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カラヴィスタワー 探索記

第二百七十六話 原因がよくも言う

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 若き竜種達が生まれ落ちたばかりの偽竜達と戦う様子を、ドライセンを筆頭とした愉快な仲間達はあくまで見学するに留めていた。
 戦闘開始の合図もなく、全力の殺し合いを始めた竜種と偽竜のド迫力の戦いが眼前で繰り広げられても、遥かな上位者であるドライセン達は顔色一つ変えずに眺めている。
 大地母神の変じたハンマが、遥かな昔にどこかの世界の邪神崇拝者達が作り出した偽竜製造装置を一瞥してからドライセンに話しかけた。

「ヴァジェさん達と戦っている偽竜達ですが、能力はどの程度の者達なのですか?」

 ハンマの知覚能力ならば問うまでもなく把握できるのだが、装置を使って偽竜達を生み出したのがドライセンである為、こちらに聞いた方が正確だと考えたのだろう。
 問われたドライセンは、右手を空中に掲げて、開いた掌の先に装置の操作盤を展開した。
 空中に投影された操作盤は電子で構成されており、そこに装置の状態を表示した無数の数字と表が映し出されている。
 この星とは別の異星文明の産物の取り扱いは、高次の存在であるドライセンには十分に理解の範疇だった。

「平均的な地上の竜種の成体よりやや弱いという程度だな。並の古竜より頭一つ抜けた実力を得たヴァジェなら、手強いとは感じまい」

「ではウィンシャンテさんやフレアラさんのような若手には、それなりに危険で、予行演習にはうってつけの強さに設定しているわけですね」

「自分より格上の相手との戦いを経験させておくのは大切な事だが、まずは自分と近しい体格と強さの敵との経験を積ませてあげたくてね」

「竜種の方が普通に生活している分には、そういった相手と出会う事は稀でしょう。そして自分と同等近い体格と強さの敵との経験という意味では、ヴァジェさんと瑠禹さんが飛び抜けていますね」

「ヴァジェは私との出会いがきっかけで他の者より多く戦闘経験を積んだが、瑠禹は更に龍吉と共に宿敵たる海魔との戦いを経験している。最近では水龍皇としての覚醒の兆しも見られるからね」

 そう答えたドライセンの視線の先では、若者達と偽竜達とが空中に飛び上がり、音の壁を越えた速度で飛びまわり、絶え間なく砲火を交え合っている。
 装置で生み出された偽竜達は、かろうじて竜らしき部位が見受けられる程度の異形だったが、ドライセンが口にした通り、知恵ある竜種の平均値に近い能力を持っており、数で大きく勝るのもあるがそう易々とは撃ち落とされない。

 巨体に雷光を纏うクラウボルトは、膨張と収縮を繰り返す肉瘤のような外見の偽竜三体を己の敵と見定めて、相対していた。
 この空間に秘匿されていた装置から生み出された偽竜は、偽竜と分類される者達の中でもひと際醜い外見をしており、偽竜ではなく魔獣や怨霊の類だと言われても納得しそうなものだ。
 その嫌悪感を催す醜さと確かに偽竜であるという事実が、若き竜達の中では最も冷静なクラウボルトをして、体の中で火が灯ったかと感じる程に血を滾らせている。

「偽竜か、こうも敵愾心を掻き立ててくるとは、まさしく我らの天敵!」

 クラウボルトの体内に存在する発電器官が最大効率で稼働し、彼の全身を彩る雷光の激しさが増す。
 目を焼き潰す程の強烈な雷光が発せられるのとほぼ同時に、クラウボルトの眼前に竜語魔法による魔法陣が三つ重なって描かれた。
 クラウボルトの口から放たれた雷のブレスが魔法陣を通過する度に破壊力を増し、肉瘤の偽竜達を容赦なく貫いて行く。

