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1‐2 正木誠司、目覚める(後編)

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 幼女は驚きで硬直している俺を見て一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔になり何かを言った。だが、俺には幼女が何を言ったのかわからなかった。

 日本語どころか、英語などのメジャーな言語とも違う気がする。
 何度聞いても耳馴染みがない言葉だ。

「ごめんな。おじさんは日本語しか話せないんだ」

 俺が苦笑してそう言うと、幼女がトテトテと歩み寄ってきて、いそいそとポケットから楕円型の黒いケースを取り出した。

「ん」という声と共に、幼女がケースを握った手を突き出す。
「ええと、受け取れってことか?」
「ん、ん」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」

 幼女がぐいぐい押し付けてくるのは、おそらくスマホなどで使うワイヤレスイヤホンのケースだ。なんだってこんなものを。

 あ、そういやスマホ。

 辺りを見回すが、見当たらなかった。

「なぁ、お嬢ちゃん、おじさんのスマホを知らないか?」

 俺は幼女にそう手振りで伝えたが、幼女は一瞬きょとんとして首を傾げた後で、思い出したようにまたケースを渡そうとしてくる。

「あー、わかった、わかったから」

 俺は仕方なくケースを受け取りスイッチに触れた。すると、ケースから美しい電子音の旋律が流れ、蓋に緑色のラインが走った。

「わぁー」と幼女が感嘆の声を上げて目を輝かせる。

 な、何が起きるんだ? ただのイヤホンケースじゃないのか?

 ケースの蓋がひとりでにゆっくりと開いていく。
 その光景を、俺は幼女と一緒に固唾を呑んで見守る。

 やがて──何事もなく蓋が開き切った。

 これ作った奴ぶっ飛ばしてやろうかな。

 中に入っていたのは、普通の黒い耳掛け型ワイヤレスイヤホン。

 思わせぶりな音と光を放つケースと案の定の中身に俺はかなり頭にきた。

 期待して損したという思いを感じさせる為に存在しているようなケースだ。

 もう二度と触るまい。

 怒りを通り越して呆れつつ、ケースから幼女に視線を移す。
 幼女は翡翠色の瞳でこちらを見ていた。俺と目が合うなりに、何かを期待しているような表情で、俺の耳とイヤホンを交互に指差し始める。

「ん、ん」
「これを、つけろって? スマホもないのに?」

 手振りを交えてそう訊くと、幼女がこくこくと頷いた。
 早くつけろと急かすように何度も耳とイヤホンを指差す幼女に気圧され、俺は慌ててケースからイヤホンを取り出し装着する。

「なんだってんだよ」

 そう呟いてすぐ、イヤホンを付けている感触が変化した。
 まるで体の一部になったかのような不思議な感覚に襲われているうちに、短い電子音が鳴り目の前が薄い青色に染まった。

 慌てて手で振り払うが、すり抜けるだけで全く消える気配がない。

「お、おいおい。なんだよこりゃ?」

 中央にLSというロゴらしきものが表示される。
 それを見てハッとした。これは多分、VRゴーグルだ。

 幼女の姿が透けて見えているということは、透過型ディスプレイ。いや、触れることができないってことは、映像出力可能な透過型ホログラムゴーグルか。

「すっごいなこれ。とんでもねぇ技術だ」

 イヤホンから出力されているのだろうが意味がわからない。

 どこのメーカーの製品なのかと、二度と触るまいと誓ったケースを手に取ろうとしたところで画面からLSというロゴが消え去った。
 その直後、ロゴと入れ替わるようにしてスーツを着た東洋系の美女が画面に映り、やや機械的な女の声がイヤホンから流れてきた。

【はじめましてマスター。私はエレスと申します。このイヤホン型ウェアラブルデバイスに搭載されたサポートAIです。お困りのことがあれば、いつでもお声がけください。それでは、マスターの固有能力を説明する為に能力値参照画面に移行します】

 穏やかそうな日本人の有能秘書といった印象のエレスが小窓表示になり画面右下に移動して会釈する。それとほぼ同時に、ゲームでよく見るステータス画面が表示された。

────────

No,5000 AGE 42
LV 1

HP 10/10
MP 0/0
ST 25/25
STR 5  VIT 5
DEX 5  AGI 5
MAG 0 

SP 15

────────

【こちらが、マスターの現在の能力値となります。戦闘で経験を積むことでLVを上げることができ、LVを上げることでSPを得ることができます。SPを任意の──】

「ちょっと待った」

 俺はエレスの説明を止め、目を閉じ額を押さえた。
 情報過多で頭痛が起こりそうになる。どこから手をつければ良いのかも判断がつかない。あまりにわからないことが多過ぎる。

 ただ、そんな俺にもわかっていることはあった。
 それは、どれだけ現実離れしていたとしても目の前で起きた以上は現実で、その現実を受け入れなければ話が一向に進まないということだ。

 俺は自分でも気づかないうちに頭を掻いていた。

【頭が痒いのですか? マスター?】

「いや、痒くない。単なる癖だから気にしなくていい。さて、どうすっかな……。とりあえず、能力値の説明は飛ばしていい。多分、なんとなくわかると思う。わからんことがあったらその都度訊くから、対応してくれると助かる」

【かしこまりました。それでは】

「あ、ストップ。待ってくれ。早速わからんことがあった。この、一番上にあるNo,5000ってのはなんだ?」

【そちらは、アナザエル帝国帝都にて召喚された日本人五千人に与えられた番号です。マスターの名前として登録されています】

 俺は頭を抱えたくなった。質問する度に現実味が損なわれる上、新たな疑問が増える。辟易しながら質問を続けようとしたとき、幼女が声を掛けてきた。

「今度はなんだ? 困ったな。わからないんだって」
【マスターの未習得言語ですね。ストレージに言語データが存在します。私の音声を外部出力し、通訳を行えます。使用しますか?】
「そんな機能まで付いてんのか? すごすぎだろ」
【うふふ、光栄です。それで、どうないさます?】
「ぜひ頼むよ」
【かしこまりました。音声と映像の外部出力を開始します】

 映像の外部出力?

 耳を疑う俺の目に、画面の小窓から飛び出すエレスの姿が映る。

「なっ──」

 エレスは背中に四枚の翅を生やした小さな人になっていた。
 突然現れた艶やかな長い黒髪の妖精に、「きゃあー」と幼女が飛び上がって喜んでいる。久しぶりに友達と会ったような反応だ。

 小さい子ってすごいな。あっという間に順応してるよ。

 俺が呆気にとられている間にエレスが幼女と会話を始め、話している内容を俺に伝え始める。それによると、幼女はジーナという名で『今乗っている小型艦の案内をする』と言っているらしかった。

「小型艦? 今は海の上にいるってことか?」
【いいえ、現在我々は宇宙を航行中とのことです】
「宇宙……」

 俺は遠いところを見て立ち尽くした。
 
 
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