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後日談

その2 その後のレニーア

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 人間達の知らぬところで竜種の古き頂点と新しき頂点の死闘が繰り広げられてより数年後、アークレスト王国のレニーアと言えば、魔法に関わる者ならばその名前くらいは聞いたことのある問題児となっていた。
 学生の頃より競魔祭で公表された圧倒的な戦闘能力は、各国の最強格の魔法使いに匹敵するかそれ以上であったし、本人が極めて好戦的かつ傲岸不遜な性格をしており、弱者の蹂躙もいとわない残虐性を有している事も問題児たる所以だった。
 ただ弱者を嬲るのは必要がなければしないというスタンスであったし、それよりも自分を強いと思っている者の鼻っ柱を叩き潰し、顔面を涙と鼻水塗れにして心をへし折るのが大好きな性分なので、貴族の身分を笠に着た理不尽な行為などは行っていないのが救いである。

 さてレニーアは魔法学院を卒業した後、魂の父と慕うドランの居るベルン領での就職をかなり真剣に考えていたが、人間としての両親の期待に応えるべく故郷であるブラスターブラスト男爵領へと戻っていた。
 小柄で華奢な体躯に烏の濡れ羽色の艶やかな黒髪と妖精のように愛らしい容姿は、魔法学院で過ごした年月を経ても変わらず可憐さを留め、故郷に戻っても見ている分には可愛らしいと評価できるものだ。

 もっとも、その中身が凶悪・凶暴の二つが似合う問題児であるのを、男爵領の人々は良く知っている。
 それでも魔法学院二年生の時にドランと出会えた影響で角が取れて、大いに丸くなっているのだが、それでもまあ敵対者に対してはとりあえず殺すか、と真っ先に考える辺り根は物騒なままだ。

 そんなレニーアだが、三次元世界に居るのが間違いの戦闘能力ばかりでなく、大邪神カラヴィスが手ずから生み出した神造魔獣である為、その他の能力も極めて高い。
 知能で言えば風の吹き方一つで宇宙で起きている事象の全てを把握できる、というようなデタラメな能力だ。普段の暮らしの上では人間として振舞うのには邪魔である為、人間の脳で試行しており、それでも天才と呼べるだけの知能を維持している。

 つまり普段の振る舞いはアレだし、性格はアレだし、と貴族の令嬢としては致命的なレニーアだが、内面の問題点とは反比例して文官としての能力は極めて高いのである。
 学生の時分、長期休暇で実家に戻った際にはその知能の高さから、有用性の高い献策を多々貢献して両親や家臣を驚愕させた実績もあるのだ。
 そうして二十歳を越え、実家に戻ったレニーアは両親から孫に関する期待を向けられつつ、両親の役に立とうと彼女なりに奮闘していた。

「イリナァ!」

 そして今日も領都の一角に設けられた屋敷では、レニーアが魔法学院卒業と同時に拉致して――もとい強引に勧誘してきた同級生のイリナを呼ぶ声が轟いた。
 領地を持たず俸給で生活を立てている下級貴族のイリナだが、曲がりなりにも男爵家の令嬢であるレニーアに引き抜かれたことに彼女の両親は喜び、イリナもまた付き合ってゆくのは大変だが無二の親友であるレニーアの頼みとあれば後悔せずについて行った。

「はいはいはーい、どうしたのレニーアちゃん!」

 レニーアは爽やかな空気に満たされる三階建ての屋敷の中にある執務室に、イリナを呼びつけていた。レニーアは黒を基調に動きやすさを優先しつつ、貴族令嬢として相応の装飾が施された軍服めいた制服を。イリナもレニーアのものより装飾を減らした制服を着ている。

「例の件の報告書はどうなっている?」

「それならちょうど持っていこうと思っていたところだよ。はい、どうぞ」

「うむ」

 イリナの抱えていた書類を受け取ったレニーアは、執務室の椅子に腰かけたまま書類に素早く目を通す。
 さてこの二人、レニーアの実家に戻り一体何をしているかと言えば官吏ではなく警吏のような職に就いていた。
 この時代、警察機構は軍も兼ねており、男爵領でも騎士団と兵士達が担っているのだが、レニーアは自身の能力と性格を鑑みて当主の娘という立場も利用して、独自の指揮系統を持つ警吏組織を立ち上げてそこの所属長に落ち着いたのである。
 ちなみにレニーアの他には屋敷の清掃や食事の支度をする使用人がいるきりで、正式な人員は事務担当のイリナだけである。ある意味では二人だけの世界というか職場だ。