 およそ尋常な生物では耐えられない高電圧と衝撃を受けた偽竜達は、その場で消し炭と変わって木端微塵に吹き飛ぶものとクラウボルトは予想したが、その予想は呆気なく裏切られた。
 ブレスの直撃を受けた偽竜達が一層激しく肉瘤の膨張と収縮の速度が増すのに合わせて、雷が肉瘤の中へと吸い込まれてゆき、偽竜の本体そのものへはほとんど傷らしい傷を与えられずに終わったのだ。

「なに!?」

 肉瘤の偽竜達は満腹になったとでも言わんばかりに灰色の目をクラウボルトへと向けて、今度は目一杯に膨らませた肉瘤からキラキラと輝く無数の粒子、いや、胞子を放出する。
 胞子はクラウボルトを目掛けて殺到するが、速度それ自体は音速を軽々と越えるクラウボルトに追いつく程のものではない。
 単純な速度では追いつけない事は肉瘤の偽竜達も承知の上だったらしく、その代わりに膨大な数を活かして、クラウボルトの四方を囲いこんで逃げ場のない状況を作り出した。

 前後左右上下、どちらを見回しても薄緑色の胞子に囲まれた状況に、クラウボルトは突破できそうな最も層の薄い場所を探す。
 胞子がどういった類の危険物かは不明だが、吸い込んだが最後、体内に寄生して命の全てを吸い尽くされるか、あるいは脳にまで達して肉体を奪われるか。
 クラウボルトはこういった胞子を用いた攻撃の考え得る最悪の可能性を考え、それらに対する対処法を脳裏に巡らしたが、この胞子はもっと直接的な攻撃手段だった。
 肉瘤の偽竜達が一斉に牙を打ち鳴らした瞬間、クラウボルトを包囲する胞子が一斉に起爆して、際限なく広がるこの閉鎖空間を轟かす爆音と爆炎が周囲に広がる。

 クラウボルトが胞子爆弾の真っただ中に飲まれた頃、風竜ウィンシャンテは紫水晶を思わせる美しい目を無数に持った気味悪い頭部を持つ偽竜と相対していた。
 偽竜は細長い胴体の尾にも同じ頭部を有し、胴体の左右には先端に目玉の着いた細い足がうじゃうじゃと蠢いている。
 百足と例えても、蛇と例えても、双方にとって侮辱極まりない姿の偽竜である。

 この目玉偽竜の瞳は一種の集光レンズとしての機能を有しており、百にも届こうかという光線が、先程からウィンシャンテを切り刻むべく放たれている。
 さしものウィンシャンテも光より早く空を飛ぶ事は出来ないが、目玉偽竜の視線から光線の射出位置を予測して回避する事は出来る。
 加えて風、すなわち大気に対する干渉能力が極めて高い風竜である為、目玉偽竜が光線を放つ寸前に周囲へ放つ熱を感じられるのも、ウィンシャンテを助けていた。

「魔力を光に変換して放っているか。多少の直撃なら耐えられそうだが、受けぬ方が賢明そうだ。そして偽竜よ、風を操る竜はこういう芸当が出来るぞ!」

 ウィンシャンテの周囲に小さな竜語魔法陣が複数展開した直後、目玉偽竜の周囲の大気が風の刃へと変わり、目玉偽竜を四方八方から五寸刻みにする。
 目玉偽竜が瞳を通して光線を発するのに対し、遠方に存在する大気にも干渉出来る風竜の利点を生かした攻撃と言えよう。
 目玉偽竜は紫色の体液をまき散らしながら、数百の肉片と変わるのを見届けて、ウィンシャンテは目を見開いた。
 落下している肉片がもごもごと蠢くと、その全ての肉片が目玉の生えた小型の目玉偽竜へと変化したのである。

「これは、数を増やしただけか!?」

 一体の目玉偽竜から二百体の目玉偽竜が生まれ、それらは自由自在に空を飛びながらウィンシャンテへと目掛けて再び光線を乱射してくる。
 小型化した事で光線一つ一つの威力は相応に下がっているが、発射してくる角度の自由度が大きく増した為に、回避がはるかに困難になってしまった。
 ウィンシャンテを囲いこむ光の檻が徐々に狭まって行き、若き風竜が光線に貫かれるのは時間の問題であった。

