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第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
第五話 どんまい食堂
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少年時代に都会からやってきた新聞記者に囲まれてあれこれ質問を受けたことは、シロにとっては忘れてしまいたい思い出だった。そういえば、記者の傍らでシロの顔をちらちら見ながら、無言でペンを走らせていた男もいた。あれが画家だったのだ。
新聞がヌガキヤ村に届けられるのは、三ヶ月に一度だ。シロは新聞記事をネタに村の者に冷やかされるのが嫌で、その期間は山に籠っていた。それでも、話題に乏しい田舎のことであるから、その記事が発行されてから数年間は、何かと持ち出され、結局シロはさんざんからかわれた。
「この少年のように正直に生きなさい、とここキンシャチでもいまだに語り継がれているのですよ。私も、信徒に説教する際に言及することがある」
神父は感慨深げに言った。シロはただ判別不能な言葉を口の中で呟くことしかできなかった。先に「教区の人達にもスレイヤーについて何か知らないか訊いておこう」と全面的な協力を約束してくれた親切な彼の瞳は、今や興奮のためかギラギラ光っており、シロを怯えさせた。
「何かわかったら、君の滞在先のハッチョ屋さんに伝えておくから」
と肩を叩かれ送り出された背後で、神父が教区の人々に「あの蝦茶色の半纏の若者」が何者かという話を上ずった声でしているのが聞こえて来て、いたたまれなくなったシロは走って逃げた。後ろは決して振り返らずに。
神父から教えてもらったどんまい食堂があるのは北東の外れ。現在街の東部にいるシロは、そのまま北上すればいいはずだった。歓楽街の東の端に当たる部分を縦断しながら垣間見た限りでは、まだ午後の早い時間帯であるせいか、人通りは少ない。まだ開店前で閉ざされている店が多いためだが、それでもどことなく退廃した雰囲気は肌の露出の多い女性の描かれた看板などから伺えた。
大豆畑に囲まれた四つ辻で出会った魔法使いの言葉を思い出したシロは、悪徳と誘惑が蔓延っていそうな場所にはあまり近づきたくないものだと思う。どんまい食堂に行けば見つかるというドラゴン・スレイヤー(元スレイヤー?)から有力な情報を得る、あるいは現役スレイヤーに紹介してもらうことができれば、将来有望な学生を堕落させるという酒場には行かなくても済む。
しかし『どんまい食堂』とは一体どういうネーミングか。
神父の書いてくれた地図を基に、閑散とした歓楽街の路地裏の更に奥へと進む。この辺りの店の扉が閉ざされているのは、開店前だからというより廃墟になっているからだろう。店の前も歩道もゴミだらけで動物の死骸と思しき物体も転がっている。壁一面に色とりどりの塗料で意味不明の落書きがされていたり、壁にもたれかかって死んだように眠っているボロボロの身なりの男がいたりと完全なスラム街の様相。煙草とは異なる独特の臭いも漂っていて、煙を吐き出す男の目は濁り、だらしない笑みを浮かべている。
シロは重い木材や炭を担ぐ炭焼きで屈強な体をしているが、それでも金貨十枚という大金を身に着けていることもあり、不安を感じずにはいられなかった。
「お兄さん、男前だね。遊んでいかない? 安くしとくよ」
老婆にしか見えない女がシロに声をかけてきたが、周りの男から卑猥な野次(「お前の方が金を払ってのっからせてもらうべきだろう婆さん」「まずは蜘蛛の巣をとっぱらわないとな」)があがり、女の注意がそちらに向けられ罵り合いを始めたのをこれ幸いと、シロは先を急いだ。
どんまい食堂は細くじめじめした路地裏を抜けた一角にあった。元は倉庫か何かだったのだろう、大きな煉瓦造りの建物は古ぼけてはいるが、壁に落書きはなく、周辺にもゴミは落ちておらず、清潔な印象を受ける。どこからか拾ってきたらしい板切れに、赤い塗料で『どんまい』と書かれている。垂れて固まった塗料が血の跡のように見えなくもない。
入口付近で煙草を吸っている男が数名。いずれもやせ細っており、食堂で提供される食事では足りないのだろうか、とシロは訝しがる。ドアは解放された状態で固定されており、『どなたもお入りください。決してご遠慮はいりません』と別の看板に書かれている。なんとなく落ち着かない気持ちになりながら、シロは中に入った。
中はだだっ広く、木製の細長いテーブルがいくつも並んでいた。既に昼時は過ぎているからか、テーブルに着いているまばらな客は食事をしているというよりは、突っ伏して寝ていたりカード遊びに興じていたり、ただ時間を潰しているように見える。