「ふん、やはりな。ベルンとの交通網を整備したお陰で我が男爵領に流入する富と人は増えたが、その分、余計な小悪党どもまでも入ろうとしてきているな」

「レニーアちゃん、よくその情報でそこまで断言できるね。領内を通過した人達と商品の一覧っていうだけでしょう?」

「これで十分だ。男爵領に入ってから出るまでの間にどれだけ時間が掛かったのか、何を手に入れて、何を手放したか、情報はいくらでもあるだろうが」

 レニーアはそれだけ言うと、はん、と鼻を鳴らして机の上に書類を置く。放り捨てずにきちんと置く辺りは両親のしつけが行き届いている成果だ。
 それからレニーアは不機嫌な様子で椅子から降りると、肩で風を切ってずんずんと進み始める。こういう時はもう行動を決めて、それを終えるまで止まらないのだ、とレニーア検定一級のイリナは即座に理解する。

「レニーアちゃん、なにをするつもりなの?」

 言っても止まらないのは分かっているので、レニーアの予定だけを確認するイリナにレニーアは屋敷の外へ出るべく廊下を進みながら答えた。

「手遅れにならない内に片付けた方が良い案件を解決してくる。密造酒や密猟品の密輸ならば他の警吏に任せてられるが、人身売買の類はそうも行かん。屑共め。我が男爵領で下らん商売がいつまでも出来ると思うなよ」

 そういって唇を吊り上げて憤怒の表情を浮かべるレニーアは、歴戦の戦士でさえ恐怖に震える程の凄味があったが、それにすっかりと慣れたイリナは気にしない……いや、実はちょっとだけ今でも怖い。

「国内だけじゃなくて高羅斗や轟国から犯罪組織の流入があるって話、やっぱり本当なのかな?」

「どちらの国も戦争に前後して国内を綺麗に整理していたからな。それから逃れようとした連中と国の支援を受けた連中の二つだろう。
 それにアークレストと帝国との関係、魔王軍との戦いで見せたドランさんを筆頭としたベルン軍の戦闘能力に関する調査がてら、といったところか。ウチの領内で犯している犯罪はついでだろうな。腹立たしい限りだが」

 レニーアは確証がないのと一応は高羅斗や轟国が友好国である為に自制しているが、本音を言えば今すぐ両国を襲撃して滅ぼしてやろうか、とかなりの本気具合で思っている。
 それが出来ないので、だったら実家の庭でこそこそ犯罪行為に手を染めている連中を血祭りにあげてくれる、となるのがレニーアである。学生時代から長期休暇で帰ってくるたびに、凶悪な犯罪を行っていた者達を人知れず始末してきた彼女らしい発想だ。

「では行ってくる」

「うん。それじゃあ気を付けてね」

「昼までには戻る」

 簡潔にそう告げて、レニーアは供回り一人も連れずに屋敷を後にした。本来ならレニーアに対する心配の一つもするべきなのだろうが、それがまったく無用な心配であるのをイリナはよく理解していた。



 レニーアが破壊の化身となって人身売買を行っていた犯罪組織を襲撃したのは、領都郊外の湖畔に隠れるように建てられた瀟洒な屋敷である。
 その屋敷の地下にアークレスト王国や近隣諸国から集められた種族や性別を問わぬ人々が違法に集められ、競売にかけられていたのだが、そこにレニーアが殴り込みをかけたわけだ。

 そこにはそれなりの戦力が集められていたが、レニーアが動いた以上は無駄であるのは語るまでもない。
 そうして屋敷は大きく崩壊し、死んでいないだけの状態となった犯罪組織の連中が山となって積み上げられ、レニーアが集められていた人々の解放と応急手当などを行い、ほどなくしてイリナの手配した騎士団がやってくるだろう。

 一通りやるべきことを終えたレニーアは、捕まった人々の中に紛れていた大型な男を屋敷の裏庭に呼び出して詰問していた。
 旅の埃に塗れた旅装に大剣一つを背負った傭兵か冒険者らしい男で、顔立ちと肉体そのものが見惚れる程に整い、美しさと凛々しさ、そして圧倒的な雄度を併せ持っている。犯罪組織に捕まっていたなど、何かの間違いのような男だが、そいつの正体を知るレニーアにとってはふざけた話でしかなかった。