 そして火竜ファイオラの娘フレアラもまた奇異なる能力を持つ偽竜を相手に、苦戦を強いられていた。
 フレアラはようやく親元を巣立ったばかりの、ヴァジェや瑠禹と同年代ではあるがいくらか年少の個体である。
 今回、ドライセン発案の訓練に参加したモレス山脈の竜種の中では最年少となり、またその実力も一番低いのが彼女だった。

 夕陽を思わせる色の鱗を持ち、体格もウィンシャンテやヴァジェよりも一回り小さなフレアラは流体の体を持った偽竜と戦っている。
 それでも知恵ある竜たるフレアラが苦戦を強いられているのは、この偽竜がフレアラと戦闘開始直後に自身を溶岩へと作り替えた為だった。
 今や殺意を持った溶岩流と化した偽竜に、フレアラの放つ火炎弾や火炎放射は一時的に流体偽竜の一部を吹き飛ばす事は出来ても、死を与えるまでには至らない。

「ううう、まだ燃やせないの!? これだけ火を打ち込んでいるのに」

 フレアラにとって不幸中の幸いだったのは、流体偽竜が遠距離攻撃の手段を持ち合わせておらず、高速で飛翔しての体当たりが唯一の攻撃手段であった事だ。
 流体偽竜の体当たりを交わしつつ、フレアラが一方的に火炎を打ち込むもほとんど有効打とならない、という場面が何度も繰り返されている。
 火竜たるフレアラ相手に溶岩へと変わった流体偽竜だが、ウィンシャンテが相手であれば自らを気体に、クラウボルトが相手であれば雷へと変化して対応しただろう。

 三体の若者達が正攻法の通じぬ戦いに苦戦する様を、クインは口をへの字に曲げて見ている。ドライセンは妹のその様子にすっかりへそを曲げているな、と苦笑した。
 膨大な数の邪神群との戦闘経験を持っているクインからすれば、いくら若き竜種達とはいえあの程度の特異な能力を持っているだけの紛い者を相手に、情けない戦い方をしているとしか見えていまい。

「ふん、フレアラは目玉が相手ならもう少しまともな戦いが出来ただろうが、お互いの戦っている相手を交換する事も思いつかん辺り、及第点からは程遠いわ」

 このクインの発言にはドライセンも同意であった。

「相性の良い味方に任せるのも一つの手なら、協力し合って戦うのも一つの手だが、どうにも単独で戦う事が前提として彼らの頭の中にあるようだな。モレス山脈では単独で倒せる敵しかいなかっただろうし、事前に今回の訓練を計画出来て正解だったか」

 危惧していた通りの結果になってしまった現状を前に、さしものドライセンも渋い顔だ。
 彼らよりも上の世代なら年を食っている分、もう少し潰しが効いただろうか。

「だからこそ、今回の訓練で多くの気付きと学びを得て欲しいものだ」

「お兄ちゃんにここまで手を焼かせて何も得ないようだったら、私が直々にげんこつを喰らわせてやる」

 威嚇するように牙を見せるクインに、ハンマは若き竜種達を心底気の毒そうに見上げ、愉快な仲間達の中では圧倒的格下であるドーベンはクインの様子に怯えを見せる。
 クインがその気になれば鼻息一つで消し飛ぶ程の実力差を考慮すれば、ドーベンがここまでクインに怯えるのも、まあ、無理のない話だ。
 少しでもクインの苛立ちが和らげばと、ドーベンは頭を捻って何かしら好転する要素はないかと思考を巡らす。

「で、で、ですが、流石にヴァジェや瑠禹は経験の差が出ていますね。偽竜達のほとんどを二体で引き受けて、かつ圧倒しておりますよ」

 ドーベンの言う通り、装置から生み落とされた偽竜は数十に上るが、その大部分を引き受けて瞬く間に片づけているのはヴァジェと瑠禹に他ならなかった。
 フレアラが苦戦している流体偽竜も、ヴァジェの放つより高熱でより強力な魔力の込められた火炎の前では抗う術なく燃やしつくされ、その他の多様な能力を持った偽竜達も根本的な戦闘能力が桁違いの二体が相手では敵と成り得ずに滅ぼされている。