「どんまい、どんまいです!」
「うわっ」
化粧っ気のない顔の若い女から、いきなり背中をしばかれたシロは面食らってその場に凍り付く。
「その半纏、知ってます。鍋でぐらぐら煮立った危険極まりない食べ物を好むナガミ村の郷土料理のお店ですよね。一体何をして首になったんですか?」
女は満面の笑みで言う。
「はい?」
「大丈夫、そういうことって、長い人生ではままありますよ。どんまいです!」
どう見てもシロより年下の女は、またシロの背中をばしっと叩いた。
新聞がヌガキヤ村に届けられるのは、三ヶ月に一度だ。シロは新聞記事をネタに村の者に冷やかされるのが嫌で、その期間は山に籠っていた。それでも、話題に乏しい田舎のことであるから、その記事が発行されてから数年間は、何かと持ち出され、結局シロはさんざんからかわれた。
「この少年のように正直に生きなさい、とここキンシャチでもいまだに語り継がれているのですよ。私も、信徒に説教する際に言及することがある」
神父は感慨深げに言った。シロはただ判別不能な言葉を口の中で呟くことしかできなかった。先に「教区の人達にもスレイヤーについて何か知らないか訊いておこう」と全面的な協力を約束してくれた親切な彼の瞳は、今や興奮のためかギラギラ光っており、シロを怯えさせた。
「何かわかったら、君の滞在先のハッチョ屋さんに伝えておくから」
と肩を叩かれ送り出された背後で、神父が教区の人々に「あの蝦茶色の半纏の若者」が何者かという話を上ずった声でしているのが聞こえて来て、いたたまれなくなったシロは走って逃げた。後ろは決して振り返らずに。
神父から教えてもらったどんまい食堂があるのは北東の外れ。現在街の東部にいるシロは、そのまま北上すればいいはずだった。歓楽街の東の端に当たる部分を縦断しながら垣間見た限りでは、まだ午後の早い時間帯であるせいか、人通りは少ない。まだ開店前で閉ざされている店が多いためだが、それでもどことなく退廃した雰囲気は肌の露出の多い女性の描かれた看板などから伺えた。
大豆畑に囲まれた四つ辻で出会った魔法使いの言葉を思い出したシロは、悪徳と誘惑が蔓延っていそうな場所にはあまり近づきたくないものだと思う。どんまい食堂に行けば見つかるというドラゴン・スレイヤー(元スレイヤー?)から有力な情報を得る、あるいは現役スレイヤーに紹介してもらうことができれば、将来有望な学生を堕落させるという酒場には行かなくても済む。
しかし『どんまい食堂』とは一体どういうネーミングか。
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シロは重い木材や炭を担ぐ炭焼きで屈強な体をしているが、それでも金貨十枚という大金を身に着けていることもあり、不安を感じずにはいられなかった。
「お兄さん、男前だね。遊んでいかない? 安くしとくよ」
老婆にしか見えない女がシロに声をかけてきたが、周りの男から卑猥な野次(「お前の方が金を払ってのっからせてもらうべきだろう婆さん」「まずは蜘蛛の巣をとっぱらわないとな」)があがり、女の注意がそちらに向けられ罵り合いを始めたのをこれ幸いと、シロは先を急いだ。
どんまい食堂は細くじめじめした路地裏を抜けた一角にあった。元は倉庫か何かだったのだろう、大きな煉瓦造りの建物は古ぼけてはいるが、壁に落書きはなく、周辺にもゴミは落ちておらず、清潔な印象を受ける。どこからか拾ってきたらしい板切れに、赤い塗料で『どんまい』と書かれている。垂れて固まった塗料が血の跡のように見えなくもない。
入口付近で煙草を吸っている男が数名。いずれもやせ細っており、食堂で提供される食事では足りないのだろうか、とシロは訝しがる。ドアは解放された状態で固定されており、『どなたもお入りください。決してご遠慮はいりません』と別の看板に書かれている。なんとなく落ち着かない気持ちになりながら、シロは中に入った。
中はだだっ広く、木製の細長いテーブルがいくつも並んでいた。既に昼時は過ぎているからか、テーブルに着いているまばらな客は食事をしているというよりは、突っ伏して寝ていたりカード遊びに興じていたり、ただ時間を潰しているように見える。
「どんまい、どんまいです!」
「うわっ」
化粧っ気のない顔の若い女から、いきなり背中をしばかれたシロは面食らってその場に凍り付く。
「その半纏、知ってます。鍋でぐらぐら煮立った危険極まりない食べ物を好むナガミ村の郷土料理のお店ですよね。一体何をして首になったんですか?」
女は満面の笑みで言う。
「はい?」
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