怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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白い背中の女(1)

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 目つきの鋭い男だった。
 男に見つめられると、その子は落ち着かない気がした。
 まるで、着物を透かしたその子のか細い肢体はもちろん、心の中まで覗き込まれているように思えたからだ。

 実際にはそんなことはなかった。

 男が興味を持っていたのは、その子のきめ細やかな皮膚。着物を剥いだ、表面的な部分に留まっていた。
 たまに、父親の言いつけで酒を買いに行ったときになど、町中ですれ違う際に、男はねっとりとからみつくような、それでいて獲物を射すくめる猛禽類のような視線でその子を上から下まで眺めまわすのだったが、それだけだった。
 男はその子に話しかけようとはせず、その子も男の顔を見れば、顔を伏せて逃げ出すのが常だった。

 やがて成長したその子は、十八歳。控えめながらほどほどに美しい娘に成長したが、いかんせん奥手であった。酒に呑まれて寝付いてしまった父親の世話をしながら、それでも初めての男ができた。
 男、といっても相手も真面目一方であったから、お互い見つめ合うだけでぽーっとなるような微笑ましい関係がようやくスタートしたところだった。二人とも、同じ工場に勤めており、仕事帰りには、男が自転車を押しながら娘と肩を並べて家まで送る仲睦まじい姿が見られるようになった。
 男は背が高くがっしりした体つき。無口で男ぶりがよかった。娘は、少女時代のほっそりした体にいくらか肉をつけて、却ってしなやかさを増していた。器量は十人並よりちょいと上ぐらいだが、抜けるように色が白く、きめ細やかな肌が美しかった。

 ある日、恋仲の男が残業のため女が一人で工場から戻ると、あばら家に客があった。それは、あの目つきの鋭い男であった。父親は敷きっぱなしの布団の上に胡坐をかいていたが、なぜだか娘の方を見ようとしない。

 お前は、おれに買われたのだ、と男は言った。

 男の言葉を理解する前に、娘は男に手首を掴まれ、あばら家から引きずり出された。父親に助けを乞うても、彼は最後まで娘と目を合わせようとしなかった。
 目つきの鋭い男から道すがら聞かされたことによると、娘の父親に彼女をもらい受けたい旨提案したところ、あの娘は働けなくなった自分の面倒を見させるのだから駄目だという。そこで、それ相応の金を積んだところ、やれそれでは少ない、もう一声などの交渉の末、父親は娘を男に渡すことに同意した。

 だから、今日からお前はおれの女なのだ、と男は言った。自分の女には、なにをしてもいいのだ、と。

 男の家は町外れにあった。なんでも、男の両親が感冒で相次いで亡くなってから、その遺産を食いつぶしながら何もしないで暮らしているのだということを、娘もうっすらとしっていた。
 昔は羽振りがよかったのだろうと思わせる家だった。
 手伝いの婆さんが一人いて、男が子供の頃の乳母だったという。老いた乳母は目を丸くして、嫌がる娘の手を引いて強引に離れの座敷に連れ込むのを見送った。

 その部屋は板張りで、診療所にあるような、薄い布団が敷かれた寝台が中央にあった。そこに背中から突き飛ばされた女は、うつ伏せに寝台に反身を載せる形になった。
 男のがっしりした手が伸びて、工場の制服である白いブラウスの襟首をつかみ、背中を剥き出しにした。ぴっちり止めていたボタンは、半分以上千切れ飛んだ。
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