 特に柔軟な戦い方をしているのが瑠禹だった。
 フレアラに襲いかかろうとしていた流体偽竜を巨大な水球が包み込んで冷却し、目玉偽竜の放つ光線は無数の水のレンズが反射し、そしてまた瑠禹の張り巡らせた水の壁が、肉瘤偽竜達の胞子の爆発からクラウボルトを守っていた。
 全て同胞の苦戦を見て取った瑠禹が瞬時に行った事である。

 余裕を持って空に浮かぶ瑠禹の周囲には、他の肉瘤偽竜や粘液で金属質の巨体を覆った鎧偽竜が水の槍で串刺しにされるか、またあるいは高速の水流に巻き込まれて粉々に砕かれている。
 これまではヴァジェと同格とドライセンに見なされていた瑠禹だが、母龍吉と共に残る海魔王を倒して回る戦いの中で、ようやく次期水龍皇として相応しい力と霊格の覚醒の兆しを見せ、今ではヴァジェを上回る領域に達している。
 クインがヴァジェと瑠禹の戦いぶりに少しだけ『への字』を緩めたとは知らず、当の瑠禹は凛とした声で同胞達へと呼びかける。

「皆様、どうぞ落ち着いてください。わたくし達は個で戦っているわけではありません。わたくし達は一つの集団、群れとして戦っているのです。
 来る魔王軍に属する偽竜達との戦いに於いてもまたしかり。軍として機能する偽竜を相手に、個として戦ったとてどれだけの戦果を挙げられましょうや」

 それは龍宮国の皇女として、多くの同胞と自分より遥か格上の母龍吉と共に海魔の大軍勢と戦ってきた経験に裏打ちされた説得力ある言葉だった。
 何時の間にここまで成長したのかとドランが感心するほど、今の瑠禹には次期水龍皇としての風格すら纏い始めている。
 ドライセン達の素性は知らないウィンシャンテ達だが、瑠禹の素性については知らされており、次期水龍皇の、そして何よりも自分達以上の猛者からの言葉に即座に従う。
 ヴァジェはそんな瑠禹の姿を鬱陶しそうにも、それ以上に嬉しそうにも見ていた。かつては対等の喧嘩友達だった少女の成長は、さて、ヴァジェにとってそう単純なものではないようだった。

 瑠禹の言葉により、個々にバラバラと戦っていた若き竜種達は互いに協力し合い、拙いながらも統率のとれた動きでもって偽竜達を撃退する事に成功して、クインの眉間に刻まれた皺をこれ以上深くせずに済んだ。
 第一波の偽竜達が殲滅された後、若き竜種達は一度休憩を取る事を許されて、ドライセン達の前に竜種としての姿のまま並ぶ。

 腕を組んだドライセンを前に、戦闘初期には失態を見せたという自覚のあるクラウボルト、ウィンシャンテ、フレアラ達は何とも気まずげに縮こまっている。
 クインは厳しい視線を向けてこそいるが、罵倒の言葉が出てくる様子は見られない。これでも竜種の頂点に位置する者として、感情のままに同胞を責める言葉を安易には口に出来ないと自制しているのだ。

 ハンマは怪我をした者が出なくてよかったと、心配が無為なものとなった事に安堵の吐息を零している。
 ドーベンは改めて地上の竜種の力を目にして、これもまたドライセン様にお仕えする者として勉強になったと、満足げだ。

「ふむ、これで第一波は倒し終わったが、戦ってみてどうだった? 偽竜達の基本的な能力は君達に劣るものだったが、それとは別に備えた特異な能力には随分と苦戦していた様子だったな」

 見たままを口にするドライセンに、クラウボルトら苦戦した三体はぐうの音も出ない。
 同種以外とは戦いらしい戦いをせずに勝利してきた彼らにとって、偽竜達との戦いは予想以上の苦戦だったのは事実だ。
 一番に口を開いたのはフレアラだった。母に似て気の強いところのある娘だが、見栄や自尊心の為に偽りを口にする性格ではない。

