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駿と光一の高校生時代その2

そして二人は親友に/佐々島駿

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    光一は腕を離して優しく語りかける。俺は相変わらず俯いたまま目を合わせられずにいる。

「嫌じゃないのかよ」
「何が?」
「だから……俺が……その……」

    改めて言葉にするのが怖くて歯切れの悪い返事しか出てこない。すると光一は俺の言いたいことを察してくれたようだ。

「……まあ、びっくりはしてるけど。でも嫌とか全く思ってねーから」

    嘘がつけない人間の言葉ほど信用できるものはない。真っ直ぐにそう告げられて俺は少し胸のつっかえが取れた。

「とにかく座れよ」
「……わかった」

    促されるまま座ると光一は言葉を選びながら語りかける。

「えーと、まずどこから聞けばいいんだ……? 一応確認だけど、ゲイって、男が好きな男ってことだよな?」
「……ああ」
「女子は好きじゃない?」
「別に嫌いじゃないけど、恋愛感情は持たないし性的な魅力も感じない」
「マジか……」

    光一は信じられないといったような反応を見せる。そりゃあ女子が大好きな普通の男からしてみれば異常に映るだろう。しかし分からないなりに精一杯理解をしようとする光一の姿勢に嬉しさと申し訳無さがない交ぜになった複雑な心境となる。

「このこと他に誰か知ってる?」
「いや、いない……誰にも話したことはない」
「そっかぁ……」

    うーんと腕を組んで何かを考える光一。時計の長針の音がやけにうるさく聞こえる。俺から切り出したんだから俺が話さないとだろ。これ以上光一を困らせるなと己の尻を叩く。

「こ、光一は……」
「ん?」

    舌が乾いてうまく言葉が出てこない。なんとかしなければとテーブルのコップを取って勢いよく傾け中身を一気に喉に流し込んだ。「大丈夫か」と心配そうな光一に無言で頷く。

「光一は、俺を親友だと言ってくれただろ」
「う、うん」
「……俺はそれが苦しかった。俺も同じだと返したいのに、俺にはずっと秘密にしている本当の姿があって、騙しているような気持ちだった」

    光一は何も言わずに俺の言葉を待つ。

「光一は嫌じゃないって言ったけど、もし嫌だったらどうなってた? ずっと親友だと思ってた相手がそんな奴だと知ったら、裏切られたって思うし、そう思ってしまう自分のことも嫌になるかもしれない」
「……」
「最近はそういうのに寛容な風潮だけど、寛容でいることを強要させるのは違うと思う。嫌いなら嫌いでいいし、本当は嫌なのに受け入れるのが正しいと思い込んで無理して友人関係を続ける必要はない……と思う」
「駿は……おれが無理して受け入れようとしてるって言いたいの?」
「そこは……疑ってない。お前嘘つけないだろ」

    俺が断言すると光一はよくわかってるなと笑う。その反応に少しほっとする。

「カミングアウトって相手に寛容さを押し付ける側面があると思う。『あなたは私を否定しませんよね』っていう圧があって、否定されたら被害者面して、そういうのなんていうか、傲慢だと思って……。だから誰にも言いたくなかった。でも、傲慢だってわかってても光一には受け入れて欲しかった。本当の、親友になりたかったから」

    言いたいけど言いたくない。相反する気持ちの波がぶつかり合ってそれに溺れて窒息しかけて、何も考えられずに栓を一つポンと抜いたらとめどなく言葉が溢れた。

「おれ、駿のことずっと親友だと思ってた。でも、駿のこと何にも分かってなかったんだな」
「お前が気にすることじゃない。黙ってたら普通は誰も気付かない」
「じゃあさ、今日から本当の親友だな!」
「……!」

    屈託のない笑顔で笑う光一が一際眩しく見えた。日陰に籠もっていた俺を問答無用で引き摺り出すような光。本当にこいつには敵わない。

「めっちゃびっくりしたけど、でもなんか納得したっていうかさ、結構すんなり飲み込めたんだよな」
「納得?」
「だって女子にモテるのが嫌な男なんていないだろ!」
「……ほんと単純だな」

    本当にブレない奴だなと呆れつつもその変わらない態度に安堵する。気持ちに余裕が出てきたところで兼ねてからの疑問を投げかける。

「……一つ聞きたいんだけど、いつから親友だと思ってたんだ?」
「ん~いつだっけ? 気付いたら?」
「適当だな」
「どうでもいいだろそんなこと~」

    光一はベッドに横たわると大きく伸びをする。ようやく俺も緊張が解けたようで力が抜けた。

「てかおれが一番気にしてたのはさ~、駿がおれのこと好きなんじゃないかってことだったんだけど」
「ええ?」
「だってもしかして告白かなって思うじゃん!」
「まあそれもそうか……」

    光一は内心いつ告白されるのかドキドキしていたらしい。なのにやけに真剣な話をされたから「あ、そういうのじゃないんだ」と拍子抜けしていたそうだ。

「因みに告白されたらどうしてたんだ」
「それは丁重にお断りするしかないなって思ってたけど、でもおれ告白されたらすぐ好きになっちゃうんだよなぁ~」
「男相手にはならんだろ流石に」

    なんで俺がこんな台詞を言わなくちゃならないんだ。言ってて悲しくなるわ。

「あ、そういや駿さ、おれの恋バナ共感できないって言ってたよな」
「ああ」
「でもおれこれからも駿とそういう話したいんだよな~。共感しなくていいから聞いて欲しいな」
「まあ、そういうことなら……」
「代わりに駿の恋バナも聞くから!」
「はあ!?」

    予想外の展開に目が点になる。光一はニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら問い詰める。

「てか聞かせろよ、タイプ誰?」
「なんで興味津々なんだよ」
「初恋いつ?」
「うるせぇ! 言わねぇ!」

    年頃の男子高校生はどうしてこう他人の恋愛話を聞きたがるんだ。そもそも俺は男女とか抜きで恋バナが苦手なんだ。抵抗する俺に「教えろよ~」と光一は駄々をこねる。

「男の趣味聞いて何が面白いんだよ」
「駿が面白いから駿のことならなんでも面白いだろ」
「わけわかんねー……」
「いっこだけでいいから!」
「……じゃあ一つだけ」
「よっしゃー!」

    何がそんなに楽しいんだ。こうなった光一は梃子でも動かないから仕方なく折れる。

「俺のタイプは自分より背がデカくて体格が良い奴。以上。」
「自分より!? そんなやつ存在すんのかよ」
「だから困ってる」
「だろうな……てかおれと正反対じゃん」
「小学生は流石にな……」
「誰が小学生だ!」

    光一は枕を投げ、不意打ちのそれは俺の顔面に見事にクリーンヒットする。見たことかとげらげら笑う男は正に小学生そのものだった。

「で、初恋はいつ?」
「一つだけって言ったろうが!」
「一回やっちゃえば何回やっても同じだから」
「怪しい言い方すんな」

    数分前の地獄のような空気が嘘みたいに、おかしいくらいいつも通りだった。本人は多分無自覚だろうが気を遣ってくれているのだろう。きっとこれからも俺たちは変わらずこうしてバカみたいな話をして過ごすのだという未来が見えて、ひどく安心する。

「言い忘れてたことがあった」
「何?」

    枕を投げ返すと光一は驚きながらもがしっとキャッチする。

「ありがとう。光一と出会えて良かった」
「……なんだよ照れくせーな!」
「いって!」

    またしても枕が俺の顔面に激突した。痛みで涙が出そうだ。

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