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10‐1 正木誠司、新たな力を得る(前編)

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 ジーナを肩車し、伊勢さんと連れ立ってマリーチ内を散歩していると、従業員たちから声を掛けられたり肩を叩かれたりした。
 多分、俺がハイオウガを倒したところを見た連中だろう。

 言葉がわからないのに、セイジ、セイジとやかましい。

 これは間違いなくヨハンが名前を教えたな。

 煩わしいが後で礼を言っておこう。ジーナが真似して俺のことを「セージ」と呼んでくれるようになったからな。最高だよこの野郎。

「セージー」
「おう、どうしたジーナ?」
「えへへぇ。セージ、セージ」

 なんだこの多幸感は。何度でも呼んでいいぞ。

「正木さん、大人気ですね」
「え、ああまぁ、ちょっと無茶したから」
【だから『命知らず』って呼ばれてるのか】
「なに、俺ってそんな風に呼ばれてるの?」
「色々と呼ばれてますけど、一番は『救世主』ですね」

 大袈裟が過ぎる。

「おいおい、世界は救ってないぞ」

【窮地を救ってくれた人って意味だよ。言語を翻訳するのって大変なんだぞ。なっちゃんの揚げ足取りはしちゃ駄目だ正木さん】

「あ、そうか。伊勢さん、申し訳ない」

「いえ」

 伊勢さんは俯き気味になる。なにか思うところがあるようだ。
 自室にいたとき、俺とジェイスが話している内容を真剣な表情で聞いていたことから、意識に変化があったのかもしれない。

「私も、戦えるでしょうか?」
「え?」

 咄嗟のことで言葉に詰まる。いつかは訊かれると思っていたが、俺が気持ちを推し量った矢先のことになるとは思わなかった。

「役に立ちたいんです」
「うーん、気持ちはわかるんだけどもなぁ」

 俺の場合は機能拡張の効果で設定画面から精神構造の調整が行える。それがなければあんなに大胆な行動は取れなかった。
 エレスが言っていたように、俺は異常なのだと思う。それは順応力の高さを指して言っただけだったが、今はそれだけではない。

 召喚される前に観ていた護身術や武器の扱いを紹介する動画のお陰で、トレンチナイフの扱い方を知っている。銃に関しても、見様見真似でそれなりに構えを取れた。
 体が衰えないように、適度に筋トレと有酸素運動をしていたことで自分がどれだけ動けるのかを把握している。

 人体改造されていても、体の動かし方がわからなければ、あれほど機敏に動くことはできなかったはずだ。素早くバリケードをよじ登って、飛び掛かりからトレンチナイフの振り抜き。着地と同時に前回り受け身ってスタントマンか俺は。

 あとは、ゲームをした経験があるから能力値に対しての疑問も出せる。なにがわからないのかもわからなければ質問すらできない。
 工場勤めだったことから機械に対しての理解もそれなりにできるし、SF艦隊ものや、未開拓惑星に降り立り、現地民の為に戦う戦士の映画を観た経験もある。

 俺はたまたま、下準備ができていた。そしてたまたま、五千分の一の力を得た。だから現状のように認められている訳で。

「伊勢さんは徐々に慣れていく方がいいと思う」
「でも、正木さんは、今朝起きたばかりなのに、もうこんなに」
【なっちゃん、正木さんは異常だから比べても仕方ないよ】
「認める。現状サイコパスだしな。お、そうだ。ソウルメイト登録をしよう」

 忘れていた。ジェイスに声を掛けて、伊勢さんに許可を取る。

「ソウルメイト、ですか?」

「その辺りの説明はジェイスにしてもらうといい。確か、自分のウェアラブルデバイスでも俺の能力値を見ることができるようになるはずだ。だよな、ジェイス?」

【正木さんが閲覧許可すれば可能だよ。なっちゃん、正木さんにソウルメイト申請していい?】

「うん、お願い」

【あいあーい】

 俺がホログラムカードで能力値を見せることもできるが、伊勢さんがウェアラブルデバイスの操作に慣れるのも大事なことだ。
 なにもかもジェイスに頼り切りでは、多分いつか後悔することになる。

 現に俺は手動操作を行うことが頻繁に起きている。
 それになんとなく手動操作を行うスキルの方が有用な気がするし、気持ちに嘘がないのなら、この程度の努力はしないと駄目だよな。

「OK、申請承認。えーっと、これか」

 ホログラムカードでNEWのタブを確認。そこをタップして画面を切り替えると、ソウルメイト登録した伊勢さんの名前が表示される。
 能力値画面に出ているものと同じ姓名逆のカタカナだ。

「ジェイス、ソウルメイト画面を──」

「伊勢さん、ストップ。そこは一人でやってみよう」

「え?」

「俺と伊勢さんの違いの一つは、ウェアラブルデバイスの操作を自力で行えるかどうか。できるようになっておいた方がいい」

「わ、わかりました」

 伊勢さんがウェアラブルデバイスの操作を始める。この手間取り方を見ると、やはりジェイスに頼り切りにしていたらしい。
 ハリネズミ型への設定変更も、なにもかも音声認識で済ませたんだろうな。人は楽をしたがる生き物だから。仕方ないよな。

 とりあえず、ホログラムカードで能力値画面を開いて振り分けを済ませる。

────────

セイジ・マサキ AGE 42
LV 28

HP 30/30
MP 0/0
ST 125/125
STR 5  VIT 25
DEX 5  AGI 25
MAG 0 

SP 31

LIMITED SECRET SKILL
機能拡張(ウェアラブルデバイスの機能を拡張し、設定で変更できる内容を追加する)
機能拡張Ⅱ(ウェアラブルデバイスに新機能を追加する)

────────

 レベルが一気に上がってて驚いたが、ハイオウガはそれだけ強敵ってことなんだろうな。ほとんど俺が一人で倒したようなもんだったし。経験値総取りだったんだろう。

 早速SP10を消費して機能拡張Ⅱを取得。新機能はストレージ。ポチと合流しないと実行できないみたいだが、これはとんでもないことだぞ。
 確認したところマスが五十もある。一マスにつき同じ物を百まで保管可能。しかもストレージに収納している間は時間が停止するときた。

 ますます背嚢じみてきたなポチ。

 VITとAGIだけをがっつり上げたのは、生存率に直結するから。やはり回避が可能な速度と、HPという名のプロテクターを厚くしておくことが重要と判断した。
 戦闘状態でないと確認が取れないし、そのときにどの程度の動きができるかを検証していかないと、自分に振り回されて窮地に陥る気がする。

 たとえば、思った以上の速度に対応できず、壁に衝突してしまうとか。そのときにVITが低いとまずいので、二つの能力値を均等にした訳だ。
 素早く動けるようになった分STの消耗が激しくなる可能性も考慮しての振り分け。保険にSPも残してあるし、大丈夫だろう。

「あ、正木さん、見れました!」
「お、伊勢さん、一つ成長したね」
【なっちゃん、頑張ったね】
「見れ、ましたけど……」

 伊勢さんはしばらく黙り込んだ。
 目元が薄ら青いホログラムゴーグルに隠れているのでよく見えないが、口の端が明らかに引き攣っていた。
 
 
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