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冥界の剣

第十一話 紙芝居屋ヨウゼツ

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 昼食と洗い物を済ませた後、クガイはいつもの赤い羽織ではなく隠れ家にあった藍色の外套と木綿の襟巻、それに編み笠を被って簡易的な変装を行った。これから夢現街を中心に外の様子を確かめに行くためだ。

「日が落ちる前に戻ってくらあ」

 心配そうなクムと反対にまったく心配する様子のないハクラに見送られて、クガイは昼間からふらふらと散歩している遊び人のような気楽さで隠れ家を後にする。
 夢現街の中にいる間は、タランダの隠れ家の居候として住人達からある程度距離を置かれるが、夢現街の外へ一歩出れば話は変わってくる。あくまで夢現街の中に限って、クガイは情報収集と偵察を兼ねた散策を行っていた。

「明日明後日には情報が入るとはいえ、こちらから仕掛けられねえってのは性に合わなくっていけねえ。辛抱のしどころだな。……ん?」

 隠れ家から夢現街の西の端まで歩いたクガイは、空き地で催されている紙芝居に目を止めた。
 足を止めている人間の数はそう多くはない。ほとんどは子供だが、老夫婦や熟年の男女もちらほらといる。紙芝居の前に購入した飴や饅頭、焼き菓子などを頬張っている。
 いささかならず退屈を感じていたクガイは、クムに土産話の一つでも持ち帰ろうと紙芝居の見物客の一番後ろまで進んだ。

 紙芝居は半ばまで物語が進んでおり、色彩豊かな道化めいた衣装に身を包んだ青年が熟練の技を感じさせる弁舌で一枚、また一枚と紙をめくって物語を進めてゆく。
 紙芝居の青年は、クガイとそう年齢は変わるまい。しかしながらけばけばしい衣装や派手に飾った紙芝居舞台に隠れているが、青年自身が物語か絵画の中から飛び出てきたような典雅な美貌の主であった。
 毛先に行くにつれて薄桃色に変わる長い白髪と、長く細い睫毛が生え揃う瞼の奥にある紫の瞳は青年に神秘的な雰囲気を与え、名人の筆をもってしても再現は困難を極める鼻梁や輪郭の線など、もはや芸術、それも神域だ。

「絵の題材になるか、役者にでもなった方が楽に食っていけそうな兄ちゃんだな」

 別に悪意はないのだが、本人が耳にしたら気を悪くしそうなクガイの感想であった。
 クガイの感想はどうあれ紙芝居は止まらない。
 途中からの参加であったが、物語の概要は世界中の宝を手に入れようとするある男が、時に山河を越えて雲の上に至る大冒険や、はたまた秘境の部族や邪神教団を相手に大立ち回りを演じ、時には詐欺めいた舌戦の果てに目的の宝を手に入れてゆく、という筋立てだ。
 物語を知らない者でもすぐに理解できる題材だろう。分かりやすいが、その分、演者の力量が求められる内容だ。

 そして青年の力量は見事という他ない。まるで声そのものに魔法が掛かっているかのように、見る者、聞く者の心をどんどんと引き込んでゆく。どうして観客が十人にも満たないのか、不思議な程だ。
 知らずクガイも口を閉じて青年の繰り広げる物語に神経を集中している。

「……かくて青年は欲した財宝の全て手に入れて、一代で途方もない財を築き上げたのだった。青年自身の物語はひとまずこれにておしまい、おしまい」

 深く、広く、高く、低く、七色の変化をする青年の声が紙芝居の終わりを告げると、観客達は一様に名残惜しさを顔に出す。

「青年はやがて年を取り、老人となって寿命を迎えた。これまでの冒険で多くの恨みを買ってきた彼が誰かに殺されるでもなく、病を得るでもなく天命を全うしたのは実に幸運だった。
 そうして彼自身の物語は終わりを迎えたけれど、彼の残した財宝を巡る新たな物語のはじまり、はじまり」

