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11‐1 正木誠司、伊勢の本性を知る(前編)

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「結構、重いんですね」

 光弾突撃銃を抱えた伊勢さんが言った。今は防衛地点に向かう最中だ。こちらを窺うような視線を向けているのは、俺が不機嫌になっていることに気づいたからだろう。

 ようやく、といった感じだが。

「俺よりSTR高いのに何言ってんの」
「それは、そうなんですけど……」

 冷たく返す俺に、伊勢さんの声が尻すぼみになる。

「そんな言い方しなくったって……」

 俺は伊勢さんの危機感の薄さと、考えの甘さに辟易していた。
 思った通り、自分に都合の良いように解釈しているらしい。

 遊びに行くんじゃないんだぞ。全く。

 伊勢さんは、俺が称賛されているのを見て承認欲求が刺激されたのだと思う。別にそれは構わない。羨ましいと感じたり、自分もそうなりたいと思うのは、自然な心の動きだからだ。

 だがそこに、侮りや思い上がりが混ざると話が変わる。

『そのくらいなら自分にもできる』

 今の伊勢さんの心にあるのは、おそらくそんな言葉だ。
 銃さえあればLV1でも活躍できると思ったのだろう。

 そんな訳がないのに。

 伊勢さんは子供じみたところがあった。身勝手とも言える。目覚めたのが一週間前ということもあってか、そういう部分が伊勢さんにあることをヨハンは知っていたようだ。また始まったか、という顔をしていた。まるで聞き分けのない妹を相手にするような。ヨハンは孤児上がりだというし、面倒見の良い優しい男なのだと思う。

 俺は数時間前に会ったばかりだから、伊勢さんのそういった部分に気づけなかった。というか気づきようがないだろう。

 猫を被っていたのだから。

 僅かな間に、困った一面がちらほら顔を覗かせた。
 俺が武器庫で聞いた言葉を幾つか並べてみる。

 急げって言われても、初めてだから仕方ないじゃないですか。
 うーん、これ動きづらいんで、着なくてもいいですか?

 こんなに力を入れないと鞘から抜けないっておかしいですよ。
 正木さんもそう思いません? 使う機会もなさそうだし。

 私の手には合わないです。指に嵌めるところがないのと交換して下さい。
 わがままじゃないです。私はちゃんと戦いたいだけです。

 それなら戦わなくていいって、そんなこと言える状況ですか?
 一人でも戦う力が多い方がいいに決まってるじゃないですか。

 私は皆の為を思って言ってるんですよ? 力になるって。
 それなのに、善意を踏み躙るような言い方しないで下さい。

 ジーナちゃんを置いていけません。私が守るから大丈夫です。
 正木さんだっているし。そうですよね、正木さん?

 その人に預けるって言われても困ります。
 どうしてもって言うならヨハンさんが見ててください。

 などなど。

 ジェイスの通訳で会話の内容を聞かされて知った。頼んでもないのに。ジェイスは異世界言語がわからない俺に、伊勢さんの本性を伝えようとしている節がある。

 俺に負い目があるのか、それとも主人の困ったところを改善したいのか。
 主人とは一蓮托生だし、我が身可愛さというのもあるんだろう。生きるも死ぬも主人次第なんだから、そりゃ必死にもなるか。

 伊勢さんの言い分は正しいようにも聞こえるが、状況にはそぐわない。そもそもの勘違いは、誰も伊勢さんに戦ってくれとは頼んでいないということだ。
 
 買い物感覚でクレームを入れる。幼児を戦場に連れて行こうとする。従業員が信用できないと悪態を吐く。指揮を執る立場にあるヨハンに子守りを任せようとする。

 それで、私が言っていることは間違いないでしょう? と同意を求められても困る。

 何様だという話だ。

 実績があるならまだしも、ない状態でそういう振る舞いができる神経を疑う。

 俺たちは保護された身で、不可抗力とはいえ事件の原因とも言える存在だ。エルバレン商会の好意に甘んじている迷惑な居候でしかない。
 いつ放り出されて途方に暮れることになるかもわからないのに、さも当たり前のように権利を主張し、正当性を訴えるというのは勘違いも甚だしい。自分が弱い立場にあると理解できていないのだ。

 当然ながら、その場にいた従業員たちもいい顔をしなかった。俺には同情的な目を向けていたので、従業員たちもまた「厄介なのに慕われてるな、お前」もしくは、「お前の嫁さんきっついな」という勘違いをしていそうだが。

 それはどうでもいいか。

 うんざりしながら、本日二度目のバリケード到着。
 ジーナはヨハンと一緒にウシャスの格納庫でお留守番中。俺はこっそりジェイスに通訳を頼んで、ヨハンに「すぐ戻る」と伝えてある。

 ヨハンは呆れたように頷いていた。俺と同じく、結果が見えているのだろう。
 人の精神構造なんて、そんな簡単に変わるものじゃないからな。

 俺の読みは間もなく的中した。隣を歩く伊勢さんが、抱えた銃を抱き締めるようにして体を震わせ始めた。顔色も失せている。

「さぁ、行こうか。目標はゴブリン一体を殺すことな」
「え?」
「え、じゃなくて。ほら、あそこの覗き穴に銃身を差し込んで、よく見てトリガーを引く。君はここにそれをしに来たんだろう?」

 従業員たちが慌しく動いている。薄く漂う饐えた臭いの中、怒鳴り声や魔物の奇声、銃撃音に悲鳴が混ざる。日本で暮らしていた頃の日常からは程遠い光景。

 その中で、伊勢さんは目を見開いて震えたまま一歩も動かない。
 俺は二度手を叩き鳴らして、伊勢さんの注意を引く。

「はい、すぐ動く。邪魔になるよ」
「あ、あの、少し時間をもらいたくて」
「気構えは来る前にしてるはずだ」

 怯えた表情で俺を見上げる伊勢さんの腕を掴んで、強引に覗き穴まで連れて行く。

「ほら、覗いて。銃身載せて」
「うっ、うぷっ」

 覗き穴の向こうを見せた途端、伊勢さんが口元を押さえて逃げ出した。そして、数歩進んだ先で脱力したように膝を着き嘔吐した。
 
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