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第五章 ヌガキヤ村の惨劇(フルバージョン)
第十七話 ドラゴンの天敵は
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鋭い歯を剥き出しにしたドラゴンの口がシロの上で閉じようとしたその時、横からぶつかってきたものがあった。地面を転がりながら、先ほどまで自分の頭があった辺りで、ドラゴンの強靭な顎ががっちり閉じられる音が聞こえて来て肝を冷やした。
「ぼさっとしない」
今度は腕を掴まれ引っ張られた。一瞬遅れて、ドラゴンの頭がシロがいたはずの空間で歯を打ち鳴らす。
「うわあっ」
恐怖が襲ってくると同時に、ところでこの自分を助けてくれている女性――声に聴き覚えのある――は誰かと横目で見ると
「どんまいシスター!」
「はあ?」
一瞬の気のゆるみをついて、ドラゴンが二人に襲いかかった。
「ちっ」
シスターらしからぬ舌打ち。万事休すと思われたが、青白い光が二人とドラゴンの間に割って入った。
ぶん、と風が感じられるほどの勢いで繰り出された剣が、ドラゴンの鼻先をかすめた。
「あ、あれは?」
「呑気に驚くのは後です」
シスターは驚きの腕力を発揮して、片手でシロの腕を掴んで、もう片方で意識を失って倒れているトロちゃんの襟首をつかむと、二人を安全な茂みまで引きずっていった。
ドラゴンは三人を追ってこなかった。青白い光を発するスレイヤーの剣の猛襲をかわすことに専念しなければならなかったからだ。
「やっぱり、本調子にはほど遠いですねえ。一つ一つの動きに切れがありません」
「誰なんだ、あれは」
シロの問いに、シスターは呆れたような視線をちらと向けた。
「ヘルシさんに決まっているじゃないですか。他にあの剣を扱えるスレイヤーはもう残っていませんから」
「ヘルシ?」
シロの記憶にある酒に溺れがつがつと食らい自堕落な生活のツケがぜい肉となってぶら下がっていた巨漢が、今では長身でがっちりした体形になり、自在に剣を振り回してドラゴンと戦っている。
「すごい、互角だ」
「すごくないですよ。あんなコドモ・ドラゴンと互角だなんて、スレイヤーを名乗る価値もないぐらいです。短期間でダイエットしたのはいいけど、全然体が絞れてないし、動きも緩慢です。でもまあ、昔取ったナントカで、あんなチビドラぐらいは倒すでしょう。かつての英雄の名に懸けて」
「ああ……」
言われて見れば、そうなのだろうとシロは納得しかけて
「あんた、一体何者なんだ」
「シスター・ウーヤです。お忘れですか」
シスターはヘルシとドラゴンの戦いに興味を失ったようで、ぐったり横たわったままのトロちゃんの血まみれの拳の手当てを始めた。
「シスターになる前は?」
「傭兵でした」
「傭兵!?」
「ええ、女では正規の軍隊に入れないので。傭兵です。主に正規軍から見放された国境で、辺境の村が蛮族に襲われるのから守ったり」
「ヨーヘーっておばさんの名前?」
「トロちゃん!」
「あっ、シロ! 無事だったんだね、あ、いててて」
シスターの長いスカートの裾を破ってこしらえた簡易包帯でぐるぐる巻きにされた両の拳を見て、トロちゃんは顔をしかめた。
「なにこれ、いたいよー」
「トロちゃん、人間の体になっているのを忘れて、ドラゴンをボコボコにしたでしょ。ヒトの体はトロールよりうんと脆いんだから、もうそんなことしちゃだめだよ」
「あー、そうだった。わすれてたあ」
それからトロちゃんは、血のにじんだ包帯を見つめながら、べそべそと泣き出した。
「あーん、いたいよー、でもちっぽけで弱っちい人間のシロが無事でよかったよー、ほんとよかったあー、あーいったあーい」
「スレイヤーがコドモ・ドラゴンを仕留めたら、薬草を探してあげますよ」シスターがどこか棘を含んだ声で言った。
「ありがとう、ヨーヘーのおばさ」シロに肘で小突かれたトロちゃんは、はたと気づいて「おねえさん、ありがとうー」と言い直した。