 青年は数拍の間を置いて観客達に休憩を取らせ、同時に自分は場面転換の為の間を取る。一つ、深く息を吐いて吸った青年が、声色を新たに変えて紙芝居を再開する。

「無限に美酒の湧き出る壺、人を乗せて自在に飛び回る雲、食べても減らない肉塊、黄金の卵を産む鶏、神をも屠ったという魔剣……彼の財宝を一つ一つ上げていったら、何度太陽が昇り、月が顔を見せても終わることはないだろう。
 彼は財宝を秘密の場所に隠し、それを友にも妻にも教えなかった。彼の死後、誰もが彼の隠された財宝を求めた。探せ! 千年の時を費やしても使いきれぬ黄金が! 天下無双の力を得られる神剣魔剣が! 世に二つとない宝達が眠っているぞ!」

 クガイは青年の弁舌の巧みさと声色に籠る熱量に舌を巻いた。観客ばかりかクガイもまた目の前に黄金や宝石の山が無造作に積まれ、一つでも財を成す装飾品の数々の幻を垣間見たからだ。
 紙芝居の中にも財宝の絵は描かれているが、特別に優れた技量というわけではない。いくらか絵を学んだ者なら誰でもかける程度の技量で描かれた、誰もが思い描くような財宝の山が紙の上に描かれている。

「隠し財宝を求めた在る者はあらゆる山の頂を登り、海の底をさらい、ついに財宝のありかを見つけ出し! ああ、しかし、財宝は容易には手に入らない。財宝の蔵は見つかっても、蔵を開く為の鍵がないのだ!
 隠し場所を見つけたら今度は鍵! 既に遺産に関する手掛かりは調べ尽くした後だったから途方に暮れる彼らだったが、ある手掛かりに目をつけた。
 彼は子供を持たなかった。だが、それは正妻との間の話だけだったのだ! 彼は冒険の折々に魅力的な美女達と出会い、多くの子供が居たのだ。ならば、蔵の鍵かあるいは在りかを密かに子供達に伝えているかもしれない」

 クガイは次に青年の口から発せられた言葉に思い当たる節がありすぎて、思わず険しい表情となる。

「とある街でその女の子は一人で屋台を営んで暮らしていた。慎ましく、人を騙さず、誠実に、善人の見本のような少女に、隠し財宝を求める欲望に塗れた悪漢達の手が伸びる! 無力な少女は哀れ、抗う術もなく悪漢達に手に落ちる筈だった!
 しかし、世に悪の蔓延った例なし。無力な少女を守る為、二人の男女が立ち上がった! 氷雪に閉じ込められた霊峰を下りて街を訪れていた白い女戦士、そして風の吹くまま気の向くまま自由に生きる風来坊!」

 青年が紙芝居の紙を入れ替えると、クム、ハクラ、クガイの特徴を捉えた人物の描かれたものへと変わる。クムを中心に左右をハクラとクガイが守り、三人を黒塗りの人影達が包囲して襲い掛かろうとしている場面だ。

「ああ、少女と善意の守り手達の行く末やいかに! 待て、次回!! ……さあ、さあ、ヨウゼツお兄さんの紙芝居、本日はここまで、ここまで。続きはまた明日、この広場で。たっくさん、お菓子を買って私の懐を温めておくれよ」

 語り終えた余韻もろくにないまま、ヨウゼツと名乗った紙芝居屋の青年は物語の続きをせがむ観客達ににこやかな笑みを向けたまま、テキパキと紙芝居の舞台を片付けてゆく。
 緑地に蔓草模様の風呂敷に紙芝居の舞台を包み、お菓子やお金の入った取っ手の付いた木箱を手に、そそくさと空き地を後にしてゆく。
 ヨウゼツが去るのに合わせ、観客達も棒状の飴や饅頭を頬張りながら空き地を後にしてゆく。クガイは最後まで空き地に残っていたが、意を決して、ヨウゼツの後を追うことにした。

「誘いにしては露骨だが、どこの誰ともわからん奴だと見くびった上でなら、油断につけ込めるが……」

 場合によってはクム達への土産話は一つだけでは済まなくなるだろう。
 ヨウゼツはクガイの尾行に気付いていないのか、足取り軽やかに夢現街を西へと抜ける小さな路地に入り、とても整理されているとは言い難い道をうねうねと進んでゆく。
 夢現街内部とその近隣は治安のよい場所だが、ヨウゼツは意図的にそういった地区から離れているようだ。クガイの疑念はますます深まっている。

