53 / 67
20‐2 正木誠司、商会長と脱出(後編)
しおりを挟む「やべ。やっちまった。エレス、オルトロスワームの様子は?」
ちらりとポチに視線を送った後で、すぐにホラーな魔物に視線を戻す。こんな魔物が潜んでいたとは。商店側も安全ではないってことだな。トドメトドメ。
【オルトロスワームに動きはありません】
「そうか。引き続き監視を頼む」
【かしこまりました。その、差し出がましくて大変恐縮なのですが、マスターも周囲の警戒をお願いします。こちらでは確認できないこともありますので】
「ああ、気をつけるよ。ありがとなエレス」
【は、はい。聞き入れて下さりありがとうございます】
振り返ると、座り込んだジョニーがこっちを見ていた。苦痛から解放されたような安堵の表情を浮かべている。段々と顔色が戻ってきた。
「はぁ、はぁ、助かったぞセイジ。油断した」
「俺もだよ。なんだこの女は? 知り合いか?」
「んな訳あるか! 魔物だ魔物!」
「それを聞いて安心したよ。で、なんだこの魔物は?」
髪の毛を掴んで頭を持ち上げる。首を切断済みなので安全だ。怨霊ホラーから血みどろスプラッタ。サイコな犯人は俺。映画だったらディザスター扱いだな。
しかし、ジョニーも大概だ。こんな凄惨な殺害現場を目にしても、まるで怯んだ様子がない。喉元を擦って、ただ息を整えることに集中している。
「そいつはサイレントバンシーだ。近くにいるだけで人の生気を奪う。気づけりゃ大丈夫だが、今みたいに触られると一気に持ってかれる」
「近くにいるだけで生気を奪うなんて、迷惑なご近所さんみたいな奴だな。初めて見たが、ここはこんなのがうろついてんのか?」
「いや、うろつきはしねぇ。荒れた廃屋なんかに居着く奴だ。ゴーストタウンになった居住区は最高の環境だからな。他にもいるだろうよ」
「そりゃ参ったね。もうすぐオルトロスワームの巣だってのに」
逃げるのに必要なSTを奪う魔物が商店の側に潜んでいる。それも近くにいるだけで生気を奪える。つまりこれは、不可視の魔法による範囲攻撃ってことだ。
MAGの必要性を初めて感じた。俺は抵抗値がないからか動くとぐんぐん減る。裏を返せばサイレントバンシーのいる場所を掴めるってことなんだろうが。
「ああ、そうだセイジ。言い忘れてたがサイレントバンシーは叫ぶぞ」
「マジかよ。最悪な補足じゃねぇか」
「今みたいに仕留めれば問題ない。二体以上いるとまずいが」
俺はどうしたもんかと頭を掻いた。ジョニーがフラグ立てやがった。
「ジョニーは対処できるか?」
「そうだな。さっきみたいに不意打ちされなきゃ楽勝だ。掴まれなきゃ大した相手じゃねぇ。自慢じゃないがオルトロスワームも討伐したことがあるぞ」
「何? 一人でか?」
「馬鹿言え。あんなバケモン一人で討伐できる訳ねぇだろうが。新米含めた傭兵団五十人でだ。十人は死んじまったがな」
話を聞いて言葉を失った。考えてみれば、俺は正義感と使命感によって突き動かされているだけで、相手の力量をはかる力をもっていない。
体の動きにしたって趣味で観ていた動画を参考になんとなく真似しているだけ。それも正しいかどうかもわからない曖昧なもの。
つまり、俺は能力値任せのただのおっさんだ。そんな俺がオルトロスワームと一人で戦うつもりでいたと。そうか。なるほど。わかったぞ。
ジョニーと会わなかったら俺は死んでた訳だ。
あっぶねぇ。精神制御も考えもんだわマジで。一人で立ち向かうなんて発想自体しちゃいけない相手じゃねぇか。武者震いとかしちゃったよ恥ずかしい。
「どうしたセイジ? 進まないのか?」
「いや、ちょっとな。本当に命知らずになってたなと」
「お前が命知らずってのは認めるよ。こんなとこまで一人で来たんだからな。それよか、立ち止まってると魔物が増えてくぞ。上からどんどん降りて来やがる」
「ああ、ありゃなんなんだ? 魔物が無尽蔵に湧いてくる感じだが」
「わからんが、培養施設とか養殖施設とかあるからな。施設長辺りが魔物になっても腕を振るってんじゃねぇかと勝手に思ってる」
魔物になっても働いてるのかよ。それもまた気の毒な話だな。
だが、そういうことかと腑には落ちた。この世界の技術は凄まじいものがあるからな。養殖や培養が発展しているのは当然だろう。
ん? ふと気づいた。立ち止まっている間はSTが減らない。速度は落ちているが、しっかりと回復する。ちょっと素早く動くと普段の倍くらいの速度で減る。
「エレス、サイレントバンシーが使うのってSTを奪う魔法じゃなくて、減少速度を上げるデバフじゃないか? レクタスに近似種がいたら教えてくれ」
【確認します。データ検索の結果、バンシアという魔物が該当します。絶叫し、デバフを振りまく魔物のようです。マスターの推測は正しいかもしれません】
「やっぱりか」
今のところ減少速度に変化がない。ということは重ねがけは効果がないのかもしれない。そういうのを確認したりはできるんだろうか?
