【完結】竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる

春泥

文字の大きさ
68 / 70
第五章 ヌガキヤ村の惨劇(フルバージョン)

第十八話 恋人たち

しおりを挟む
「なんで、あんたはその剣を使えるんだ? スレイヤーなのか?」
「はい? こんなご老体よりも、シスター稼業の合間も鍛錬を欠かさなかったわたしの方が強いに決まってるじゃないですか」
 シスターは地面に落ちていた鞘を見つけて拾うと、刀の汚れを拭って収めた。ヘルシは、テキサの鍵爪の一撃を食らう前に後方に跳び退っていたので、傷は浅かった。シスターがさらにスカートを破いて作った布を傷口に自分で押し当てている。
「でも、そういえば、そっちのぼくが持った時も、剣は輝いていましたね。小さいとはいえドラゴンを殴って痛めつけられる腕力といい、その子は一体何者なんですか。あ」
「あ?」

 シスターは剣をシロの手に押し付けると、首を傾げて目を見開いているトロちゃんの顔に、自分の顔を近づけた。トロちゃんは怯えて後ずさった。

「あなた、目の色がグリーンなのね」
「そうなの? それっていいこと?」
「どうでしょうね。昔々、王都がドラゴンに襲われたどさくさに、行方知れずになった王の愛人とその赤ちゃんがいたとか。愛人は身分の卑しい女、いえ、まだ少女と言っていい年齢の町娘で、彼女は秘密裏に暗殺されたけど、その息子は行方知れずのままだとか」
「まさか――」シロは唖然とした。
「さあ、王宮に居た時に、そんな噂を聞いたような気がしましたけどね。気のせいだったかも。あの王なら、あちこちに隠し子がいてもおかしくありませんから、大騒ぎすることではないでしょう」

「おーい、終わったのかあ」森の奥の方から声がした。
「ヌー村長、ご無事で」
 トロちゃんがドラゴンと乱闘を始めたのを機に、命からがら逃げだしていたのだった。
 村長、シロ、トロちゃん、シスター、ヘルシの一行が村まで下りていくと、凄まじい光景が広がっていた。

 夕焼けに染まるヌガキヤ村の牧歌的風景は、血みどろの惨劇の現場と化していた。秋の収穫を大急ぎで済ませた盆地の田畑のかなりの範囲がドラゴンの血と思われる液体で赤黒く濡れ、ぬめぬめと嫌な光沢を放っている。そして、あちこちに散布された巨大な骨。その一つ、まだ肉片のついた生生しい塊にむしゃぶりついているのは、昼なお暗き森の魔女、ドラゴン・イーターの異名を持つリヴァイアだ。

「なんてこった」ヌー村長は、森の出口から数歩歩み出たところで、へなへなと崩れ落ちた。
「うわっ」トロール時代からほぼベジタリアンとして生きてきたトロちゃんは、既に腐敗の気配を漂わす甘ったるい血肉の臭いに耐えきれず、鼻を袖で覆った。
 ヘルシは、シロが抱き抱えていた剣を回収して腰のベルトに差すと、リヴァイアに向けて歩き出した。
 トロちゃん同様、巨大なドラゴンの残骸が発する悪臭による吐き気を堪えていたシロが慌ててあとを追いかけようとしたが、シスターの力強い手で腕を掴まれた。

「聖人様、にぶちんですねえ。ここからは恋人同士の時間ですよ」
「え、は、恋人?」
「コイビトってなにー。あ、昔シロが好きだったカイリーっていう女の子、あの子に振られてなかったら、カイリーはシロの恋人になる?」
「トロちゃんはちょっと黙ってて」
「なんでさ」
「告白してないんだから、振られてないし」
「なんでコクハクしなかったの?」
「今さら何言ってんの」
「あのー、ちょっと静かにしてもらえませんか。ムードが台無しじゃないですか」

 シスターにたしなめられて二人は口をつぐんだ。
 背の高いヘルシが、そこかしこに散らばるドラゴンの肉片や鱗を長い脚で跨ぎながらためらいなく進んでいく後ろ姿は、長くもつれた髪はすっかりグレイになっているし、体型はもう少し絞った方が理想的かもしれないとはいえ、やはりいい男ぶりだなとシロは思った。若い頃、吟遊詩人に謳われたドラゴン・スレイヤーとして全盛期の頃は、さぞかしもてたことだろう。