 ヨウゼツは今にも崩れそうな四階建ての楼閣へと足を踏み入れた。漆喰は剥がれ落ち、柱の塗装は剥げているし、屋根や窓も破れ放題だ。
 大浸食による混乱の煽りを受けて放棄され、そのまま再建されなかった建物は、この楽都のいたるところに存在している。中には悪霊や妖怪の類が住み着いて、問題となっている建物もある。

「雰囲気のある場所を選んだもんだ」

 楼閣の玄関時点では悪霊の放つ妖気や、大浸食以降の残留瘴気は感じられない。姿の見えない鴉の鳴き声が、いっそう不気味な雰囲気を醸し出している。
 特に気負った様子もなく歩みを進み、開きっぱなしの扉を通って進めば、楼閣の中には壁や屋根に開いた穴から太陽の光が差し込み、視界は確保されている。
 ヨウゼツは正面から入ってすぐの広間で、中央に重なり合った瓦礫の上に腰かけて、銀細工の施された長煙管を咥えている。その奥には二階へと上がる大階段があった。

「ここは私の穴場なのだがなあ」

 ヨウゼツは足を止めたクガイへ長煙管から白い煙を吐きながら、柔らかに抗議した。

「お楽しみのところ、邪魔をして悪かったよ。ただ、さっきの紙芝居の感想をどうしても伝えたくってな」

「おお、それはそれは。なに、菓子を買わなかったとしても紙芝居を見るのに料金は取らないからな。次から買ってくれれば、なにも問題はないとも。それで、紙芝居の方はどうだったかな?
 最近の楽都の時勢に合わせて作ったもので、目聡いものならピンと来ると自負しておるよ。あるいは当事者も」

 クガイはヨウゼツの口ぶりからして誘い込まれたのは間違いなさそうだと判断し、外套の下に隠した木刀を握る。

「絵の方はまあまあだったが、あんたの弁舌は大したものだった。俺は紙芝居に限らず劇や舞台とは縁のある方じゃないが、素直にすごいと思ったよ。ヨウゼツといったか。あんたならあの空き地なんかじゃなく、もっと広くて立派な劇場でも演じられるだろう。
 それをしないのはどうしてだい? まだ売り出し中なのか、それともそうできない事情でもあるのかい?」

「ははは、大したものではないさ。空を天井に、大地を舞台に自由気ままに紙の上に描いた芝居を披露するのが性に合っておるのだ」

「自由気ままか。らしい理由だが、さっきの紙芝居の内容だがあれはどこまで本当なんだい? 遺産争いなんぞ珍しくもなんともないが、最後の最後に出てきた女の子と男と女、あれがどうにも気になる。特に男の方は俺にそっくりだ」

 ヨウゼツはトン、と音を立てて長煙管の灰を床に落とした。

「ほう、それはそれは。ふうむ、どれどれ、ほう、ほう、確かに似ていなくもない。だが完全に同じというわけでもない。紙芝居の中とは服が違うし、それに黒髪黒目の男など楽都を探せばいくらでも見つかるだろう。
 こじつけにしても強引すぎる。いちいちまともに取り合っていては、時間がいくらあっても足りんよ。話は終わりかな?」

「いいや、紙芝居の中に出てきた狙われている女の子も、護衛の女もどっちも心当たりがある。一つ似ているのは偶然だとして、三つも似るのは偶然と切り捨てるのは難しいよな。あんた、情報屋かそれとも無尽会の一党か?」

「ふふん、無尽会か。それを疑うのは当然だ。だが、それは的外れであるぞ、風来坊殿。私は無尽会の手の者ではないよ。君達の行く末にはいささか興味はあるが、それはあくまで傍観者としての興味だ。この遺産争いの筋書きに口出しするつもりはない」

「口出しするつもりはなくても、俺の知らない情報を持っているんじゃねえのかい。腕のいい情報屋に調べものを頼んじゃいるが、目の前の餌にちょいと食らいつくくらいはしておかねえとよ」

 するりと外套の中から木刀が抜き出される。クガイが楽都に来た時、たまたま落ちていた手頃な大きさの枝を整えただけの品だが、彼が振るう時、この木刀は名刀の切れ味を発し、霊剣の如き奇跡を起こす。