「ちなみに能力値画面にデバフや状態異常の表示ってされるのか?」
【STのバフとデバフは表示されません。状態異常は、毒、麻痺、感電、火傷、凍結、気絶までが表示されます。ただし、毒や細菌の種類は表示されません。原因の特定はウェアラブルデバイス所持者に委ねられます】
気絶なんて表示されても自分じゃ見れねぇだろうがよ。火傷や凍結にしたって見りゃわかるし。それに感電ってどういうことだよ。今感電してますビリビリきてますって能力値画面を確認する奴なんていないだろ。体を張った芸人じゃあるまいし。
「なぁエレス。素朴な疑問なんだが、フェリルアトスって馬鹿なのか?」
【すみませんマスター。回答を控えさせて下さい】
「わかった。気にするのやめるわ。ジョニー、問題な──」
振り返ると、ジョニーが床に膝を着いていた。苦しげに息をしている。
そしてジョニーの肩には白い手が載せられていた。
デジャヴ。
ジョニーは言っていた。
『不意打ちされなきゃ楽勝だ』と。
『掴まれなきゃ大した相手じゃねぇ』と。
それはつまり、不意打ちされたら楽勝じゃないし、掴まれたら大した相手ってことだ。じゃあ不意打ちされないように気をつけた上で掴まれないようにしないと。
またやっちまったと憔悴した顔で訴えてくるジョニーを憐れみの目で見つつ、俺は商店から白い顔が出てくるのを待ち構え、ぬるっと出てきた瞬間にぶん殴った。
「ぶへぇっ」
よし、今度は倒れる位置に気をつけたから音は大丈夫だったな。
「大丈夫かジョニー?」
「はぁ、はぁ、す、すまん」
「気をつけてくれよ。さ、トドメを──」
「あ、セイジ、待て!」
うそだろ?
トドメを刺しに向かったところで、店の中にもう一体のサイレントバンシーがいることに気づいた。真っ黒な眼窩と目が合い、愕然として息が止まる。
こいつら、ルームシェアすんのかよ!
「きゃあああああああああああああああああ!」
サイレントバンシーは友達を殴られたかのような顔をして、体を震わせ絶叫した。そして、まるで助けを求めるように店から飛び出し叫び続けた。
3
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。-俺は何度でも救うとそう決めた-
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング第1位獲得作品】
---
『才能』が無ければ魔法が使えない世界で類まれなる回復魔法の『才能』を持って生まれた少年アスフィ。
喜んだのも束の間、彼は″回復魔法以外が全く使えない″。
冒険者を目指し、両親からも応援されていたアスフィ。
何事も無く平和な日々が続くかと思われていたが事態は一変する。母親であるアリアが生涯眠り続けるという『呪い』にかかってしまう。アスフィは『呪い』を解呪する為、剣術に自信のある幼馴染みの少女レイラと共に旅に出る。
そして、彼は世界の真実を知る――
---------
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
♥や感想、応援頂けると大変励みになります。
完結しておりますが、続編の声があれば執筆するかもしれません……。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
【外伝・完結】神獣の花嫁〜いざよいの契り〜
一茅苑呼
恋愛
こちらは『神獣の花嫁シリーズ』の外伝となります。
本編をご存じなくとも、こちら単体でもお読みいただけます。
☆☆☆☆☆
❖大神社の巫女 可依(かえ)23歳
夢占いが得意な最高位のかんなぎ
✕
❖萩原(はぎはら)尊臣(たかおみ)29歳
傲岸不遜な元国司、現萩原家当主
────あらすじ────
「まさかとは思うが、お前、俺に情けを交わして欲しいのか?」
「お戯れをっ」
───自分の夢占に間違いはない。
けれども、巫女の身でありながら殿御と夜を共にするなど、言語道断。
「わたくしは、巫女でいたいのです」
乞われても、正妻のある方のもとへ行けるはずもなく。
「……息災でな」
そして、来たるべくして訪れる別れ。
───これは、夫婦の契りが儚いものだった世のお話です。
※表紙絵はAIイラストです。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる