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SIDE 伊勢夏美(2)

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 私は言葉を話せるようになったことが嬉しくて、マリーチ内を出歩くようになった。見かけた女性従業員に声をかけて、コミュニケーションを取ろうと試みた。
 でも、ほんの四五分話しただけで「悪いけど忙しいの」と言って歩いて行ってしまった。私が声をかけた従業員は大体そんな感じの対応をした。

「あのなぁ、ナツミ。皆は仕事してんだから邪魔しないでくれ」

 しばらくして、ヨハンさんと一緒に部屋を訪ねてきたジョニーさんにそう言われた。けど、従業員たちはただマリーチの中を歩いているようにしか見えなかった。
 だから私は、「そんなに忙しそうには見えませんでしたけど」と返した。

「お前なぁ」
「ボス、ナツミには僕が説明しますから」
「はぁ、わかったよ。成果がなかったら減給な」
「上がれば昇給で」
「口が減らん奴だなお前は」

 私がジョニーさんに注意されると、必ずヨハンさんが間に入ってくれた。最後はこういう軽口の叩き合いになるのも毎回同じだった。

 ふと、そういえばと思った。異世界のコミュニケーションには料理が最適なのではないか。漫画や小説だと、そういうのが多いし。
 そんな思いつきから、ヨハンさんに頼んで、食堂で料理をさせてもらうことにした。

「どうせなら従業員の夕食を作ってあげたいんですけど」と言うと、渋々という感じではあったけど受け入れてもらえた。
 私はカレーを作ることにした。大量に作れるし、何より簡単で美味しいからだ。米は積んでないらしいので、普段食べているパンを主食にすることにした。

 うきうきしながら食材を見せてもらって、必要なものを選んでいると、だんだんヨハンさんの顔が引き攣っていった。

「なぁ、ナツミ。それでどのくらいの量が作れるんだ?」
「えっと、この鍋くらいですかね?」
「従業員は千人以上いるんだが」
「え! 千人もいるなんて聞いてませんよ!」
「言ったと思うが」
「聞いてませんって! 絶対!」
「はぁ、わかった。僕の確認不足だった。それで、何人分くらい作れそうだ?」

 私が作っていたのは、精々二十人分だった。おかわりはなし。
 ヨハンさんに伝えると「わかった」と軽い溜め息の後に言われた。何か問題があるのか訊くと、従業員の一食分にしては割高になるらしかった。

「そんなこと今更言われても困ります。もっと早く教えてくれていれば……」
「ああ、悪かったよ。責めてる訳じゃないんだ。そうだよな。この世界とは物価が違うものな。希望者を募るよ。美味ければまた作ってもらうことになる。僕も一つ頼むよ」

 少しムッとしたけど、それだけの価値があると思わせれば良いだけだと思い直して、気合を入れてカレーを作った。
 でも夕食の時間、食堂に集った従業員たちは、誰もカレーに手をつけようとせずにぶつぶつと文句を言った。

「なんだこりゃ。酷い色だな」
「食えるのかこれ? どろどろだぞ」
「匂いは良いけど、見た目がちょっと気持ち悪いわね」

 そんな声が、厨房にいる私の耳に届けられた。一生懸命作ったのに。

「い、嫌なら食べなくていいです!」

 私が悔し涙を流しながら食堂に向かって叫んだとき、ジーナちゃんが食べている姿が目に入った。私の声に驚いたみたいだったけど、すぐに笑顔を見せてくれた。

「おいしいよ。ナツミ。泣かなくていいよ。怒らなくていいよ」
「ジーナちゃん……」
「みんなも食べてみて。すごくおいしいよ、これ。カレーって言うんだって。ナツミの世界の料理だよ」

 私はジーナちゃんに救われた。気まずそうにしながら従業員たちも食べてくれて、食べ終わった後は謝ってくれた。
 ヨハンさんが、また作ってくれと言ったけど、席が埋まったのはその一日だけで、だんだんと食べにくる従業員の数が減っていった。

 言葉を話せるのに、疎外感に苛まれた。通路で従業員に声をかけても、「ごめん、今忙しいから」と四五分すらも割いてもらえなくなった。
 話し相手はジェイスとジーナちゃんだけになった。ジョニーさんとヨハンさんが訪れることも滅多になくなっていた。

 そうして塞ぎ込んでいた頃に新しい冷凍睡眠装置が回収されて、あの男の人が隣の部屋のベッドに寝かされた。
 その日を境に、ジーナちゃんのツナギのお腹あたりがぽっこりした。なにかを隠しているのが丸分かりだったので訊いてみた。

「ジーナちゃん、何を隠してるのかな?」
「ナツミ、だめだよ。これはジーナが持ってるの。だいじなの」
「そっか。ごめんね。宝物なら仕方ないね。いつか見せてくれる?」
「うん、いいよ」

 そんな会話をした二日後、事件が起きた。母艦のウシャスで魔物が出たと大騒ぎになって、マリーチにいる従業員たちが全員出て行ってしまったのだ。

 魔物という言葉を聞いて、私はチャンスだと思った。
 これだけ大騒ぎになっているのだから、絶対に怪我人も出ているはず。スキルを使えば、従業員たちの私に対する態度も変わるだろう。

【なっちゃん、やめといた方がいいよ】
「ジェイス。皆が困ってるのよ。私が助けに行かないと」
【おいらは危ないことしてほしくないな】
「大丈夫よ。怪我をした人を治すだけなんだから」

 ジェイスが心配していたけど、私は自信があった。選ばれた存在なのだから、ここが力を示すときだと信じていた。
 だけど、従業員たちの後を追ってウシャスの防衛地点に着いた私は言葉を失った。

 腕や足が転がっていた。体に火のついた従業員が悲鳴を上げていた。あちこちで怒鳴り声が上がっていた。皆が慌しく動いている中で、私だけが立ち竦んでいた。
 通路の手前にバリケードが築かれ始めていた。低い位置から向こうが見えた。そこには、緑色の肌の人がいた。赤色の肌の鬼がいた。赤黒い肌の鬼もいた。

 私は悪夢の中にいるのだと思った。こんなに体が震えたのは、生まれて初めてのことだった。恐怖心に呑み込まれているのがわかった。何一つできる自信がなかった。
 逃げ出す口実がほしかった。ここまで来ておいて何もせずに逃げたと思われるのが怖かった。従業員たちに監視されているように感じた。そんなとき、ジョニーさんの怒鳴り声が聞こえた。

「どうにもならんことに気を取られるな! 今は魔物の撃退と通路の防衛を最優先に考えろ! 牽制と誘導を意識して一体ずつ確実に仕留めて数を減らせ!」
「そんなのもうやってますって!」
「うるせぇぞヨハン! んなこたわかってんだよ! 怯えてるだけの役立たず共に言ってんだ! おい、そこのお前! 戦えねぇならマリーチに避難してろ!」

 ジョニーさんは私の方を見ていた。私に向けて言った言葉なのだとわかった。怖くて仕方なくて泣いていた私は、その言葉に救われたと思って余計に涙が出た。

「わ、わかりました! すみません!」

 私は一目散にマリーチの中に戻り、部屋に逃げ帰った。そしてベッドに潜り込むようにして布団を被った。それでも体の震えは止まらなかった。
 
 
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