「私は餌などではないともさ。少々、穿ち過ぎだぞ、クガイ」

「名乗った覚えはねえが」

「この街でも木刀一つで人間も魔性も叩きのめす者は珍しい。たった一カ月でも、少しくらい噂は流れるものだ。そうさなあ、どう信用を得たものか。おお、そうだ。三つ、教えておこう。一つ、蔵の鍵はクムが持っている。二つ、クムはそれに気づいていない」

「なんだと?」

「三つ、お主の」

 口から白い煙を吹くヨウゼツの視線が、クガイの背後を向く。紫水晶を思わせる瞳には、クガイの背後から襲い掛かる細身の人影と、その右手に握られた毒塗の短剣が映っている。

「ふんっ!」

 気合の一声と共に、クガイはつむじを巻いて背後の襲撃者の右首筋に木刀を打ち込んだ。跳躍の勢いを相殺された襲撃者は白目を剥いて、垂直に落下して気絶した。

「後ろから狙っている者がいるぞ、と教えるつもりだったのだがなあ」

「口にしていたら間に合わない距離だったじゃねえか」

「それでもお主なら反応しただろう? ところで、私が無尽会の一党であったなら、わざわざお主に与するような真似をしないのではないかな?」

「無尽会には派閥争いがあるそうだな」

「人を素直に信じられないとは、胸の痛む話だ」

 口の減らねえ奴だ、とクガイは呆れながらもヨウゼツに背を向けて、楼閣の入口を振り向く。ヨウゼツを信用したわけではないが、瓦礫に腰かけたまま動く様子を見せないから、こちらに殺気をぶつけてくる連中を片付けるのを優先したのだ。
 クガイの足元で気を失っている襲撃者は、灰色の詰襟服を着こみ、顔にも同じ色の布を巻きつけて目元だけが露となっている。また額には渦巻く風のような文様が、緑色の糸で刺繍されている。

「足音がしなかったのは技量だろうが、風を動かしもしなかったのはこの額の文様か? なにか力の流れがあるな」

「ふうむ、風の加護を求める呪いの文様だな」

「解説ありがとうよ」

「なんの、大いに恩に着てくれればそれでよいぞ。しかし、足音なし、風の動きもなし、殺気も完全に抑えていた相手によく気付いたな」

「お前に手の内を晒すつもりはねえよ」

「はっはっは、用心深いな。うむ、この街で生きてゆくにはその方がよい」

「上からものを言いやがるな、こいつ。はあ、それで、俺を狙っているお前らは一体どこのどいつだ? 所属している組織があるんなら、その名前も言いな。あとで挨拶に行くからよ」

 もはや気配を隠す必要はないと悟り、新たな登場人物が楼閣へと入ってきた。敵意を露にしたグケンである。
 タランダの天幕で犯した失態を取り返すつもりなのか、クガイへと向ける視線は烈火の激しさと焦りが混じっている。

「クゼを退かせただけはあるな、風来坊」

「クゼとは別の派閥の無尽会の奴か? それとも、無尽会とは別の組織か? どっちにしろ、てめえに褒められてもなんの価値もありはしねえな。俺を狙い、俺の名前を口にした以上は俺の客だよな」

「貴様の匿っている子供に用がある。居場所を吐け。命は助けてやる。貴様と余計な問答をするつもりはない。必要な事だけを口にしろ」

 クガイは一瞬、真顔になってから、率直に必要だと感じた言葉を口にした。

「会ったばかりで悪いが、お前、嫌いだわ」

 べえ、と舌を出すクガイを見て、グケンは深々と溜息を零した。その瞳に宿る殺意は、火となって噴きだしそうなほどであった。

「手足は要るまい」

 グケンの右手に、袖の中から三つの赤い棍を鎖で繋いだ三節棍さんせつこんが滑り落ちた。ひゅんと音を立てて、三節棍が一回転する。ほお、とクガイの口が動いた。それだけで分からせるグケンの技量に対する称賛であった。
 グケンが一歩を踏み出すのと同時に、三節棍がクガイの左太ももを狙って半月を描く。三節棍の間合いでは到底届かない距離だが、棍と棍を繋ぐ鎖が伸びて間合いを広げたのだ。
 前かがみになったクガイの頭上すれすれを三節棍が通過し、クガイの髪の毛を引きちぎらんばかりの風がクガイの頭を叩いた。

