上 下
81 / 90

疲れと休息

しおりを挟む
「一度隠れるわっ!」
 右腕の痛みに堪えながらテスラは叫ぶ。
 攻撃を受けたのではないが、あまりに硬く数の多いピアラビット相手に限界が近いのだ。
「大丈夫ですかっ?」
「少し休めばどうにかなるわよ。
 それよりも、後少しだってのに……」
 小部屋に逃げ込み、気休めの魔物避けの鈴を握りしめるシン。
 通路の向こう側に見えたのはカラバリのウルルラビットが2匹だ。
 シンは預かっているポーションを取り出すが、テスラは『ただの疲労に貴重なポーションを使うな』と言い受け取らない。
 逆にシンに対して飲んでおけと言うのだ。
「いや僕はそんな……」
「いいから飲んでおけよ。
 そんな震えた腕で魔物を倒せると思っているのか?」
 先ほどから弾が核には当たらない。
 それは狙いを定める時間がないこともあったが、何度も撃つうちに腕に力が入らなくなってしまうからである。
「……じゃあその言葉、そっくりそのまま返しますよ」
 シンはもう一本の小瓶を取り出した。
 1つは自分の口に、もう1つはテスラの手元に押し付ける。
「だから私は大丈夫だと……」
 テスラが小瓶を返そうとするが、シンは構わず自分の分をグイと飲み干した。
「僕だって慣れない銃の反動で辛いですけど、それでも撃つことくらいはできます!
 威力も変わりませんし、それでも素早く構えたりできないのは確かに迷惑になると思ったから飲んだんです」
 じゃあテスラはどうなのかと。
 疲れている状態で剣がまともに振れるわけがない。
 むしろその方が危機に直結するだろうし、今は貴重なアイテムどうのよりもヴァル達の心配が先なのだ。
 自身の状態を棚に上げて言うテスラに、疲れが出てきたシンは少しばかり苛立ってしまう。
 それは自分がもっと上手くやれる可能性があるからでもあり、早く先へ進まなくてはという焦りからでもあった。

「幸い、魔物は寄って来ないみたいだな……」
 結局は2人してポーションを飲んだ。
 そしてしばらく小部屋の外を睨みながら構えていたが、とりあえずは身体は休めることができそうだった。
 壁に寄りかかり、息を整える。
 所詮は一介の冒険者と駆け出し。
 物語の英雄のように、無尽蔵に動けるスタミナもなければドラゴンのような伝説の魔物を倒す力など持ってはいない。
 そして防具も強化されているとはいえ、ウルルラビットの体当たりは、おそらく悶絶するほどの痛みがあるだろう。

 息の乱れは落ち着いても、緊張と胸の鼓動は高まるばかり。
 慎重に小部屋の外の様子を伺うが、やはりウルルラビットはそこにいて都合の良いようにはいきやしない。
「2匹……ともまだいるけど、いける?」
 シンは弾を装填しながらテスラに問う。
「大丈夫。どうにかするわよ……
 いっせいに近づいてきたら片方だけ吹っ飛ばしてやってちょうだい」
「わかったよテスラ、無理しないで」
「無理しなきゃやられちゃうわよ」
「ははっ、それもそうか」
 全力で魔物を倒して突破する。
 もしくは引き返して休息を挟むこともできるが、ポーションの数にも限りがあり無駄はできない。
 テスラは小さく息を吐くと、しっかりと魔物の位置を見定めて走り出す。
「やぁぁぁ!!」
 少し離れた2匹の魔物。
 その手前にいるウルルラビットに刺突の一撃が入るが、核に届いたものの破壊には至らない。
 キュッと小さく鳴くばかりの魔物の存在が、あまりに大きくあまりに果てしない。
 人ならば簡単の絶命するほどの攻撃は、魔物相手には大した効果が感じられない。
「くそっ、またダメかっ!」
 魔物には血があるわけではない。
 テスラは思い切り魔物を蹴り、勢いのまま一気に剣を抜く。
 血が出るわけでもなく、動きが止まることもない。
 動物と違うそれが、実際にどれほどのダメージを与えられているのかもわからずに冒険者たちに不安も与えてくる。
「任せるよっ!」
 身を翻して魔物から離れるテスラ。
「任せてっ!」
 幸い2匹目はまだ近づいてこない。
 シンは手前のウルルラビットに狙いを定め、指を引いた。
 テスラの突いた傷口目掛けて弾が跳んでいく。
 その大きな音に、もう1匹の魔物も気付いたようだ。
 だが、1匹だけならばそう恐れることはない。
 再びゆっくりと前へ向かうテスラの表情は、少しだけ緩むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

魅惑の出来ない淫魔令嬢

葛餅もち乃
ファンタジー
――特異体質の淫魔が、頑張ったりラブコメしたりバトったりする魔界学園モノ―― 舞台は魔界、淫魔貴族のライラは人間の母をもつ半魔。 淫魔としてのアイデンティティーとも言える「魅惑」ができない出来損ない。けれども、異母兄たちや屋敷の皆に可愛がられぬくぬくと育ってきた。 十七になる今年、自覚ある箱入り娘のライラは入学した《学園》の森で魔獣の狼と出会い、友達になってもらう。不安と緊張を胸に教室へ向かうと、いかにも強者である隣の席の男子生徒から「俺は、お前ら淫魔が嫌いだ」と嫌悪され―― ある秘密を抱えながら前向きに過ごすライラと、どうしても惹かれてしまって後悔していく狼。 ラブコメ×青春×魔界学園!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

救助隊との色恋はご自由に。

すずなり。
恋愛
22歳のほたるは幼稚園の先生。訳ありな雇用形態で仕事をしている。 ある日、買い物をしていたらエレベーターに閉じ込められてしまった。 助けに来たのはエレベーターの会社の人間ではなく・・・ 香川「消防署の香川です!大丈夫ですか!?」 ほたる(消防関係の人だ・・・!) 『消防署員』には苦い思い出がある。 できれば関わりたくなかったのに、どんどん仲良くなっていく私。 しまいには・・・ 「ほたるから手を引け・・!」 「あきらめない!」 「俺とヨリを戻してくれ・・!」 「・・・・好きだ。」 「俺のものになれよ。」 みんな私の病気のことを知ったら・・・どうなるんだろう。 『俺がいるから大丈夫』 そう言ってくれるのは誰? 私はもう・・・重荷になりたくない・・・! ※お話に出てくるものは全て、想像の世界です。現実のものとは何ら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ただただ暇つぶしにでも読んでいただけたら嬉しく思います。 すずなり。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

処理中です...