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人柱
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人柱を立てようと言い出したのは、ケイイチの父親だった。
「今時、人柱だなんて……」
ケイイチは渋い顔をした。
「レトロブームなんだよ。こういうものは、四、五百年に一度ぐらいの周期でリバイバルが来るものなんだ。ファッションだってそうだろう?」
「ミニスカートやげじげじみたいなつけ睫毛人気が再燃するのとはわけが違うだろう」
ケイイチは必死に説得を試みたが、意外に迷信深い父親は聞き入れなかった。なにしろ、建設を予定している二世帯住宅の資金を出すのは父なのだ。新婚で妊娠中の妻はパートに出ることもできず、ケイイチ一人の収入ではとてもマイホームなど手がだせないのだ。
渋々承知したケイイチに、人柱の手配はお前に任せる、と父は言った。
「まったく、気楽に人柱を探して来いなんて言わないでほしいよ」
新妻のユミと二人で暮らすアパートに戻ったケイイチは、そう愚痴をこぼした。
「あら、素敵じゃない。今流行ってるのよ。人柱」
ユミは大きなお腹をさすりながら、あっさりと言った。
「お前までそんなことを言うのか。人を、う、埋めるんだぞ。生きたまま。新築する家の無事と繁栄を祈願して」
「バカねえ、いくらなんでも、そんな昔ながらの残酷な方法はとらないわよ」
「そうなのか?」
「当たり前じゃないの。事前に薬を投与するのだそうよ。こと切れたのを医師が確認してから埋め立てるの。だから、苦しまなくて済むんですって」
「そういうものなのか。でも、なんだ、その、祟りとかあったら、嫌じゃないか。そのう、亡くなった人の上に建てた家に暮らすんだぞ」
ユミはぷっとふきだした。
「あなたって怖がりね。そんな祟るような人は選ばれないのよ。今は人柱も人材派遣会社に登録してるから、適正な柱を紹介してくれるはずよ」
「そうなのか」
人柱を紹介してもらうのはやはり大手の人材派遣会社がよいだろうということで、業界シェアナンバーワンという謳い文句の人柱.comに登録し、マッチングをしてもらった。手続きは全てオンラインで済ませることができ、ケイイチとユミは相談して、五十七歳元会社員の男性を選んだ。現在キャンペーン中ということで、特別価格の八十万円で契約が結ばれた。彼は、新居の建築の着工日の三日前から断食を始め、身を清めるのだという。
「やっぱり、気が咎めるなあ」
ケイイチは自宅のノートパソコンを閉じて、溜息をついた。
「何言ってるの。彼のプロフィールと志望動機を見たでしょう。五十七歳で務めていた会社が倒産、退職金も貰えず、この年齢では転職も難しい。病気がちの妻と子供のために志願したって。泣けるじゃない」
「そうはいってもなあ」
身を粉にして働いて、仕事がなくなれば用済み、というのは、まだ三十代とはいえケイイチには身につまされる思いがした。
「そもそもこれは、政府推奨の『早期安楽死キャンペーン』に一役買うんですからね。この人柱さんは、派遣会社からの報酬(契約金の三割)だけでなく、六十歳前の安楽死に同意し、超高齢化社会の緩和に協力することになるから、遺族は特別年金として一千万もらえるの。お得よね」
「そうかなあ」
少子高齢化を打開する抜本的対策、すなわち出生率を上げることに失敗した政府は、かわりに高齢者を減らすことに力を入れ始めた。放っておけば九十歳、百歳と生き続け医療費や介護費、年金などの財源を食いつぶす彼らの削減を目的に法の改正がどんどん進んだ結果の産物、それが人柱制度の復活なのだった。
人柱を埋める作業が無事完了したと建設会社から連絡を受けた数日後、ケイイチ宛に手紙が届いた。差出人は、人材派遣会社名になっていたが、中身はケイイチの新居のために人柱となった男性からの直筆の手紙だった。便箋五枚にびっしり、人柱として選択してもらえたことに対する感謝と、お陰で妻と子にささやかな遺産を残せることの喜びと感謝、最後に、あなたの恩に報いるために立派な人柱になります、と達筆で綿々と綴られていた。ケイイチはそれを読んで、泣いた。