 クガイはそのまま疾風の速さでグケンとの間合いを詰めていた。その右頬を、鎖を短くした三節棍が再び襲う。クガイの右肩のあたりで甲高い金属音が鳴り響いた。特殊な金属製の三節棍を、気を纏った木刀が弾いた音であった。
 巨岩を砕く三節棍の打撃を木刀で弾いて見せたクガイの力量に、グケンの警戒を深めた。三節棍を通して返ってきた衝撃の強さと流し込まれた気は、グケンもまた練り上げた気をぶつけて相殺できたが、わずかに相殺しきれずに指の骨が痺れている。

「しゃあっ!」

 鋭い呼気を発したグケンの右手が激しく動き、鎖の長さが千変万化しながらクガイへ四方八方から打突を繰り返す。クガイは死角からも襲い掛かってくる棍を弾き返し、彼の周囲は銀の鎖が渦を巻いて飲み込まんとしているかのようだ。
 腕が何本もあるかのような尋常ならざる動きで木刀を操るクガイが、鎖と棍の中心で不敵に笑う。

「こいつも仙術武具って奴か。仙道の技術を応用して作った人間用の武具を仙術武具と呼ぶらしいが、てめえんとこの頭が仙人崩れだってな。そいつの作か?」

「減らず口を!」

「それくらい余裕があるって話さ」

 大上段に振り上げられた木刀が流星の勢いで振り下ろされる。木刀がクガイの視界を塞いでいた鎖をまとめて床へと叩きつけ、鎖と棍の包囲の一角が崩れる。
 クガイの足が強く踏み込み、グケンは右手の棍を操作して鎖の接続を解除した。グケンの手の中で一節だけになった棍が伸びる。

「間合いを詰められた時の備えかい!」

「ふんっ!」

 腰を落としたグケンが突き出した棍の半ばから先が、クガイへと向けて射出される。二つに分かれた棍を鎖が繋いでおり、この棍は鎖が伸縮自在なだけではなく、棍そのものに新たな節を増やせるのだった。
 弾丸の速度で迫りくる棍を、クガイは正面から弾き返した。踏み出す前だったとはいえ、容易には避けられない距離でも、クガイの反応速度は木刀を間に合わせた。弾かれた棍はグケンの手元の操作によって、生きた蛇のように鎌首をもたげた。

「仙術武具“宝鎖棍ほうさこん”。大人しく手足を砕かれるがいい。そうしてから娘の居場所を吐け」

「そうかい。それじゃあ、クムの居場所はいつまでたっても言えねえな。お前じゃ俺の手足は砕けん」

 グケンは強がりだ、と内心で吐き捨ててクガイを見下ろす位置に持ち上げた根を突き出した。まさしく銀と赤、二色の鱗を持った蛇がクガイに襲い掛かっているかのようだ。
 クガイの気配に揺らぎはない。泰然自若とした彼の態度が、決して強がりではないのだと雄弁に物語っている。
 彼の体内で練り上げられた気が腕を伝って木刀の切っ先にまで行き渡り、ゆらりと陽炎のように木刀が揺らめく。びりびりと大気を震わせる気の圧力を感じた刹那、グケンの目が見開かれる。

「……羅象刃らしょうじん春雷しゅんらい!」

 春に鳴り響く雷の名前と共に振るわれたのは、右上段に振り上げられた木刀の渾身の振り下ろしの一撃!
 落雷の如く振るわれた木刀が、仙人の秘術によって鍛造された宝鎖棍を正面から砕き、グケンの手元に握られた棍に至るまで、そのすべてが木端微塵に砕けた。

「仙術で鍛えた合金だぞ!? そこらの金属など比べ物にならん品を!」

「その割には脆いな。不良品じゃねえのかい!」

 クガイの姿は既にグケンの懐にまで踏み込んでおり、木刀の切っ先が床を削るように滑ってグケンの顎を下方から見事に打ち抜いた。木刀が空中に描いた半月に打たれたグケンは、即座に意識を失い全身を流し込まれた気によって神経を麻痺させられていた。
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「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

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