シスターの機嫌はたちどころによくなった。
「んふふふっ。いい子ねーぼうや。というか、あなた年はいくつなのかしら? とにかく、そろそろヘルシさんがカタをつけてくれそうだから、もう少し待ちましょうね、ぼく」
大木が生い茂る森の中では分が悪いこともあり、運動不足の老スレイヤーに苦戦していたドラゴンが、ヘルシが繰り出した強烈な一太刀をまともに食らい、羽のつけ根の辺りが裂けて血を噴き出した。
シロははっとした。先ほど、死を覚悟した近さで覗き込んだドラゴンの金の眼のことを思い出したのだ。あの瞳は、確かに――
「テキサ」
シスターの顔が険しくなった。
「不吉な名前を、口になさいますね」
「知っているのか?」
「わたしはそれはそれは優秀な傭兵だったので、王宮に呼ばれて女性の王族の警護をさせられたことがありました。そこで」
シスターは唐突に言葉を切った。
とどめを刺そうと剣を構え直したヘルシの目の前で、ドラゴンの体から白い煙が立ちのぼり、大きな体がするすると縮んでいく。そして、現れたのは、深手を負った左肩を手で押さえ、反対側の手を地面について苦しそうに息をする、女。長い黒髪は蛇のように蠢き、怒りに燃える瞳を金色に輝かせヘルシをねめつける女は一糸纏わぬ姿であった。
ドラゴンとやりあうことには慣れているスレイヤーだが、予期せぬ展開にしばし呆然とした。
「何見とれてるんです、エロおやじ。早くとどめを」
シスターの鋭い声に我に返ったヘルシよりも、女の方が素早かった。繰り出した鍵爪がヘルシの右肩から胸へと袈裟懸けに切り裂いた。さらに渾身の体当たりをくらって、剣が転げ落ちた。
「テキサ――」
シロはキンシャチで襲われた時の恐怖を思い出し凍り付いていたが、目にもとまらぬ速さで飛び出していったのはシスター・ウーヤだった。
「どおりゃあっ」
見事な飛び蹴りを浴びせて、スレイヤーに馬乗りになって喉首に噛みつこうとしていた女の体を払い落とすと、素早く脇に落ちていた剣を拾いあげて構えた。ヘルシやトロちゃんが手にしたときよりも強い光を放出しはじめた剣。テキサは眩しそうに目の前に手をかざすと
「くそっ、覚えておれ」と捨て台詞を残して、テキサは暗い森の奥に消えていった。
「ぼさっとしない」
今度は腕を掴まれ引っ張られた。一瞬遅れて、ドラゴンの頭がシロがいたはずの空間で歯を打ち鳴らす。
「うわあっ」
恐怖が襲ってくると同時に、ところでこの自分を助けてくれている女性――声に聴き覚えのある――は誰かと横目で見ると
「どんまいシスター!」
「はあ?」
一瞬の気のゆるみをついて、ドラゴンが二人に襲いかかった。
「ちっ」
シスターらしからぬ舌打ち。万事休すと思われたが、青白い光が二人とドラゴンの間に割って入った。
ぶん、と風が感じられるほどの勢いで繰り出された剣が、ドラゴンの鼻先をかすめた。
「あ、あれは?」
「呑気に驚くのは後です」
シスターは驚きの腕力を発揮して、片手でシロの腕を掴んで、もう片方で意識を失って倒れているトロちゃんの襟首をつかむと、二人を安全な茂みまで引きずっていった。
ドラゴンは三人を追ってこなかった。青白い光を発するスレイヤーの剣の猛襲をかわすことに専念しなければならなかったからだ。
「やっぱり、本調子にはほど遠いですねえ。一つ一つの動きに切れがありません」
「誰なんだ、あれは」
シロの問いに、シスターは呆れたような視線をちらと向けた。
「ヘルシさんに決まっているじゃないですか。他にあの剣を扱えるスレイヤーはもう残っていませんから」
「ヘルシ?」
シロの記憶にある酒に溺れがつがつと食らい自堕落な生活のツケがぜい肉となってぶら下がっていた巨漢が、今では長身でがっちりした体形になり、自在に剣を振り回してドラゴンと戦っている。
「すごい、互角だ」
「すごくないですよ。あんなコドモ・ドラゴンと互角だなんて、スレイヤーを名乗る価値もないぐらいです。短期間でダイエットしたのはいいけど、全然体が絞れてないし、動きも緩慢です。でもまあ、昔取ったナントカで、あんなチビドラぐらいは倒すでしょう。かつての英雄の名に懸けて」