「これまでは竜として生まれ持った力で、多少の相性の不利は覆せましたけれど、今回はそうとは行きませんでした。戦い方を学ぶ必要を痛感しました」

「ふむ。生まれ持った力を振るうだけで勝てる相手ばかりではないと、一つ学んだわけだね」

 フレアラに続いてウィンシャンテとクラウボルトも、それぞれが感じた今回の問題点を口にしてゆく。素直に反省が出来るのは良い事だ、とドライセンは内心で感心しているが、どうにも同胞に甘いところのある男だ。

「フレアラの申す通りです。恥ずかしながら自分の最たる武器が通じなかった際に、どう戦うか、どのように行動するべきかをまるで想定していませんでした。それが今回の失態を演じた最たる理由です」

「それに我ら三名はいずれも単独での戦いに固執し、視野が狭まっていました。その点において、ヴァジェと瑠禹様はより広い視野で戦っていた。我々との戦闘経験の差が明確に出ています」

「ふむふむ、クラウボルトもウィンシャンテも、戦いの中で自分達の課題となる点をきちんと認識できていたか。問題は正しく理解できてこそ改善が叶うもの。その点では、君達は十分に自己を認識できている。
 ならば私が改めて言葉にするまでもなく、自分達が次からはどのように心掛けて動けばよいか、自ずと理解していよう」

 さて、とドライセンは一つ間を置いてヴァジェと瑠禹へと視線を転じた。先程の第一戦を見る限り、ことさら言葉を重ねる必要性の感じられぬ二名である。

「ヴァジェと瑠禹は安定した戦いぶりだったね。君らが単独で戦う分には、魔王軍相手でも心配するところはないが、集団での戦いを強いられる場面が多々あるだろう。瑠禹はその立場上、おいそれと戦列に加われまいが、もうしばし集団での戦いを続けるかい?」

 ヴァジェと瑠禹が苦戦する程強力な魔王軍の偽竜は、それこそ魔六将に数えられる偽竜の女王かそれに準ずる位階の極少数だけだろう。
 ヴァジェと瑠禹以外のモレス山脈の竜種達で魔王軍の偽竜を受け持ち、この二名には別行動を取らせて魔王軍本陣や本拠地に奇襲を仕掛けるという電撃作戦も、有効な策の一つになる強さが今のヴァジェ達にはあった。

「ウィンシャンテ達の力量は前から把握していますが、集団として共闘する上での力量や戦い方の傾向の把握までは済んでおりませんし、このまま翼を並べて戦う経験を積むのが良いかと思います。瑠禹はどう考えている?」

「わたくしもヴァジェさんと意見を同じくします。一度共に戦っただけでは、まだまだお互いの理解が足りておりません。
 ドライセン様の言われる通り、わたくしが魔王軍との戦いに参陣する事はいささか難しいかもしれませんが、フレアラさん達と共に肩を並べて戦うのに意味がないとは思いませぬ」

「ふむ、であれば再び偽竜達との訓練に参加して貰うのに異議はないとも。思う存分、訓練を重ね、互いの息を理解し合うと良い。それが今後のモレス山脈とベルン男爵領、そして竜種のより良い未来に繋がるものと私は信じよう」

 ドライセンがそう締めくくり、次の偽竜達の用意を進めるべく装置を操作すれば、硝子球の中に新たな材料が投入されて、見る間に偽竜の胎児のようなものが蠢きだす。
 ドライセンはこれらの偽竜を魔王軍との戦いに戦力として投入する事も考えないではなかったが、偽竜の特性と装置で作り出せる個体の全てが醜悪極まりない外見をしていた事から、あくまでカラヴィスタワー内部での特訓に用途を限っていた。

