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15‐2 正木誠司、気づく(後編)

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 あー、マジで恐怖感をオフにしておいてよかったなこれ。

 そうしていなければ、ずっと背筋を寒くしていたと思う。なにげに魔物を相手にするときより緊張していたからな。安心感が100%でもこれだから相当だぞ。

 今の俺たちのやりとりは、傍目から見ればただの微笑ましい光景に過ぎないだろう。
 それはやりとりを行っている俺も伊勢さんもジーナも同じで、何も知らなければ、ただの幸せで優しい時間でしかなかったはずだ。

 だが、隠された事実に気づいてしまえば、こんなハートフルなヒューマンドラマも一気にサイコサスペンスに早変わりしてしまうものなのだ。

 思えば、どうしてこんなことに気づかなかったのか。

 魔物が居住区ではなく通路に押し寄せていた理由にしてもそうだ。
 あれは居住区に強力な魔物がいて縄張りにしている可能性を示唆している。通路にいた魔物の群れは追い立てられていたと考えれば辻褄が合うからな。

 だが俺はそういったことに今になってようやく気づいた。
 ジョニーを見つけ出すという使命に追われ、当たり前のように気づいていてもおかしくないことを見落としていたのだ。それも二つもだ。まさに灯台下暗し。

 確実に気づけるタイミングはあった。というより、疑問にまで感じている瞬間もあった。ただ、そのときは流した。何故なら、初戦闘の直前だったからだ。

 俺が気づいたこと。それは、サポートAIの映像外部出力の適用範囲についてだ。

 俺がマリーチの武器庫にいる間に、エレスはヨハンと共に格納庫で小型四脚偵察機の側にいた。常識的に考えて機械から映像が届かないような場所まで離れていたのだ。
 メッセージ連絡でエレスに確認したところ、他に表現方法がないから映像外部出力という言葉を使っているだけで、実際は違うのだという説明を受けた。

 サポートAIは『主を中心に半径五十メートル以内であれば自由に移動できる』らしかった。ただし、密室であった場合はそこに制限がかかるとのこと。
 たとえば、この艦から宇宙空間に出ようとしても、密室なので出ることはできない。同じように、扉の閉まっている他人の部屋に入ることもできない。

 これはウェアラブルデバイスの製作者であり新世界レクタスの神だとかいうフェリルアトスが、召喚者の行うプライバシーの侵害を防ぐ目的で付けた機能だそうだ。

 要は変態対策だ。サポートAIは映像外部出力時に主人のホログラムゴーグルに自分の見た映像を送信することも可能らしいので、覗きができないようにしてある訳だ。

 それは誠にありがたいことだとは思うのだが──。

 詰めが甘いんだよフェリルアトス!

 何故、俺がこんなに憤慨しているかといえば、今まさにその機能を利用したストーカー被害を受けているからだ。相手は言うまでもなく伊勢さんだ。

 事件は一時間前、俺が部屋に戻ったときに起きた。
 部屋の前にジェイスがいたのだ。まるで待ち伏せするように。俺は伊勢さんが近くにいるものだと思っていたが、ジェイスが言うには食堂にいるという。

【正木さんが帰って来たときの為にカレーを作ってあるよ。食べに来てって】
「それをわざわざ伝えに来てくれたのか。ありがとう」

 そう言いながら俺はジェイスを部屋に招き入れ、汚れたツナギを脱いだりシャワーを浴びたりしながら防衛地点の状況について話した。

 ここまではよかった。だが、不意に俺は違和感を覚えた。そして気づいてしまったのだ。映像外部出力されたサポートAIの移動距離についての疑問に。
 それをうっかりジェイスに訊ねたところ、怖ろしい答えが返ってきた。

【実はおいら、正木さんを監視させられてるんだ。なっちゃんが、女の子と仲良くしてないか見て報告しろって。正木さん、どうにかならないかな? おいら心配でさ】

「ジェイスよ。お前は主人が心配かもしれないが、俺はつい今しがた自分の身が心配になったところだ。よくも俺にそんなこと教えたな。俺が知ってるって伊勢さんに知られたらどうすんだよ。ちなみにお前、どこまで知ってる?」

【メリッサと一緒にマリーチに戻ってきて、積荷倉庫に入ったところ。メリッサが正木さんに『ガムを奪え』って舌を出してたとこは見たよ。報告はしてないけど】

「お前、絶対に主人に言うなよそれ。偉いことになるぞ……」

 俺を困惑させたのは、メリッサと俺との間にあったことをジェイスが知っていたという事実だ。それはあのとき五十メートル以内に伊勢さんがいたことを示している。
 つまり、俺が今朝ジーナを預けてからマリーチにいる間のほとんどの時間、伊勢さんは俺を尾行していたということだ。それも、ジーナと一緒に。散歩ということにして。

 ジェイスを問い詰めて聞いたから間違いない。

 積荷倉庫にはメリッサが従業員を追い出した際に潜入し、隠れて様子を見ていたのだという。救いはジェイスが伊勢さんを異常だと認識していることだけだ。

 とりあえず、ジェイスには主人に報告を上げても問題にしかならないから当たり障りのないこと以外は絶対に報告するなと釘を刺しておいた。
 ただ、それが伊勢さんにバレたときのことを思うと──。

「お待たせしました」
「ヒッ」

 俺の目の前に、氷と真っ黒い液体の入ったグラスが置かれた。
 危ない。油断してた。思いっきりドキッとしたわ。

「あ、ありがとう」
「お口に合うといいんですけど」

 伊勢さんはそう言って眉を下げて微笑み、ジーナの前にカフェオレらしきものが入ったマグカップを置いたあと、自分の席にも同じ物を置いて座った。

「ナツミ、のんでいい?」
「はい、どうぞ」
「ん、おいしい! ナツミ、すごい! にがくないよ!」
「よかった」

 大喜びでカフェオレを飲むジーナに向かい、伊勢さんはにっこりと笑う。

「ねぇ、ジーナちゃん、明日もお散歩する?」
「うん! おさんぽ楽しい! いっぱいあるく!」

 何故かジーナが俺の顔を見てにこにこする。

「えへへぇ、セージには、ひみつのおさんぽなんだよ」
「ジーナちゃん、ひみつだから言っちゃ駄目よ」
「あ、そっか! 二人のひみつだもんね!」
「ねー。うふふふふ」

 まさか伊勢さん、俺を追いかける遊びだってジーナに言ってるのか?
 
 勘弁してくれ……。

 俺は頭を掻きながら、伊勢さんの作ったやたらと美味いアイスコーヒーを飲んだ。一体、何を入れたらこんなにコクと深みが出るんだろうな。

 愛、なのかなぁ……。
 
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