「ああ……」
言われて見れば、そうなのだろうとシロは納得しかけて
「あんた、一体何者なんだ」
「シスター・ウーヤです。お忘れですか」
シスターはヘルシとドラゴンの戦いに興味を失ったようで、ぐったり横たわったままのトロちゃんの血まみれの拳の手当てを始めた。
「シスターになる前は?」
「傭兵でした」
「傭兵!?」
「ええ、女では正規の軍隊に入れないので。傭兵です。主に正規軍から見放された国境で、辺境の村が蛮族に襲われるのから守ったり」
「ヨーヘーっておばさんの名前?」
「トロちゃん!」
「あっ、シロ! 無事だったんだね、あ、いててて」
シスターの長いスカートの裾を破ってこしらえた簡易包帯でぐるぐる巻きにされた両の拳を見て、トロちゃんは顔をしかめた。
「なにこれ、いたいよー」
「トロちゃん、人間の体になっているのを忘れて、ドラゴンをボコボコにしたでしょ。ヒトの体はトロールよりうんと脆いんだから、もうそんなことしちゃだめだよ」
「あー、そうだった。わすれてたあ」
それからトロちゃんは、血のにじんだ包帯を見つめながら、べそべそと泣き出した。
「あーん、いたいよー、でもちっぽけで弱っちい人間のシロが無事でよかったよー、ほんとよかったあー、あーいったあーい」
「スレイヤーがコドモ・ドラゴンを仕留めたら、薬草を探してあげますよ」シスターがどこか棘を含んだ声で言った。
「ありがとう、ヨーヘーのおばさ」シロに肘で小突かれたトロちゃんは、はたと気づいて「おねえさん、ありがとうー」と言い直した。
シスターの機嫌はたちどころによくなった。
「んふふふっ。いい子ねーぼうや。というか、あなた年はいくつなのかしら? とにかく、そろそろヘルシさんがカタをつけてくれそうだから、もう少し待ちましょうね、ぼく」
大木が生い茂る森の中では分が悪いこともあり、運動不足の老スレイヤーに苦戦していたドラゴンが、ヘルシが繰り出した強烈な一太刀をまともに食らい、羽のつけ根の辺りが裂けて血を噴き出した。
シロははっとした。先ほど、死を覚悟した近さで覗き込んだドラゴンの金の眼のことを思い出したのだ。あの瞳は、確かに――
「テキサ」
シスターの顔が険しくなった。
「不吉な名前を、口になさいますね」
「知っているのか?」
「わたしはそれはそれは優秀な傭兵だったので、王宮に呼ばれて女性の王族の警護をさせられたことがありました。そこで」
シスターは唐突に言葉を切った。
とどめを刺そうと剣を構え直したヘルシの目の前で、ドラゴンの体から白い煙が立ちのぼり、大きな体がするすると縮んでいく。そして、現れたのは、深手を負った左肩を手で押さえ、反対側の手を地面について苦しそうに息をする、女。長い黒髪は蛇のように蠢き、怒りに燃える瞳を金色に輝かせヘルシをねめつける女は一糸纏わぬ姿であった。
ドラゴンとやりあうことには慣れているスレイヤーだが、予期せぬ展開にしばし呆然とした。
「何見とれてるんです、エロおやじ。早くとどめを」
シスターの鋭い声に我に返ったヘルシよりも、女の方が素早かった。繰り出した鍵爪がヘルシの右肩から胸へと袈裟懸けに切り裂いた。さらに渾身の体当たりをくらって、剣が転げ落ちた。
「テキサ――」
シロはキンシャチで襲われた時の恐怖を思い出し凍り付いていたが、目にもとまらぬ速さで飛び出していったのはシスター・ウーヤだった。
「どおりゃあっ」
見事な飛び蹴りを浴びせて、スレイヤーに馬乗りになって喉首に噛みつこうとしていた女の体を払い落とすと、素早く脇に落ちていた剣を拾いあげて構えた。ヘルシやトロちゃんが手にしたときよりも強い光を放出しはじめた剣。テキサは眩しそうに目の前に手をかざすと
「くそっ、覚えておれ」と捨て台詞を残して、テキサは暗い森の奥に消えていった。
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