 ドライセンは、自分の一方的な都合で生み出される偽竜達に憐れみを覚えないでもなかったが、彼らは生命と呼ぶには魂を持たず、自らの意思を持たず、知性も持っていない。
 竜種の殲滅という目的に特化して作りだされた、有機的なゴーレムやロボットと呼んで差し支えのない存在だ。自分達が倒される為に生み出される事に対して、怒りも悲しみも抱く事はない。そういった概念を元々持っていないのだ。

「では、今、述べた事を念頭にもう一度、偽竜達との訓練を再開するとしよう。ただし、軽く何か腹に入れて気分を変えてからな」

 ドライセンが厳めしい顔には似合わぬ茶目っ気を交えてそう口にするのと、彼らの入ってきたあたりの空間に波紋が生じて、新たな顔触れが姿を見せるのはほぼ同時だった。
 両手いっぱいに籐で編まれたバスケットを持ったリリエルティエルと巨大な木箱を背負った龍人姿のリリアナである。
 ドラグサキュバスの女神リリエルティエルはともかく、龍宮国の武将リリアナの姿があるのには、彼女を初めて見るモレス山脈の竜達が驚きを見せる。
 瑠禹は驚いた様子は見せておらず、リリアナが来訪するのを知っていたか、あるいは予測していたからだろう。

「皆様、訓練お疲れ様です。差し入れをお持ちしましたよ。それと新しい参加者の方をお連れいたしました」

 リリエルティエルが腕から下げたバスケットとリリアナの背負った木箱からは、食欲を刺激する料理の匂いと酒精や果実水が零れ出ている。
 雷竜と雷龍の血を引くリリアナは、にこやかな人懐っこい笑みを浮かべて、未来の主君と若きモレス山脈の同胞達に声を掛ける。何処に言っても物怖じしないのが、彼女の持ち味だ。

「やあやあ、モレス山脈の御同輩方、龍宮国は国主にして水龍皇龍吉様にお仕えしているリリアナと申す者。この度は我らの姫が参加あそばしておると聞きつけて、勝手ながら参上仕った」

「リリアナ、ちゃんと陛下のお許しはいただいているのですか?」

 リリアナがあまり型に嵌らない性格をしているのを知っている瑠禹が、まさかとは思うが念の為に確認すれば、リリアナは背負っていた木箱を地面に置いてから心外そうに首を横に振る。

「それはあまりに心外な問いですぞ、瑠禹様。これでも一国の将たるもの。己の勝手でどれだけの者達に累が及ぶかを分からぬ程、耄碌はしていませんぞ。あっはっは」

「どうだか。貴女は自分で補える範囲をきちんと理解しているからこそ、横道に外れた事をする面倒なところがあるでしょうに」

「うむ、将来の御主君が臣下の事をよく理解しておられるようで、臣は安心いたしました。なに、さしもの私も、いくらなんでもこの場で虚言を弄する度胸も愚かさも、持ち合わせてはおりませんよ」

 リリアナの送った視線の先にドライセンとクインの姿があるのに気付いて、二人の素性を知る瑠禹とヴァジェは心底から同意した。
 既に龍宮国の上層部には、龍吉と瑠禹が頻繁に城に招いていた男が、自分達の主君でさえ床に額を擦りつけなければならない超越者である事は知っている。
 リリアナも初めて聞かされた時にはその場で卒倒しようか、聞かなかった事にしようかと本気で悩んだ程である。まあ、罵倒に近い言葉を吐いた経験のあるヴァジェに比べれば、はるかにマシだ。
 その悩みの元凶となった事のあるドライセンが、その場をとりなすように口を開く。

「まずは差し入れをありがとう。瑠禹、リリアナの言葉に嘘はあるまい。そう、疑わなくていいと思うぞ。それに長年、海魔との戦いの最前線で戦い続けてきた将軍が加わってくれるなら、今回の訓練はより実りのあるものとなろうさ」

 原因は貴方様なのですが、とは言えない龍宮国の主従であった。それはそれとして、リリアナが参加した事で、ドライセンの言う通りより実戦に即した内容となり、実りの多いものとなったのは確かだったのが、救いだったろう。
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