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11‐2 正木誠司、伊勢の本性を知る(後編)

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 周囲にいる従業員たちが顔を顰め、袖で鼻を覆う。吐瀉物の元はカレーとパンだし、見た目も臭いもきついんだろう。
 伊勢さんは四つん這いでげぇげぇ吐いている。その付近をオロオロしながら漂っていたジェイスが、慌てた様子で俺のところに飛んできた。

【正木さん、いくらなんでも厳しすぎないか?】

「優しく言ってわかる相手ならそうしてる。現実を直視させるのが一番なんだよ。俺だって思い上がってればああなってたんだ。戒めにもなる」

【それはわかるけどさ。背中を擦ってあげるくらいは】

「駄目だ。見ろ。誰もそうしてない時点で、お前の主人が周りにどう思われてるのかがわかるだろう? いや、ジェイスはわかってたな。本人にその自覚が必要なんだ」

 嫌われているという自覚が。

 食堂に一人だったのは、従業員と食事の時間が合わないだけだと思っていた。こちらの言語を習得してるのに一人なのは、異世界人だと差別を受けているからだと思っていた。だがそれは俺の思い違いだった。単に、嫌われていただけのことだ。

 ジーナは孤立している伊勢さんを気の毒に感じて一緒にいたんだろう。
 そうじゃなきゃ、俺の方に懐くのはおかしい。
 伊勢さんの精神の未熟さを、幼いながらも感じ取っていたんだ。

「お前だって、主人の成長を望んでるんだろ? ただ能力値を上げるんじゃなく、人間的な成長を遂げさせたい。そうだろ?」

 ジェイスがしょんぼりする。

【正木さんの言う通りだよ。おいらじゃ駄目だから頼んだんだ】

「だったら俺に任せとけ。それで伊勢さんが変われるかは知らんが、やれるだけやってみるよ。しかしサポートAIってのは難儀な存在だよな。主人の設定次第じゃ、猫可愛がりするしかなくなるんだもんな」

【気づいてたの? おいらが甘くさせられたって】

「いや、なんとなくエレスとは少し違うと思っただけだ」

 俺がそう言うと同時に、ポチがバリケードを越えて俺の真上に来た。アホ毛の生えたテープでぐるぐる巻きの拳銃付き四脚偵察機が緩やかに俺の側へと降下してくる。

【マスター、戦線復帰ですか?】

「おう、エレス。ポチもお疲れさん。悪いが、すぐ戻る。検証とジェイスの頼みごとをこなしに来ただけだからな」

【ソウルメイトの育成ですね】

「まぁ、そんなとこだ。それで非常に申し訳ないが、ストレージの検証の為に伊勢さんの吐いた物を収めてくれ」

【うっ、正気ですかマスター?】

 ポチがビクッとする。そりゃ新機能で追加されたばかりのストレージに、最初に入れる物がゲロだなんて言われたらそうなるよな。というか、初めて見たな、エレスが狼狽えるところ。

「掃除する時間が惜しいんだよ。チャージついでに頼む」
【はぁ、かしこまりました。その後はどうします?】
「入れた物がどうなるか確認したいから、一度見せにきてくれ」
【かしこまりました】

 ポチが伊勢さんの元に向かうのを横目に、俺は覗き穴に光弾突撃銃を突き入れて構える。ちらほら見えていたハイオウガが随分と前に出てきていた。ポチがゴブリンに魔法を使わせなかったことで討伐速度が上がった結果だろう。

 しかし、これはまずいな。

 一体ずつならどうにかなりそうなものだが、今は三体のハイオウガが横並びになっている。ゴブリンを殺す順序を考えないと同時に相手取ることになってしまう。
 全ての従業員がそれを理解しているかは謎だ。とにかく撃てばいいというような攻撃も目に付く。言葉が通じないのがもどかしい。

 とりあえず、一体のハイオウガの前に道を作るようにしてゴブリンを銃撃することにした。トリガーを引いて握り込み、音を頼りに三発ずつ丁寧に撃ち込む。

「狙いが低いか」

 一発はゴブリンの頭を吹き飛ばしたが、二発は隣のゴブリンの胸と肩に当たった。殺せたのは三発で二体。勿体なく感じる。これならハイオウガを直接狙った方がよさそうだ。

【マスター、伊勢さんのゲロの回収が済みました】
「お、おお、そうか」

 躊躇いなくゲロという表現を使うエレスに驚く。そしてストレージ画面を見てまた驚く。『伊勢夏美のゲロ』が一つ収められていた。名称を決めているのはエレスだよな、多分。そこはかとなく憤りを感じるのは気の所為だろうか。

【こんなものは早く廃棄したいのですが】
「魔物にでも浴びせてやれ」
【それは名案です。マスター】
「え、できるのか? 俺が取り出す必要は?」
【指示があれば、私が回収と廃棄を単独で行えますが、どうされましたマスター?】

 思えば伊勢さんの吐瀉物も指示で回収している。冗談で言った言葉がストレージの持つ可能性を俺に気づかせてくれた。
 だが、実行するには準備が足りない。今は目的を終えることだけに集中する。

「エレス、ここにいる従業員全員に言葉を伝えることができるか?」
【はい、外部音声出力を上げれば可能です】
「なら『左のハイオウガを狙え。一体ずつ仕留める』って指示を頼む」
【うふふ、まるで指揮官ですね。かしこまりました】

 エレスが浮上し、異世界言語で俺の指示を流しながら飛ぶ。それを視界の端に、俺は光弾突撃銃を携えバリケードの上に駆け上った。

 やはり、戦闘状態に移行してるな。能力値が反映されてる。

 手を使わずにバリケードを駆け上れた。三メートルはある急な傾斜の壁をだ。

 軽くジョギングする感覚で駆けて良かった。
 最初から全力で駆けていたら飛び越えていたかもしれない。

 どうやら動体視力も上がっているようだ。体の変化に気づいて力を抑えられたのはそれのお陰もある。視界の流れる速度も受ける風の圧も全く違ったからな。

 振り返ると、従業員たちに混ざって、伊勢さんが呆然と立ち尽くしている姿が見えた。俺に向かい目を見開いて、まるで信じられないものを見たような顔をしている。

 さて、煽るとするかね。

「ぼーっとしてんじゃねぇ! お前は何をしにここに来た! 戦えないなら何ができるか考えろ! また何もできずに逃げ帰るのか!」

 自分に向けられた言葉だと気づいたのだろう。伊勢さんがビクリと体を震わせて俯いた。一瞬、悔しげに唇を噛んでいるようにも見えた。

「ジェイス! もうLVは上がってんだろうが! とっとと働かせろ! 散々偉そうなこと言ったんだ! ここで逃げたら、もう誰も相手にしねぇぞ!」

 顔を上げた伊勢さんが、泣きながら俺を睨む。怒りと悔しさが滲み出ているような顔だ。
 それを見て俺は肩の力が抜けた。ジェイス、どうやら上手くいきそうだぞ。
 
 伊勢さんの本性に負けず嫌いが含まれていてよかった。
 それがなかったらお手上げだったからな。

「悔しかったら俺に認めさせてみろ甘ったれ!」

 俺はトレンチナイフを抜き、魔物の群れに向き直る。そしてバリケード上で片膝をついて光弾突撃銃を構え、左側のハイオウガに向けて銃撃を開始した。
 
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