「おい、貴様は何のつもりでこんなところにとっ捕まっていた」

 男は愉快そうに笑い、正反対に苛立ちを隠さないレニーアに答える。

「なに、西のゴタゴタが片付いたのでな。以前から興味深かったこの国を見物に来たのだよ。奴隷制は採用されていないようだが裏ではこういう取引が行われているようだな。もっともお前のように分かりやすい解決法を示す者もいて、愉快な限りだが」

 くっくと男が短く笑うと背中の神剣ガランダインもそれに合わせて揺れる。数年前にアークレスト王国とロマル帝国を大いに脅かした魔王軍の長たる魔王ヤーハーム。人間に変装した彼が、曰く見物に来て人身売買組織に捕まっていたらしい。
 彼が本当に捕まるわけもないから、どこに売られるのかと面白半分で状況を楽しんでいたに違いない。
 アークレスト王国とヤーハームの治めるムンドゥス・カーヌスとは、聖法王国との戦いにおいて、なし崩し的な休戦状態が継続されておりレニーアの判断で開戦の狼煙を上げるわけにも行かない。

「魔王が直々に人間に化けて王国に潜入とはな。再び戦火を燃やすつもりか?」

「俺がヤーハームと知っているのはお前だけだ。なに黙っていてくれればそれで済む」

「気軽に言うものだな。私がこの場で貴様を血祭りにしてもいいんだぞ。そうすればお前達の……ムンドゥス・カーヌスだったが、あの国も魔王不在となって内乱が勃発してこちらとの戦どころではなくなるだろう」

 じわりと戦意を高めるレニーアに対し、ヤーハームはまるで戦うつもりがないようだった。

「そう殺気立つものではないぞ、レニーアよ。俺は本当に今はお前達と戦をするつもりはないのだ。お前達は大分強いからな。まともにやり合うにはまだまだ準備がいる。お前達も帝国併合の件で戦をしている状況ではないだろう?
 それに俺とてお前に殺しにかかられても逃げの一手に専念すれば、逃げられる自信くらいはあるぞ。情けない限りだがな、はっはっは!」

「なにが面白いのだ、貴様は」

 やっぱりこの場で捻り潰そうかな、とレニーアはかなり真剣に悩んだが、ヤーハームは一向にどこ吹く風とレニーアの葛藤と殺意と怒気を意に介さない。

「我らの本拠地を襲撃し、俺に地面の味を教えた女傑を前にしているのだ。愉快にもなろうさ。それに俺は変装して身分を偽り名を秘めてはいるが、この地の法を尊重して振舞っているぞ。そこまで咎め立てられる謂れはないぞ」

「密入国だけでも十分に犯罪だがな」

「だが、それでも俺を力づくで拘束するつもりはないのだろう? 俺を捕らえるのならお前もこの屋敷を襲った時と同じ程度の力では済ませられんし、余計な面倒ごとがまとまってお前のところにやってくるのが目に見える」

「ち、小賢しいな。ふん、次にお前が戦場に出てきたなら、私がその首と心臓と魂を抉り出してやる。そうされたくなければあと百年はこちらに戦争を仕掛けずに、北の大地で引き籠っていろ!」

「はははは、お前が手ずから俺の相手を予約してくれるとは光栄だ。なに、しばらくはこの地で観光してゆくからな。よろしく頼むぞ」

「はあ!?」

 思わず叫んだレニーアは反射的にヤーハームを叩き潰してやろうかと念動竜を展開仕掛けたが、ちょうどイリナの手配した騎士団の到着する気配によって中断しなければならなかった。
 そして宣言通りにヤーハームはなぜかブラスターブラスト男爵領に居座り、独自に調査するレニーアとイリナの前に顔を見せてはちょっかいをだし、レニーアを苛立たせるのであった。どうにもこの魔王殿は恋の駆け引きは上手ではないらしい。

**************

ヤーハームが顔を見せる度にレニーアのイライラ度は高まり、イリナが頑張って収めるというパターンが出来上がります。なおレニーアはまだ結婚していない時間軸です。
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