体しちゃいけない相手じゃねぇか。武者震いとかしちゃったよ恥ずかしい。

「どうしたセイジ? 進まないのか?」
「いや、ちょっとな。本当に命知らずになってたなと」
「お前が命知らずってのは認めるよ。こんなとこまで一人で来たんだからな。それよか、立ち止まってると魔物が増えてくぞ。上からどんどん降りて来やがる」
「ああ、ありゃなんなんだ? 魔物が無尽蔵に湧いてくる感じだが」
「わからんが、培養施設とか養殖施設とかあるからな。施設長辺りが魔物になっても腕を振るってんじゃねぇかと勝手に思ってる」

 魔物になっても働いてるのかよ。それもまた気の毒な話だな。
 だが、そういうことかと腑には落ちた。この世界の技術は凄まじいものがあるからな。養殖や培養が発展しているのは当然だろう。

 ん? ふと気づいた。立ち止まっている間はSTが減らない。速度は落ちているが、しっかりと回復する。ちょっと素早く動くと普段の倍くらいの速度で減る。

「エレス、サイレントバンシーが使うのってSTを奪う魔法じゃなくて、減少速度を上げるデバフじゃないか? レクタスに近似種がいたら教えてくれ」
【確認します。データ検索の結果、バンシアという魔物が該当します。絶叫し、デバフを振りまく魔物のようです。マスターの推測は正しいかもしれません】
「やっぱりか」

 今のところ減少速度に変化がない。ということは重ねがけは効果がないのかもしれない。そういうのを確認したりはできるんだろうか?

「ちなみに能力値画面にデバフや状態異常の表示ってされるのか?」
【STのバフとデバフは表示されません。状態異常は、毒、麻痺、感電、火傷、凍結、気絶までが表示されます。ただし、毒や細菌の種類は表示されません。原因の特定はウェアラブルデバイス所持者に委ねられます】

 気絶なんて表示されても自分じゃ見れねぇだろうがよ。火傷や凍結にしたって見りゃわかるし。それに感電ってどういうことだよ。今感電してますビリビリきてますって能力値画面を確認する奴なんていないだろ。体を張った芸人じゃあるまいし。

「なぁエレス。素朴な疑問なんだが、フェリルアトスって馬鹿なのか?」
【すみませんマスター。回答を控えさせて下さい】
「わかった。気にするのやめるわ。ジョニー、問題な──」

 振り返ると、ジョニーが床に膝を着いていた。苦しげに息をしている。
 そしてジョニーの肩には白い手が載せられていた。

 デジャヴ。

 ジョニーは言っていた。

『不意打ちされなきゃ楽勝だ』と。
『掴まれなきゃ大した相手じゃねぇ』と。

 それはつまり、不意打ちされたら楽勝じゃないし、掴まれたら大した相手ってことだ。じゃあ不意打ちされないように気をつけた上で掴まれないようにしないと。
 またやっちまったと憔悴した顔で訴えてくるジョニーを憐れみの目で見つつ、俺は商店から白い顔が出てくるのを待ち構え、ぬるっと出てきた瞬間にぶん殴った。

「ぶへぇっ」

 よし、今度は倒れる位置に気をつけたから音は大丈夫だったな。

「大丈夫かジョニー?」
「はぁ、はぁ、す、すまん」
「気をつけてくれよ。さ、トドメを──」
「あ、セイジ、待て!」

 うそだろ?

 トドメを刺しに向かったところで、店の中にもう一体のサイレントバンシーがいることに気づいた。真っ黒な眼窩と目が合い、愕然として息が止まる。

 こいつら、ルームシェアすんのかよ!

「きゃあああああああああああああああああ!」

 サイレントバンシーは友達を殴られたかのような顔をして、体を震わせ絶叫した。そして、まるで助けを求めるように店から飛び出し叫び続けた。
 
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