ケイイチの新居が完成したのは、それから半年後のことである。
「今時、人柱だなんて……」
ケイイチは渋い顔をした。
「レトロブームなんだよ。こういうものは、四、五百年に一度ぐらいの周期でリバイバルが来るものなんだ。ファッションだってそうだろう?」
「ミニスカートやげじげじみたいなつけ睫毛人気が再燃するのとはわけが違うだろう」
ケイイチは必死に説得を試みたが、意外に迷信深い父親は聞き入れなかった。なにしろ、建設を予定している二世帯住宅の資金を出すのは父なのだ。新婚で妊娠中の妻はパートに出ることもできず、ケイイチ一人の収入ではとてもマイホームなど手がだせないのだ。
渋々承知したケイイチに、人柱の手配はお前に任せる、と父は言った。
「まったく、気楽に人柱を探して来いなんて言わないでほしいよ」
新妻のユミと二人で暮らすアパートに戻ったケイイチは、そう愚痴をこぼした。
「あら、素敵じゃない。今流行ってるのよ。人柱」
ユミは大きなお腹をさすりながら、あっさりと言った。
「お前までそんなことを言うのか。人を、う、埋めるんだぞ。生きたまま。新築する家の無事と繁栄を祈願して」
「バカねえ、いくらなんでも、そんな昔ながらの残酷な方法はとらないわよ」
「そうなのか?」
「当たり前じゃないの。事前に薬を投与するのだそうよ。こと切れたのを医師が確認してから埋め立てるの。だから、苦しまなくて済むんですって」
「そういうものなのか。でも、なんだ、その、祟りとかあったら、嫌じゃないか。そのう、亡くなった人の上に建てた家に暮らすんだぞ」
ユミはぷっとふきだした。
「あなたって怖がりね。そんな祟るような人は選ばれないのよ。今は人柱も人材派遣会社に登録してるから、適正な柱を紹介してくれるはずよ」
「そうなのか」
人柱を紹介してもらうのはやはり大手の人材派遣会社がよいだろうということで、業界シェアナンバーワンという謳い文句の人柱.comに登録し、マッチングをしてもらった。手続きは全てオンラインで済ませることができ、ケイイチとユミは相談して、五十七歳元会社員の男性を選んだ。現在キャンペーン中ということで、特別価格の八十万円で契約が結ばれた。彼は、新居の建築の着工日の三日前から断食を始め、身を清めるのだという。
「やっぱり、気が咎めるなあ」
ケイイチは自宅のノートパソコンを閉じて、溜息をついた。
「何言ってるの。彼のプロフィールと志望動機を見たでしょう。五十七歳で務めていた会社が倒産、退職金も貰えず、この年齢では転職も難しい。病気がちの妻と子供のために志願したって。泣けるじゃない」
「そうはいってもなあ」
身を粉にして働いて、仕事がなくなれば用済み、というのは、まだ三十代とはいえケイイチには身につまされる思いがした。
「そもそもこれは、政府推奨の『早期安楽死キャンペーン』に一役買うんですからね。この人柱さんは、派遣会社からの報酬(契約金の三割)だけでなく、六十歳前の安楽死に同意し、超高齢化社会の緩和に協力することになるから、遺族は特別年金として一千万もらえるの。お得よね」
「そうかなあ」
少子高齢化を打開する抜本的対策、すなわち出生率を上げることに失敗した政府は、かわりに高齢者を減らすことに力を入れ始めた。放っておけば九十歳、百歳と生き続け医療費や介護費、年金などの財源を食いつぶす彼らの削減を目的に法の改正がどんどん進んだ結果の産物、それが人柱制度の復活なのだった。
人柱を埋める作業が無事完了したと建設会社から連絡を受けた数日後、ケイイチ宛に手紙が届いた。差出人は、人材派遣会社名になっていたが、中身はケイイチの新居のために人柱となった男性からの直筆の手紙だった。便箋五枚にびっしり、人柱として選択してもらえたことに対する感謝と、お陰で妻と子にささやかな遺産を残せることの喜びと感謝、最後に、あなたの恩に報いるために立派な人柱になります、と達筆で綿々と綴られていた。ケイイチはそれを読んで、泣いた。
ケイイチの新居が完成したのは、それから半年後のことである。
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