 一方リヴァイアといえば、宿敵であるドラゴンを仕留め、念願の肉にかぶりつき、口腔内が血と脂で満たされてから、完全に自制を失っていた。ドラゴンに無残に焼かれた皮膚はドラゴンの血を浴び肉を喰らうことで既に癒されていたが、美しい金の髪も白い歯も肌も、赤黒いぬらぬらとした液体に覆われて卑しい餓鬼と化している。肉を食いちぎり、骨を噛み砕き、吞み下したほんの一瞬だけ空腹が充たされる。しかし次の瞬間には、さらなる飢餓が彼女を襲い、もっと、もっとと駆り立てる。

 すべてを喰らい尽くしたときに何が起きるのかなど、考えたくもなかった。

 喰らえば喰らうほど、飢餓が募っていく。充たされない空腹を満たすために目についたものは何でも喰らう悪鬼にでもなろうか。ぐちゃり、ぺちゃりとマナーも礼儀も吹き飛んで手づかみ、むさぼり、顔中べとべとにして――

「リヴ」

 魔女の手が止まった。それでも口はまだ動いている。ゆっくりと振り向くと、背の高い男が立っていた。四つん這いになっていた魔女は、そろそろと立ち上がると、口の中いっぱいを占めていた肉や鱗をどうにか呑みこんだ。

「俺だ。わからないのか」

 ブーツが焼けて裸足であっても高身長の彼女より、男の方が頭半分ほど背が高かった。皺が深く刻まれ無精髭に覆われてややたるみが見えるものの、かつての精悍さをとどめた顔。

「怪我、してるじゃない」

 己の声とは思えぬ、か細い声に、女は胸が苦しくなるのを感じた。

「かすり傷だ」
「前の時は、違った」
「そうだな、あのときは、死にかけていた」
「死んだと思った」
「死んだも同然だった」
「なんで今さら」
「ドラゴンの現れるところにお前がいるだろうと思ってさ」

 二人がひしと抱き合ってもう二度と離れないという勢いで唇を重ねるのを見て、シロは不満の声をあげた。

「なんであれでうまくいくんだ」
「ちょっと黙っててもらえますか、もてない君は」
「なん」
 シスターの射るような視線にシロは渋々口をつぐんだ。
 ヒトの恋人同士の振る舞いを観たことがないトロちゃんは、怪訝な顔をしている。トロールにはない愛情表現だからだ。

 あんなことをしたら、めきめきと体にひびが入ってお互い砕け散ってしまうのではなかろうか。

 かつて岩石のように硬い体を持っていたトロちゃんは眉間に皺を寄せてそう考えている。

 そのうち一つに溶け合うのではないかとうっとりと見つめるシスターに想像させた二人の体が、弾かれたように離れた。
「おやあ」
 明らかに、異変が起きていた。リヴァイアは、体を苦の字に折ると、えずき始めた。
「あ、これはまずいですね」シスターが呟いた。
「なんだ、なにが」
「森の魔女は恋をすると、食欲がなくなるんです」
 シロたちが見守るなか、ヘルシが踵を返して猛然と、三人の野次馬に向かって走り出した。
「逃げろ、お前たち、森に逃げろ!」
「え?」

 一人取り残されたリヴァイアが、げえげえと吐き始めた。ごぼごぼと半ば消化されたドラゴンの肉が、溶け残った鱗が、骨が吐き出される。その量たるや――
 三人も森に向けて一目散に駆け出した。シロは途中で腑抜けのようにへたり込んでいるヌー村長を担ぎ上げることを忘れなかった。

 恋を思い出した魔女は、食べたものをすっかり吐き戻した。それには長い時間がかかった。まるで産卵するウミガメのように、涙を流しながら、四つん這いになって吐き続けた。
 すべてが終わった時には、ヌガキヤ村は酸っぱい臭いのする吐瀉物で覆われていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...